2011/04/21

蜜月12 やすらぎに包まれて



途切れた意識が浮かび上がると、あたしはシャルルの膝の上で、優しく抱きかかえられていた。
覗き込むブルーグレーの光が、心に染みる…。


「汗だくのあんたも…すてきね…」


「君の声も、色っぽかったよ」


屈託無く笑い合って、優しく…深く…くちづける。
この素晴らしい時を祝って。






唇を離すとシャルルはあたしを抱きかかえて、シャワーへと向かった。
壁際にあたしを立たせようと、注意深く下ろしてくれたんだけど…さっき以上の体験に、あたしの体は耐えられなかったらしく…足が立たないばかりか、すっかり腰がぬけてしまっていたの―――。


ああっ、恥ずかしい!!


大理石にぺたりと座り込んだ情けないあたしを見て、それはそれは愉快そうにシャルルは微笑んでいたのよっ。
それでもシャルルは、優しくあたしの体を洗い流してくれて、あたしはうっとりとその好意を受けた。
「ベッドに戻ろう。オレもシャワーを浴びるから、ちょっとここで待っておいで 」
そう言って、再びあたしを抱えてバスタブの下のステップに座らせて、シャルルは金色のシャワーを手に取った。
もう、もう…その姿の美しいことといったら…ああ! お見せ出来ないのが残念っ、とっても残念だわっ、おーほっほっほ。


熱いお湯を顔で受けながら白金の髪をすき、…シャルルは、しばらくそうして立ちつくしていたの。


お湯に流されてあらわになったシャルルの繊細な美貌に、あたしは開いた口が塞がらなかったのよぉっ!
いえっ、決してヨダレなんて……出してないわッ、じゅるるっ。
でもでもっ、シャルルのオールバックよっ、オールバック!
いつものうっとうしい白金髪は濡れて背中に流してあるし、ああっ、あの秀でた額!
濡れてさらにきらめくブルーグレーの瞳、通った鼻すじ!
なんてきれいなのぉ~、きゃ~っ。
地球の重力をものともせず真っ直ぐに伸びた骨格っ、鍛え上げられたたくましい背中っ、すらりとしなやかな長い足~~~!
そしてっ、あの時見損なったお、お、お尻~!!
ぜ、全身ハンサムどころじゃないわよぉ、全身芸術品よぉぉぉっ。
ああっ、このまま固めて永久にルーブルに飾ってやりたいっ。
―――いいえっ、今日からこれはあたしだけの宝物~!
やっぱシャルルをモデルにすりゃ、どんな賞だって、思いのままよっ。
…あ、でも、あたしの腕の方が、モデルに追いつけないかも~~~。


「なんだよマリナ、じろじろ見るな」


さすがにあたしのアヤシイ視線に身の危険でも感じたのか、シャルルはぷいと不機嫌そうに横を向いた。
いいじゃないねぇっ、へるもんじゃなし!
あ、そーよね、もう夫婦ですもの。恥ずかしがらなくたっていーじゃないっ、ねー。
ついでにスケッチとかさせてくれたら、もっと嬉しいんだけど…、なー?
つい本音が出てしまったあたしがしたり顔でそう言うと、途端に顔にシャワーの嵐が!
ぶ、おぼ、溺れちゃう~、ぐえっ。
ずるずると力の入らない体を引きずって、あたしは慌てて反対側へ回り込んだ。
ふとそこの床を見ると、青やら緑やらの綺麗なビンが転がっていた。
あれ、これってシャルルがさっき持ってきたやつよね。何かしら?
そのビンを取り上げて、あたしはシャルルに聞いてみた。
まさに水もしたたるいい男を地でいってるシャルル、滴を払いながらあたしに近寄ると、そのビンを手に取って、白金髪を片手でかき上げながらぽつりとつぶやいた。
「ああ、ヒビが入ってしまっているな。……マリナ、お前が蹴飛ばしたんだろう? 」
じろりとにらまれて、あたしはうっとなる。
「そ、そんな、あたしのせいじゃないわよ! その、あんなとこに置いとくあんたが…あ、あんなとこではじめるあんたが、悪いんじゃない!」
シャルルも同じようにくっと言葉につまる。
なんだか急に恥ずかしくなって、あたしたちは小さく笑いあった。


