2011/04/19

蜜月9 残酷な罰



「う、わー…すごい」




ドアの向こうはまるで、ハリウッド映画に出てくる高級ホテルの、最上階ペントハウスにでも迷い込んだかと思うロケーション!!
今までいたゴシックロマンな部屋とは大違いねぇっ。

そこは、お風呂場というにはあまりある、素敵すぎる場所だったの!

あたしのボロ部屋が3つは入ろうかという広い空間に、裸足にひんやり気持ち良いきらめく大理石がだーっと広がり、よく手入れされた観葉植物が、そこここにきらきらと輝いていた。
緑の呼吸が感じられそうなほどのそれらは、まさに天然の空気清浄器!
入り口近くは同じ大理石の洗面スペースになっていて、完璧を誇るアメニティーグッズの品揃えっ。
思わず持って帰りたくなるような、石鹸、タオル、歯ブラシ、高級化粧水!

はっ、いつものクセでついわしづかみに……どこへもって帰ろうっての、あたしはっ。
慌ててもとに戻していると、何やらいい香りがっ。
それは、そこにしつらえてあるステンレスのモダンなチェストからで、いろんな形をした綺麗なビン類がずらーっと並んでいたの。
ラベルはもちろんフランス語でちんぷんかんぷんだったけど、でも食べられなさそうだったんで、あたしは手を出さなかった。
危ない薬とか混じってたら、ヤダもんねっ。
どうもニトロ以来ビンに入った液体って怖いわっ。
ふと目を戻せば、シンクの正面にはモスグリーンの文様が縁に施された大きな鏡があって、それがなんともフランスチックでオシャレ! 
ただそこに映っているのは、あんぐりと口を開けたシーツすまきのあたしなんだけどね…とほほ。
気を取り直して正面奥に目を向ければ、なんと……そこには、巨大なバスタブがどーんと構えていたのよっ!
床より一段高くなったそれからは、心地良い暖気が流れてきて、あたしはふらふらと引き寄せられてしまった。
ひょいと覗き込むと静かなモーター音がして、適温に保たれたお湯にはたくさんの泡が送り込まれていたのっ。
ひゃ~、ジャグジーバスだぁ! 気持ちよさそーっ。
それにこのバスタブっ、なんて艶やかな真紅なんでしょっ。浮かんでくる泡がまるで宝石のルビーみたいに見えちゃうもの。
それにしてもデカいわねー。詰め込めば10人くらい入るんじゃない?
感心しながらふと横を見ると、そこには衝立のついたシャワーブースでそこの壁だけが、わあ、ぴかぴかの黒曜石!
洗面所についていた同じ金色のシャワー口が、植物の緑と相まってなんとも素敵な雰囲気を醸し出していたのぉ。
どこに目をやっても完璧に調和の取れたそれらは、シャルルを思い起こさずにいられない。
ううーん、いつも行く風呂屋とは大違いね。
こんなに素敵なお風呂だったら、あたしの風呂嫌いも直るかしら。
なんてバカなことを考えながら、すまきになってるシーツをぐるぐるはずし、ぽいとシンクに放る。
必然的にそこにある鏡にあたしが映るんだけど…。
あたしは思わず悲鳴を上げそうになったっ。


ぎゃっ!? なにこれっ!??
体のあちこちに点々と浮かび上がる斑点…赤やピンクや、中には紫のものまでぇ~。
どどど、どうしようっ、あたし病気!?
あせってシャルルに教えに行こうとドアノブに手をかけた途端に、あたしははたとなった。
…ん? シャルル…


ああー! こ、これってキ、キスマーク!?


よく考えると、シャルルの唇のたどった跡だわっ。


唇の、たどった…腕や、首筋…胸や内腿まで―――。


あたしはひとりかあっと赤くなって、自分を抱きしめぎゅっと目を閉じた。
すると、まざまざと蘇ってくる…あたしの中を暴れまわったシャルルの感覚。
―――思わずこぼれそうになる声を、ごくんと無理やり飲み込んで、あたしはもつれる足で必死にシャワーに駆け寄った。
熱いお湯を浴びてもどうなるものでもなく、あたしの体はシャルルを求めて……甘く疼いていた。
ワインはすっかり流れ落ち、カピカピしていた髪は、濡れて素直にあたしの体に張り付く。
そうしてしばらく下を向いて、あたしはその甘い波が去るのをじっと待ち、いつものように深呼吸をしたの。
途端に流れるお湯まで吸い込んじゃって、あたしは盛大にむせながら、なんとかシャルルの余韻を頭のすみっこに追いやることに成功したのだった。
あ~びっくりしたっ、らしくないわね、あたしったら。
さっ、気を取り直して、あのステキなお風呂につかろーっと。
ぷるぷると顔の水気を振るって大理石のステップを踏み、そろりとルビー色のなめらかなお湯に片足を入れる。
…っ、きゃ~、気持ちイイっ! 
最高だわー、これで飲むものでもあれば、もっといいんだけどっ。
顎までたっぷりとつかって、あたしはそのお湯を堪能した。
適度なお湯は疲れた体をじんわりとほぐし、湧き出る泡はあたしを優しくマッサージしてくれる。
おもいっきり体を伸ばし、うっとりと目を閉じる…。
まるで宙に浮いたようなその感覚は、夢の中をたゆたっている時ととてもよく似ていたの。










