2011/04/15

蜜月4 夜への招待



素敵なはずだったディナーも終わりを告げ、あたしは急に居心地が悪くなった。

それにしても、なんだってこんなに静かなのよっ、そりゃあたしだって食べてる時は喋るヒマなんてありゃしないけど…この静けさは、な、なんかイヤよっ。
だって、このあとあたしは…
マリナマリナ
あと、することは…

……。
 あたしはっ、ずっとテーブルについててもいいんだけどね! ははっ。

マリナ、皿には何ものっていないぞ。何を食べているんだ?」

突然耳に飛びこんできたシャルルの涼やかな声に、あたしはぎっくりしてしまったっ。
あたしのフォークは、ハチさんのダンスのごとくに、空しく宙をかいていたんだもの。
その様を見てシャルルは小さく吐息をつき、そっと頬杖をつく。

サラリと白金の髪が傾いてゆれ、ワインで濡れて妖しく輝く唇にひとすじまとわりついた。
「それとも、もっと持って来させようか?」
その様にドキドキしながらだったんで、あたしはまともな答えなんか返せやしないっ。
もちろん普段なら願ってもない言葉なんだけど…実はもう、ムリ。おなか、というか、胸がいっぱいで。
なんかソンした気分だわ。食べた物、どこにはいっちゃったんだろう?
もじもじと下を向いたあたしから目を背けて、シャルルは続けざまにワイングラスを傾けていた。
今日は結婚式だったし、お祝いで飲むのは全然かまわないけどさ、それにしちゃ楽しくなさそうじゃない。
伏せた瞳には薄く影が落ちて、何かを抑えようと忘れようとしてるみたいな、グラスのあおり方。
あたしはちょっと心配になって、シャルルに声をかけた。
「ちょっとシャルル、あんたずいぶん飲んでない? ワイン」
あたしがそう言うと、シャルルは頬杖をついたままふいと横を向いて、ぽつりとこぼしたの。
「酔えなくてね……」
そうしてふうっと顔をあたしに向け、まるで夢でも見ているみたいな表情をしたの。

いつの間にか夜もふけ、辺りの闇は一層濃くなったのに、逆にシャルルの存在がまるで浮き彫りのようにくっきりとあたしの前にあった。
白金の髪が細かな光を放ち、まるでそこだけ闇の立ち入るのを拒否しているかのように―――。
なんて美しいんだろう。
でも今はその綺麗さが、かえって怖いくらいだったの。
シャルルは、ここからだとグレーに見える瞳を伏し目がちにして、ワインで濡れて輝く唇を切なげに開いた。

マリナ、ここに入ったの、後悔してる? ずっとこのままテーブルについているつもりかい…?」

あたしは驚いて、慌てて首を振った。
シ、シャルルは、あたしの態度がおかしいのを気にしてたんだっ。
ただ……その、キンチョーしてただけよっ、誤解しないで!
「そ、そんなことないわ! ただ、その…正直に言うと、なんかシャルルが、いつものあんたとはまるで違う、別人みたいに感じちゃって、ちょっと…コワかったの。ごめんなさい、変な態度とって。
ゆ、勇気が出なくて……はは」
やっと、言葉を押し出して、気がついたらすぐ横にシャルルが立っていた。
燭台の幽玄な明かりに照らし出された美貌の姿が、あたしをじっと見下ろしている。
近づきたいのに、そうすることが出来なくて。
「オレだって……怖いさ。君に拒まれているんじゃないかってね」
そっとあたしの手を、取る。
そしてその甲に優しく唇を押し当て、



マリナ、オレに勇気を」


すがるようにあたしを見つめた。
その表情に胸をつかれ、あたしは立っているシャルルの腰あたりに頭をすりよせた。
シルクの肌触りを通して、シャルルの体温が感じられる。
シャルルはそのあたしの頭をおそるおそる抱え込むように片手を回し、ゆっくりと絨毯に膝をついた。
椅子に座るあたしと、ひざまずいたシャルルはちょうど同じ目線になる。
―――でも、お互い顔は見れなかった。
あたしはくせのない、綺麗な絹糸のような髪をかきあげ、そこに顔をうずめる。
久しぶりに触れるシャルルは、とても熱かった……。
そうしてゆっくりと腕を回し、シャルルの頭を抱き締める。
シャルルを感じ、シャルルを呼吸する為に。

平気…ちっとも、怖くなんかない。
バカだった、あたし。シャルルはシャルルなのに。



あたしは夢心地で深く呼吸を繰り返してからふと顔をずらし、きれいな形の耳に吸い込まれるように唇を寄せる。
(シャルル、すき…大好きよ)
囁いて耳たぶにキスをすると、まるで電流が流れたかのように、あたしを抱くシャルルの腕に強く力がこもる。
あたしはかまわず、そのまま首筋へと唇を滑らせ、そうして優しくその天使の頬にキスをした。
あたしたちは秘やかに笑いあい、……やっと、お互いの瞳をのぞきこむ。