ふと繊細な指先があごに触れて、そっとシャルルの唇へと導かれる。
身を屈めてシャルルはあたしを抱きよせ…額へ、まぶたへ、頬へとキスをくれて、最後に耳元に唇を押し当てた。
「きゃあ、くすぐったいわよぉ、やめていじわるシャルルっ」
幸せそうに微笑んで、シャルルはあたしの髪に頬をよせる―――。
シャルルはあたしを抱いたまま、バスタブの縁に手を伸ばし、落ちずに並んでいる…さっき調合していたビンを取り上げ、お湯に数適こぼしたの。
あたしが体を起こして覗き込むと、ふわりと胸をすくような爽やかな香りがお湯から立ち上り、あっという間に浴室中に満ちあふれた。
「うわー、いい匂い!」
「君に合うように調合したバスオイルだよ。無駄になったけどね」
「えっ、なんで」
「なんでって、もうベッドに戻るんだから必要ないだろ?」
「えー、もったいないわよ。あたし入るっ」
「だめだ。入浴というのは想像以上に体力を消耗させるんだ、さっき溺れかけたことをもう忘れたのか?」
「平気よ。だって今はシャルルも一緒だし。…ねー、あたしシャルルとお風呂入りたいなー?」
そんなつもりはなかったんだけど、あたしの言葉はシャルルにはなかなか刺激的だったらしく、彼は見る間に赤くなったの!
うわっ、シャルルって以外に純情~! ふふふっ。
シャルルはちらりとあたしに視線を送ると、にやついているあたしの頭をこつんとこづいて、小さく吐息をついた。
「仕方ないな…ただし、短時間にするんだぞ。体を休めないと本当にまいっちまうからな」
シャルルはそう言ってお湯に入るのに手を貸してくれて、あたしがちゃんと入ったのを確認してから、ぽんと頭に手を置いた。
「…マリナちゃん、君以外と甘え上手だな…やられたよ。オレ以外にそんなことするんじゃないぜ」
ぱちんとウィンクしたシャルルに、今度はあたしが赤くなってしまう。
だーかーらー、そ、そんなつもりはなかったんだってば!
恥ずかしくなってシャルルにお湯をかけてやったけど、ひょいとよけられたっ。


そのまま投げ捨ててあったガウンを拾って肩にかけると、シャルルは洗面所寄りの壁に向かった。
不思議に思って見ていると、その壁の一部が開いて、なんと中身は冷蔵庫!
まあっ、あんな所に隠してあったなんてっ。
シャンパンのボトルにグラスを2つ、それになにやらお皿にのった…あれは何っ?
シャルルはそれらを手にして優雅に戻って来ると、バスタブの縁に置いた。
「君にはこれかな? シルヴプレ、マダム」
その美貌のギャルソンが目の前に差し出したのは…ああん! 淡いグリーンに輝くライムのソルべ!
わーい、喉カラカラだったのっ、嬉しいっ。
あたしが喜んでそれをぱくついていると、シャルルはどこから取り出したのか、透明な真空ビンの蓋を開け、その中身もお湯の中に傾ける。
するとこぼれてきたのは液体ではなく、紅やピンクやオレンジの、バラの花びらだったの!
いつの間にか弱くなっていたジャグジーの泡に揺すられて、広がっていくその華麗な絨毯に、あたしはため息が出た。
はぁー、なんて素敵なんでしょ、さすが唯美主義シャルル。
シャルルはビンを置くと、あたしの隣に体を滑り込ませた。
ふと気付くと、いつの間にか美しいアリアが聞こえてきて、よりいっそうのムードをかきたてる。