「…っ、マリナ! ステーキが逃げるぞ、マリナっ」


えっ、どこっ! あたしのステーキっ。
はっと目を開けきょろきょろと周りを見渡すと、あたしの腕を掴んだシャルルが、怒ったように目の前にいた。
「何をやっているんだ! 遅いと思って来てみれば、この有様だ。まったく言葉もないね」
「ちょっとシャルル、どこなのよ、ステーキ」
あたしがきょろきょろしてると、シャルルはいらだたしげにお湯をひとすくい、あたしの顔にかけたのっ。
「ぶっ、なにすんのよっ」
「なにすんのじゃない、いつまで寝ぼけているんだ! 危うく溺れかけるところだったぞ。湯船で眠るなとあれほど言っただろ! 
……嫌がると思ったから、一人で行かせたのに」
シャルルは白金の髪を振り乱し、あたしの状態を確かめるように両腕を強く掴んだ。
明かりの下で久しぶりに見たその瞳は、不安と心配が入り乱れて、悲しげに歪んでいる。
あたしはそんなシャルルを見て、やっと状況を理解してさぁっと血の気がひいたっ。
ひえー、あたし寝ちゃってたんだ、あぶないっ。
でも、一瞬だと思うんだけど…シャルルの様子からすると、違うみたいね。
うーん、泳げないあたしが水ん中で気を抜くとは…よっぽど疲れてるのかしら。
あたしは心配してくれたシャルルに、とりあえず素直に謝った。
「ごめんなさい。あんまりこのお風呂が気持ちよかったもんだから…助けてくれてありがと、シャルル」
その言葉を聞いてもまだ不安な表情を崩さず、シャルルは乱れたあたしの髪を撫でつけて…ふっと瞳をふせた。
「やっとオレだけのものなったのに…ひとり置いていくような真似はしないでくれ…」
あたしの両手をしっかりと包み込み、自分の額に頂いてシャルルは絞り出すように苦しい吐息をつく。
その悲痛な姿は、どんな形であれ、あたしを失った時の悲しみと絶望の深さを思わせた。
あたしは驚いて強張ったシャルルの手を取り、なんとか安心させようとそっと自分の頬に押し当てた。
ごめんなさい…心配かけて、ごめんなさい…
その温かさが伝わったのか、やがてシャルルはふっとブルーグレーの瞳を静かに輝かせてじっとあたしを見つめ、ゆっくりと身を屈めた。
そうして濡れるのを気にせずに、壊れ物でも触れるかのように優しくあたしの頭を抱きかかえる。
ステキな象牙色のガウンが、濡れるのを気にもせ…ん?
濡れる?


あ、あああたしっ、お風呂に入ってるんだったー!


当然ここには照明もこうこうとついてるし……ひやーっ、は、恥ずかしいっ!!
あたしは慌ててお湯の中で自分を抱きしめ、じりじりとシャルルのいる縁から後退したっ。
「シ、シャルル、もう平気だからっ、で、出てってっ。あたしお、お風呂入ってるのよっ、出てっ、早く!」
シャルルはそんなあたしを黙って見ていたかと思うと、その長身を翻し静かにドア口へと歩いて行った。
ほっ、よかっ…んん?
と思ったらドアの手前でくるりと横を向いて、洗面所のチェストの扉を開け、なにやらごそごそと物色しだしたのよっ。
「ち、ちょっとシャルルっ、そんなことやってないで、早く出て…」




「いやだね」




……は? なんですって?

「聞こえなかったのか? 湯につかって脳みそまで溶けちまったか、薄弱なマリナちゃん。これ以上の薄ぼんやりはごめんだぜ。
もう一度正確に言おうか、”バスルームから出るのは断る、いやだ”と言ったんだ、オレは」

強烈な皮肉を吐きながら、シャルルはいくつかのビン類を持って悠然とあたしの元に戻って来たのっ!

あ、あたしはあまりのショックに文句も言えず口をぱくぱくして、目の前に現れたシャルルの美貌の姿を愕然と見つめた。

柔らかな照明に照らされ静かにたたずむ姿は、けだるげな雰囲気さえもため息が出るほど美しく、長身にもかかわらず不思議とひどくはかなげな体つきは、艶めかしい魅力に満ちていた。
シャルルは優雅にバスタブに腰掛けると、持っていたビンをひとつずつ吟味しながら、その縁に並べていく。
そこだけ切り取って壁に掛けたくなる衝動をあたしは抑えて、お湯の中からシャルルの美しさにうっとりと見惚れた。
自分の置かれた状況も、すっかり忘れて…。

この…人が、あたしの旦那さまになったなんて、はぁ~なんだか信じられない。

やがてあたしの注視に気づいて、シャルルはブルーグレーの瞳を静かに瞬かせ、口元に綺麗な微笑みを浮かべると、とても残酷なことを言ってのけたのっ!






「君をひとりここへ残したりしないよ…これは罰だ、マリナちゃん。


入浴シーンでも見せてもらおうか」






はい? 








―――ひえ~!!?




う、う、ウソでしょ~~~!!??














拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)



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