シャルルは安心しきったようにうっとりと目を細め、あたしの髪一筋、表情ひとつも見逃すまいとその視線をさ迷わせる。
やがてその視線はあたしの唇にたどり着き、釘付けになった。
するとふうっと挙げられた繊細な指先がそこに触れ、まるで絵を描くようにあたしの唇を縁取っていく。
じらされているみたいで、あたしはたまらず、その憎らしい指先を軽く噛んだ。

それがきっかけとなり、シャルルは天使の頬を傾け、ふっとあたしの唇に自分の唇を重ねた。
静かな風のようなキスであたしの様子を見、あたしがそれをもっとねだると、満足そうに吐息をもらし、今度はお互い深くくちづけた―――。
シャルルの熱い舌はあたしの口中を暴れまわり、あたしは嵐の中でもまれる木の葉のように、されるがままだった。
闇の中に唇を味わう音だけがひっそりと響き、その音が更にまた深い口づけを呼び起こす。
あたしは夢中でシャルルの首もとに抱きつき、彼の想いを受けるのに必死だった。
全てを吸い尽くさんばかりの情熱的なシャルルのキスは、あたしのわずかな吐息すらも奪って、なぶられる舌や甘く噛まれる唇の刺激たるや、麻薬なんか目じゃないだろう強烈な魅惑に満ちていた。

でも、カップに水を注ぎ続ければ溢れるように、あたしにはもう限界に近かった。
崩れる体を必死に支え、怖いくらいのシャルルのキスに怯えながら……でも確実に、自分の芯に熱いものがこみあげてきているのを感じ、あたしは慌てる。

こ、このままじゃこんなとこ、で…!


あたしは自分の欲望を抑え切れなくなる前に、益々激しくなる唇を、なんとか離した。
シャルルは熱に浮かされたような潤んだ目で、あたしを見つめる。
「ちょ…と待って、シャルル。あたし、あんたのワインに酔っちゃいそう、よ」
荒い息を繰り返しているあたしの肩を、じわりと自分の方に抱きよせ、シャルルは再び唇を合わせようとした。
伏せられた長いまつ毛、傾けられたその繊細な頬、その下に隠された容貌とは裏腹な、激しい情熱…。
シャルルのなにもかもが魅惑的で、あたしはクラクラと目眩がした。
「だ、だ、め…」
その端正な唇をかわすと、ぐいと顎をつままれ強引に唇を奪われそうになる。
「いや…だめよ、シャルル」
マリナ、止められないよ…」
「だ…だめっ、恥ずかしい、よ」
「何も恥ずかしがることなど…」
「~~~だめっ、たら、ダメっ。待て! よ、シャルル!」
あたしは火照る頬をおさえながら、さっき自分が言われた暴言を言い返してやった。
今度こそ本当にシャルルは驚いて、釈然としない表情であたしを見返した。
「あ、あのね、今日結婚式とかで結構疲れて、汗かいたし……シ、シャワーくらい使わせてっ」
せっかくこんな素敵な部屋にいるのに、こんななし崩しなんて、やーよっ。
し、少女まんが家のサガが許さないわっ!
なんとなく自分に言い訳してるみたいだったけど…心の準備くらいさせてっ。

シャルルは脱力したように肩を落し、そして、よーく見ると、笑ってる!
「なんだよ、マリナちゃん。君は本当に天の邪鬼だな、いつもの信念はどうした? 今日に限って適用外かい?」
シャルルは手で顔を半分覆い、おかしそうに肩をふるわせていた。
そうよ、今日は特別なんでしょっ。なんと言われようが、いいわっ、ふん。
そのうちシャルルは笑いをスッと抑え、赤い顔でふくれているあたしの頬に、優しく手を差し伸べた。
ブルーグレーの瞳に真摯な光を宿して、あたしの心を見透かすようにこう聞いたの。
「逃げたりしない…? マリナ
……。
「…うん、そんなことしない。あたしだってシャルルに、だ、…抱いて、もらいたいもの…」
やっと告白した直後、突然シャルルは激情にかられたかのようにあたしの腕に手を伸ばし、強く力を込めた。
驚いているあたしの前で、くっと唇を引き結び、意志の力でそれを抑え込み、わななくように吐息をつく。
「―――あまり、可愛いことを言ってくれるな、マリナちゃん。
せっかく抑えたものが、また暴れだしちまいそうだ」
切なそうにシャルルはそうこぼし、あたしに背を向けた。
ご、ごめんなさいっ。
「では、姫の気が変わらない内に、部屋へ案内いたしましょう」
シャルルは向き直るときどって一礼し、正面奥の重々しそうな樫のドアを開けた。