シャンパンのグラスを傾けながら、うっとりと瞳を閉じるシャルルは…もうこの世のものとは思えないほど、―――綺麗だった。


あ、あたしは~~~っ、ここにスケッチブックがないことを心底悔やみ、すでに空になったお皿の縁をガジガジと噛んだっ!
「皿まで喰うな! それ以上はだめだぜ、体が冷える」
そのあたしに気付いたシャルルが、瞳をふせたままでぴしりと言う。
違うわよっ! …いえ、ソルベはもっと欲しかったけど。
しぶしぶお皿を置いたあたしを見て微笑むと、シャルルはおもむろに、すいとあたしの腕を取ったの。
黙って見ていると、とろりとしたものが腕にかけられ、シャルルはそれを優しく延ばしながら、なんとっ、マッサージをしてくれたのよっ。
左腕…右腕…そして肩。
はじめはひんやりと爽やかだったマッサージオイルは、時間がたつと、ぽかぽかとあたしの肌を暖めた。
加えてシャルルの大きな手の、うっとりするマッサージに、あたしはこの世の幸せを噛みしめて、―――本当に心からのびのびとした気持ちが、ゆっくり広がっていくのがわかったの。
不思議なことに、いつのまにかバスのお湯の香りも、はじめの胸をすくようなものではなく、ゆったりと落ちつく、甘いバラのそれに変わっていた。
総てはシャルルの計算の内ってわけなのね…すごい。
あたしはシャルルの気遣いに感謝し、振り返ってその唇にそっとくちづけた。
今度はあたしがシャルルの背後にまわって、マッサージをしてあげた。
優しくされるとおんなじようにそれを返したくなるわね……。
あんただって疲れてないわけないのに、ありがと…シャルル。
たくましい腕、がっしりした大きな肩に、あたしの小さな手はひどく不似合いだったけど、あたしは心をこめてシャルルに触れた。
決して上手とはいえないあたしのマッサージでも、シャルルはうっとりと瞳をふせ、穏やかな微笑みすら浮かべて、それを受けてくれた。
あたしたちはどっちも喋らなかったけど、それはちっともイヤな沈黙じゃなくて、癒された優しい時間を分かち合っているんだって、確かに感じていたの。
しばらくして…あたしはシャルルの背中を抱きしめるようにして寄りかからせ、甘やかすみたいに、濡れていっそう輝く白金髪を、そっと撫でていた。
たまには、こんな甘い気分もイイわよね。


そうするうちに、ふと、あるデジャヴがあたしの頭をよぎったの。
あれ? なんかこんな場面どっかで見たこと…うーん…うう~ん……あ! あれかっ。
ああ、あたしの甘い気分なんか長続きしやしないのよねっ。
あたしの中で芽生えたイタズラ心は、止めようもなくムクムクと溢れだし、かつて羨んで見たあのシーンの再現を試みようと、あたしはシャルルの背後でとりゃっと両足をあげたっ。
と―――、途端に腰掛けていたお風呂の中のステップから、つるっとお尻が滑って、哀れあたしはドボンとお湯に沈んでしまったのよ~~っ。
し、しまったっ、ジュリア・ロバーツとあたしじゃ等身が違いすぎたかぁぁぁ~~~っ 。
いきなりブクブク沈んだあたしを慌てて引き上げながら、シャルルは血相を変えて怒鳴ったのよぉ。
「何をやっているんだ! オレがいても溺れるのか、お前は!?」
あたしはむせながら、弁解も兼ねてそのハリウッド映画の話をすると、シャルルはあからさまにバカにしたように、フフンと笑って、涼しい顔でシャンパンなんか飲んだのよっ。
「”あちら”らしい呑気なご都合主義な話だ、くだらん」
相変わらずこの男は~!
いつかこのひんまがった思考を直してやんなきゃっ、ふたりで映画も見に行けやしないわっ。絶対更正させてやるっ。
「なんて目で見てるんだい、マリナちゃん。第一もう羨むもなにもないだろう? 君こそ地でいってるじゃないか、シンデレラストーリー。まさか忘れてやいまいね、自分の立場を」
イジワルな視線でそう言われて、あたしはぎょっとなってしまった。
…えっ!? あ、そういえばシャルルはフランスの誇りっ、ゆくゆくは大統領! きらきら輝くプラチナの王子様っ。加えて右に並ぶ者もいないほどの大天才っ……忘れてた、はは。
その冷や汗を見逃すはずもなく、シャルルはくすりと笑ってあたしの頭を撫でた。
「で、君はこんなのがうらやましかったわけ…?」
考え込んでいたあたしの背後から、突然シャルルの声がしたかと思ったら、にゅっと脇から出てきたすらりとした足に、あたしはがっきと捕らえられたのよぉっ!
ひゃーひゃーひゃーっ、シャルルの生足!
うっ、気絶しそう。これはたまらなかったでしょうに、リチャード・ギア!
あたしが度肝を抜かれて、ごっくんと生唾を飲んでいると、シャルルは耳元であきれたように言った。
「今からそんなにはしゃいでいると、旅行に行けなくなるぜ、マリナちゃん」
心臓バクバクのその戒めを解いて、シャルルはバカなことをしたと言わんばかりに、目を閉じてバスタブに寄りかかった。
そうっ、そうよ、新婚旅行……なのよ。
「ねぇシャルルぅ、ほんとに行くのぉ? あそこ……」
あたしが上目使いでシャルルを見ると、気分を害したと言わんばかりに、ブルーグレーの瞳がぎらりと光る。
「オレが何の為にスケジュール調整をして多忙な中、一ヶ月もパリを離れたと思っているんだ、え?」
う、わかってるわよー、もう。
旅行はね、贅沢にも一ヶ月もかけて世界中を周るんだけど、予定に組まれている最後の3日間が問題なのよー。
そんなあたしの悩みなんかてんで無視で、シャルルは珍しく、思いを馳せるような遠い目をして、天井を仰いだ。
「さすがのオレも、空の天辺には出向いたことがないからな、少なからず心躍るね」
そう! なんと宇宙に行こうっていうのよー!!
前に「世界を周って月まで…」なんて言ってたけど、まさか本気だったなんてー! だいたい誰が現実になるなんて思う!!?
はぁ、もう…やっぱりどんなに天才だって所詮は”男の子”よねっ。見てよあの顔っ、夢見るみたいにうっとりしちゃって、ついてけないわよねっ、ふんっ。しかも自分でシャトルを操縦するってきかないのよっ!
あたしが止めるのも聞かずに、「オレはフランス空軍将軍の地位にいる。操縦資格は充分に満たしているんだ、文句あるか。それにこのオレに出来ないことなどないんだ」って、さっさと渡米しちゃう始末。
ていうか、ホントに一月でマスターして帰って来ちゃうんだから、信じられないわよねっ。
止めなさいよ、NAS○!
それで、あたしたちが行くところは、地球上空400Kmの軌道上を周ってる”国際宇宙ステーション”ってとこらしいんだけど、今はバカ高いお金を払って、わざわざ観光に行くお金持ちが増えてるらしいんですって~~! ヒマジンよね~っ。
そんなんだから、フランスのアルディ家の当主が新婚旅行に選んだって…実は巷では、たいそうな話題になってるらしいのよっ、メーワク!
ああっ、小市民なあたしは、そんなに目立ちたくないのよっ。