―――そこは”夜のバラ園”だった。

ううん、言い方がお粗末だったかしら…でも、そうとしか言い様がないの。     

ドア口から毛足の長い濃紺の絨毯が、20畳はあろう部屋一面に広がり、あたしは宇宙に放り出されたかのような錯覚に陥った。
照明は極、抑えられていて、アンティークなスタンドライトが数台、壁際にぐるりと部屋を囲むように配置され、温かみのある静かな光を放っていた。

そして天井には天窓があり、そこから差し込む夜の淡い外光がある物を照らし出していたの。


あたしの目は奪われた。
それはひとつの世界のようだったから。



キラキラと輝く星を抱いた、夜の帳のような天蓋をかけたベッド。
それは暮れかけの淡い夜空から、星々の囁きが聞こえてきそうな深夜の空までを物語った、まるで布とは思えない見事な色使いだった。
その夜に見守られた中に、大きなキングサイズのベッドが夢を見るように、あたしたちを待っていた。
そして、調和の取れたこの夜の中に、浮かび上がるように咲き誇る―――バラたち。

そう、いたる所にため息が出てしまいそうな、美しい白バラが飾られていたの。

あたしはその香りに誘われるように、ふらふらと部屋に足を踏み入れた。
呆然と辺りを見回し、あまりの綺麗さに声も出せなく、そこに立ちつくしていた。
「…気に入った?」
そのあたしの感動を邪魔しないように、背後から囁くようなシャルルの声が聞こえた。
あたしは小さく首を振りながら、息を呑んでやっと言葉を押し出した。
「素敵すぎて……言葉が出ないわ。なんて部屋なの」
「良かった、造ったかいがあったよ」
あたしは驚いて、横に来たシャルルを振り仰いだ。
「えっ、もとあった部屋じゃないの!?」
「ここは全面的に改装したんだ。……シチュエーションにこだわる女性がいてね。ねぇ、少女マンガ家さん?」
う、バレてる。
あたしは分が悪くなったのを感じて慌ててその場を逃げ、あの素敵なベッドを見に行った。
その芸術ともいうべき天蓋を作っている布地に手を触れる。
綺麗ねぇ、まんが家のあたしだってこんなロマンティックな演出できないわよ。
きゃ、このベッドの肌触りっ。これってベルベットよぉ、瑠璃色のベルベットなんて初めて見たぁ…ん?
どうもさっきから天蓋にくっついてるキラキラが目につくな。
んん? スパンコールやラメとかじゃないわね。
あらっ!!? 小さいけど、こ、このブリリアントなカットってまさか…!
「し、シャルルっ、これってもしかして」
「ウィ、ダイアモンドさ」
こともなげにシャルルはそう言ったのぉ。
き、きゃ~! 嘘でしょーっ、一体何個ついてんのよっ、ホントに星の数ほどあるわよっ。
さすがは金持ちアルディの当主! やることが違うわよぉぉっ。
この布地一枚くらい拝借してもわかんないんじゃ…。
あたしがそーっとサテンの布を引っ張った時
マリナ
来たっ、いいじゃないこんなにあるんだからっ。恵まれないまんが家に、愛のダイアモンドをってねっ。
あたしが肩をすぼめていると、シャルルはゆっくりとベッドに腰掛け足を組んで、ついとあたしを見た。
「そんなことしなくても、これは全部君の物だろ。マダム マリナ・ドゥ・アルディ?」
妖艶な微笑を浮かべて、シャルルは光を孕む白金の髪をかきあげる。
そして、懐かしいものでも見るように、優しい思いを眼差しにこめた。
「いつか言ったろ。オレの手にできるもの全て、みんな君にやると」
途端にかつての様々な状況が思い起こされて、あたしの頭を占領した。
あたしたちはそうやっていろいろ乗り越えて、今こうして見つめ合っている。
シャルルはあの時と変わらない愛を抱いて…。

あたしは急にシャルルが愛しくなり、キスして欲しくて目を閉じた。
だけど、いつまでたっても彼の唇はやってこず、不審に思って片目を開けると、シャルルは硬く瞳を閉じ自分で自分を戒めるように強く両腕を掴んでいたのっ。
マリナ……」
そして確実に怒っているであろう声音で、言い放った!
「お前はオレで遊んでいるのかっ。今度そんなことしてみろ、もう問答無用で襲うぞ! 
わかったなら早く部屋へ行けっ。左が君のだ!」
ひゃ、ひゃあーっ、あんなムードを作るあんたが悪いのよぉっ。
あたしは転げるようにして、シャルルを残し、左側の壁にあるドアへと飛び込んだ。














はぁ、はぁ、あー怖かった。
さてと、シャワールームはどこかしら?

キョロキョロと部屋を見回すと、床やらテーブルやらチェストの上やらには、たくさんの荷物があった。
床のはきっと旅行のカバンよね、うわっ、すごい量じゃないっ。
こっちの小包の類は……わあ、みんなプレゼントだっ。
あ、なんかつまむものないかしら、なんかリラックスしたら小腹が…。
と、ごそごそやってたその時、ひと際目を引く美しいワインレッドの箱が出てきた。
ははーんと思ってその箱を開けると、一本の紅いバラと、綺麗なメッセージカードがあったの。
やっぱり、薫からだわ。
と思ったら和矢に美女丸、ガイにおまけにカークの著名までっ。
えっ、みんなからってこと!?

あたしは慌ててカードを読んだ。
「えーと、『親愛なる腐れ縁、マリナ嬢。この度は結婚おめでとう。ここだけの話だが、お前さんに言い寄ってた男の中でも、特にクセの強い奴なんかと結婚することないだろうに。苦労は目に見えてるぞ』
 …わかってるわよ、余計なお世話っ。 …
『まぁ、あたしがどうこう言ったところで、頑固なお前さんは聞く耳持たんだろうが』
 …よくわかってるじゃない。…
『言い換えれば色々障害があってもいいと思えるほど、奴のことを愛しているんだろう?』
 …改めてあんたにそう言われると、テレるわね。…
『あいつの性格のワルさは折り紙つきだが、あたしの命の恩人でもあるし、あれだけデカイ荷物を切り盛りしてるんだ、ま、お前さんを任せても大丈夫だろう。
マリナ、どうか幸せになって欲しい。
あたしがこうして生きていられるのも、お前さんたちのおかげだ。その二人が真実の愛をつかんだことを、心から祝福する。
そしてこれからも、変わらぬ友情を誓うよ。どこにいても、お前さんたちの幸せを祈ってる。
結婚おめでとう。 響谷 薫』

…薫、ホントにありがとう。あんたにそんなに言ってもらえて嬉し…んん? なになに…、

『追伸、このプレゼントは連名になってはいるが、あたしが選んだものだ。
他の男どもに見せようものなら、妙な妄想にとり憑かれそうだからな。
特に天然記念物のルーカスに鼻血でもふかれて、倒れられてもあたしゃ責任持てんしな。
もしシャルルの了解が取れたら、写真でも撮ってヤツらに見せてやってくれ。
シャルルによろしく。』


…なにこれ…」
あたしはイヤーな予感がして、おそるおそる箱の中身を探った…。

な―――!!

…………かーおーる~、あんたって人はー!!


あたしはしばらく固唾を飲んでそれを見つめていたけど、考えるのは後まわしにしようと思った。
あたしはシャルルと一緒に過ごす為にここにいるんだ。
とにかく今は、行動しなきゃっ。

アレのことは…ええいっ、シャワーを浴びながら考えるわ。
頭を切り替えたつもりでバスルームの扉を開けると、正面に大きなゴシック調の姿見があって、一瞬あたしはギョッとした。
薄暗闇に浮かび上がる自分は不思議と艶めいてその鏡の中にうつり、あたしは妙に恥ずかしくなった。
服を脱ぐのが躊躇われたけど、あたしは意を決しバスルームへと足を踏み入れる。
裸足に冷たいタイルが心地良い。
コックを捻ると古めかしい真鍮のシャワー口から透明な湯がほとばしり、あたしの肌を打つ。

しばらくそうして熱いお湯を浴びていると、いろんなしがらみがそれに溶けて流されて行き、最後に残ったのは、昼間聖堂で輝いていたシャルルのあの大輪の笑顔だった。


胸が疼く。


シャルルが恋しいと…。










まるで時が止まってしまったかのようなこの館の中に、微かな水音だけが密かに響き渡った。
一種の緊張を孕んだ濃密な空気があたしの体に纏わりついて、身動きするのが苦しい。
あたしはわかってるの、ここから救い出してあたしに息を吹き込んでくれるのは一人しかいないってこと。

シャルル・ドゥ・アルディ、彼一人だってことを―――。


















拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)



2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

2人が幸せそうでドキドキして読んでいます。新婚さんの当主用に館を作る凄過ぎます。マリナさんが最後まで頑張れますように^^

ぷるぷる さんのコメント...

ウハウハ///おハズかしやwww//▽//
ぷるも今でもコレ読むとモジモジしちまいます(笑)どうして書けたんだろうw
拷問・幽閉の館(華麗の館w)作るくらいの一族だし、アモーレおフランス、モナムーらぶら~ぶ♪の民族だからコレくらいしてもおかしくないかな、とwwwアルディ家、金持ちだし(笑)
マリナちゃん耐えられますかねぇ、あはは!
コメ、あざっす(^^*