それ以前に、正真正銘足元に地面が無くなるのよっ、コワイじゃない!!
だいたいあんな真っ暗けのとこ行って、何があるっていうのよ。それも2日間も滞在するんですってよ、はぁー…。
ああっ、どうか無事に地球に帰って来れますように! 
まだ食べたこと無いものがいっぱいあるのに、あんなとこで死んでたまりますかっ。
ググッとこぶしを握り締めたところで、冷ややかな視線が突き刺さっているのに気づいた。
あたしの百面相をじろりと睨んだシャルルが、不機嫌極まりないといった感で、シャンパングラスを傾けながら、憮然として言い放つ。
マリナの行きたがらない理由はわかっているんだぞ。怖いだなんだと言っておきながら、本当は君の食指が動くような食べ物がないからなんだろう」
ぎ、ぎくっ
「世界を周って、君の食道楽に付き合うオレの身にもなって欲しいもんだね。最後の日程くらいオレの自由にしても、まだ釣りがくるというものだ。オレはなにか間違ったことを言っているか? フン」
言い放って、ふてくされたみたいにシャルルは、つんと横を向いた。
わ、わかってるってばぁ、ちゃんと付き合うじゃないっ。
でも、美味しい宇宙食提供してよねっ、ねっ。
あたしはえへへと笑いながらシャルルににじり寄り、ほっぺにうちゅっとキスしてあげた。…イヤそうにされたけど。
「ねぇ、シャルル。そのステーションって、無重力なわけ? あたし2日間もフワフワ浮いて地面を踏めないなんてやーよ。気持ち悪くなりそうっ」
あたしは広いバスタブの中をすいすい歩き回りながら、素朴な疑問を口にした。
するとなぜかシャルルはひどく驚いて息をのみ、ついで思いっきりうなだれてしまったのっ。
マリナ……君は、あれほどオレが講義したにもかかわらず、全然理解していないわけか…ああ、あの時間は何だったんだ。
…もう君は宇宙に捨ててこよう、地球にいても貴重な食料を食いつぶすだけだ、決めた」
真面目な顔して言うシャルルにひえーっとなって、あたしはあせって、ぶんぶん首を振った!
思わずダンボールに入ったあたしが、真っ暗な宇宙空間を漂っているとこを想像しちゃって、恐怖のあまり鳥肌がゾーッよっ。
あたしが自分を守るように抱きしめて縮こまっていると、シャルルは髪をかきあげ、重いため息をついて、これ以上ないというくらい視線に力をこめると、ギロリとあたしを睨んだっ。
ひぃ~~~、コワイっ。
「いいか、もう一度同じ質問をしたら、本当に宇宙に捨てるぞっ。
―――行く予定のステーションの居住区は、自身の回転運動で発生する遠心力を利用して、ある程度の重力を作り出しているんだ。それに、特殊な磁気を帯びたシューズの着用が義務づけられている。日常生活を行うくらいには、不自由はしないはずだ。
…どうだ、大分、本当に大分割愛して説明したが、わかっていただけたかな…? 脳みそカラッポのマリナちゃん…!?」
あたしはまだ聞きたいことがあったんだけど、シャルルのあまりの怖さに、猛然とうなづくしかなかったのよっ。
これ以上なんか言ったら、口にテープ張られそうっ。いえっ、そればかりか、縫い合わされちゃうかも~っ。
可哀相だわあたしっ、これが夫婦の会話なのかしら!? これじゃ鬼教授とバカ生徒みたいじゃないのっ。
うう、まあいいわ、どうせあっち行ってからいやでも体験するんだし。習うより慣れろよね、なんとかなるでしょっ。
―――と、そこでしぶしぶ納得してたら、瞬間、ある考えがあたしの頭をよぎったの!
それは見る間に頭の中に広がって、しまったと思ったけど、思わず顔が赤くなってしまったのよぉ、ぎゃー!
シャルルは目ざとくそれに気づいて、ブルーグレーの瞳に不審げな光を宿す。
「どうした、マリナ…え? 月の重力? 地球のおよそ6分の1だが…それがどうしたんだ。オレには言えないことなのか?」
あたしは顔半分お湯につかって、必死にシャルルの問い詰めから逃げようとした。
だってーだってー、ううっ。
でも逃げられるはずは無く、やがてあたしはそのたくましい胸に捕らわれて、見透かされるように、じいっと覗き込まれてしまった。
ひや~いやよ~~っ。
「オレに隠し事なんてなしだぜ。もし逆の立場だったらどうだい?」
う…いやかも。
確信犯のようににっこり笑って、シャルルはあたしの鼻先にキスをする。
んーもう、すぐ顔に出ちゃうこの性格どうにかならないかしらっ。
あたしは仕方なく、不承不承…ほんっとにイヤだったけどっ、教えなかった時の仕返しがこわかったんで、ため息をついてシャルルの耳元に口を寄せた。


「だから、ね…そのー、重力がないからー、そういうとこで…その、あの、し、したら…6回しても…1回分にしか、ならないのかなー…なんて」


―――途端にシャルルは大爆笑。
ご丁寧に、バスタブまで叩いてっ。


な、なによっ、必死で正直に言ったのに! クールな美貌が崩れるわよっ。
むくれるあたしを背中に、そうしてしばらく笑ってから、シャルルは愉快そうにあたしの肩に腕を回したの。
「ああ、君は本当にユニークだねマリナちゃん。
いいとも、実に楽しそうな実験じゃないか。喜んで付き合うよ、……6回といわず、何度でもね」
シャルルはブルーグレーの瞳を魅惑的にきらめかせ、うっとりと囁いた。
その迫りきたなんともな色気に、あたしはうっとなって、益々顔に血が集まるのを感じながら、微笑むシャルルから顔をそむけて、暴れる心臓をなんとかなだめようと試みた。
うう、毎回旦那の顔見てこんなことやってたら、薫より早く心臓にガタがきそうよっ。
あたしが早死にしたら、間違いなくあんたのせいなんだからっ、シャルルっ。
ああ、でも言いたくないけど……シャルルって絶倫よー! 
この細い体のどこに、あんな激しいことする体力があるっていうのよっ。相手をするあたしの身にもなってっ!


赤い顔でむくれているあたしの頬に優しくくちづけて、シャルルはシャンパンのグラスをくれた。
自分もそれを手にして、そっと近付ける。
薄い華奢なガラスは、あたしたちの間に華やかな音色を放つ―――。
すると、あたしの耳ですらその美しさに気付くほどの、綺麗なアリアが流れ出したの。




「きれいな曲ねぇ……なんていうの?」


うっとりと聞き惚れていると、シャルルはあたしを後ろから抱くようにして体を寄せた。


「『まことの安らぎはこの世にはなく』―――アントニオ・ヴィヴァルディのモテット、経文歌さ。聖書の詩篇から選ばれた歌詞で出来ているんだ」


シャルルは流れる歌に合わせて、その歌詞の意味を教えてくれた。 




まことのやすらぎは この世には 
苦悩なしには得られない
穢れない真の平和は 
優しいイエズスよ あなたのうちにある 


辛苦と苦悩のただなかでこそ 
魂は 満ち足りて
まことの愛への 希望のうちに生きる




その響く玲瓏な声にあたしは目を閉じ、ただシャルルの体を感じた。


歌が終わると、シャルルはゆっくりとあたしの体を抱きしめ、永い吐息をついた…。




「…オレのやすらぎは、マリナ…君の内にある…」




微かな声で呟いてあたしを抱く手に力をこめ、頬と頬とを近く寄せる。
確かなシャルルの温かさを感じながら、あたしは宝石のように輝くブルーグレーの瞳を見上げる。
何度見ても心に染み入るその優しい光は、あたしだけの宝物―――。




「そうね……本当のやすらぎは、自分の大切な人の中にこそあるのよ。
地に足つけて一緒に笑って、泣いて、ケンカして、そうして培っていく繋がりの中に見つけるもんだわ。
こんな確かなあったかさ、神様は持ってないもの。ね、シャルル」




あたしの言葉に、シャルルは極上の笑顔をくれる。


無邪気に…屈託無く…心の底からのあふれる笑顔。




「そうだね」








あたしは、シャルル・ドゥ・アルディという男性を伴侶に持てたことを神様に…ううん、全ての何かに…感謝した。
























拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)



1 件のコメント:

ぷるぷる さんのコメント...

『まことの安らぎはこの世にはなく』
―――大好きな曲です。
同じくシャルマリストである”くるみ嬢”のブログで、偶然この曲を紹介していたので、リンク張らせていただきました^^

魂が浄化されるような美しい響きに、耳を傾けてみて下さい…

くるみさん、ありがとうございます!