2011/04/08

epi:12 テンペスト



パートシャルル&ミシェル P



「この患者が運び込まれた病室はどこだ!?」



絶えず人がいきかい、様々な指示の声のとぶ救急病院の廊下で、すれ違い様につかまえたドクターに、シャルルは詰め寄った。
白金の髪をふりみだし、突きつけた写真に映るのは、明るい笑顔の愛しい妻・・・マリナ。


「あ、あなたは?」


「彼女の夫だ! 容態はどうなんだ!? 命に別状は!?」




そうして告げられた事実に―――シャルルは戦慄した。


・・・おめでとうございます、奥様は妊娠されたんですよ。現在8週目です。
しかし、何か精神的にストレスがあったらしく、切迫流産の可能性もあったのですが、手当てがはやかったのでもう心配いりません。
大事にしてあげて・・・

シャルルの意識のどこか遠くで、にこやかに話す医者の声がこだまのように響いていた。
どこをどう歩いたのかわからないまま、シャルルはマリナの病室の前に来ていた。
その事実はともかく、なにより彼女の顔が見たかった、声が聞きたかった、温かい柔らかな体に触れたかった・・・その命を、抱きしめたかった。
わき上がる愛しさに急かされるように開けたドアの向こうに、夕闇に染まるベッドが見える。
そっと気配を殺しながら、その神聖な空間に足を運ぼうとしたが、踏み出そうとした足が、ふいに止まる。

何かを感じた。



視覚で確認するより早く、彼の魂が嗅ぎ取っていたのだ・・・その気配を、自分に最も近しいそのもうひとつの魂を。
おそらくマリナが横たわっていただろう空間に、その存在を隠すことなく尊大に、傲慢に、それはいた。

合わせ鏡のごとく、鮮やかなもう一人の自分。


「やあ、久しぶり。
こんな所にまでお祝いに来てくれたの、案外暇人だね―――兄さん」


マリナの気配の残るベッドを無遠慮に侵すように、長い足を鷹揚に組んで、夕闇に紛れてサングラスを取ったその顔は―――物憂げで繊細な容貌の、ミシェル・ドゥ・アルディ。
ただその血の滴るような鮮烈な微笑みだけが、シャルルとは異なっていた。
そのベッドにはすでにマリナの姿はなく、ミシェルは緩やかに神経質そうな指先で、残酷にシーツをひとなでする。
その仕草を見た一瞬後、
体を焦がすほどの燃えあがる憎悪が、シャルルを支配した。
自分の全てを侵略したこの男の心臓に、刃を突き立ててその返り血を浴びるまで、この衝動は抑えられないと感じた。
感情の沸点が振り切れた時、何者をも恐れさせる氷の表情が、シャルルに浮かんだ。
どこまでも冷ややかに、世界の全てを拒絶し、見下し、闇の奈落のごとく鋭利な恐怖を携えた―――アルディの血統の顔。
「フン・・・、どうしたのさ怖い顔しちゃって」
「―――妻をどこへやった」

「妻!? 誰が? 誰のさ!?」
大仰に言って、ミシェルは濃い影を天使の頬に落としながら、密やかに微笑んだ。 
「…もしマリナという名前の東洋人のことを言ってるんだったらあいにくだね、認識を改めなよ。
彼女はこの”僕”の妻なんだよ、本人もちゃんとそう言ってる。なんなら確認する? 
おっと、やっぱりそれは許可できないな。
こんな冷酷無慈悲の、軟弱男の声なんか聞かせられないね。胎教に悪いもの」
蛇のぬめりのような生理的嫌悪感を及ぼす予感が、今確かな実態をともなって、シャルルの背筋を這いあがった。
指先が真っ白になるほど握りしめた拳から、細かく伝わる震えが全身をかけめぐる。


アンダーグラウンドの更に下層で囁かれる、記憶操作の幻の秘薬―――。


「ポルトオシエルだな・・・貴様、マリナに薬を・・・・・・!」


「女をものにするのに、バラの花も甘いお菓子も必要ない。
夢の結晶をひとふりし囁くだけで、ほらもう彼女は僕の虜。
天への扉をくぐった者は、恋人でも独裁者でも殺人者でも・・・、思いのまま。 
…いいだろ、これ。
アルディに売ってあげようか? 
狂ったあんたらには、喉から手が出るほど魅力的なシロモノだろ」

狂気をはらんだ憎しみに支配されたシャルルは、この時初めて、理性を失った。

衝動的に引き抜いたシルクのポケットチーフが空気を切り裂いて、ミシェルの頬を鋭く打つ。
それは最低の侮蔑の表し方だった。
凍えた硬質ガラスのような声が、冷ややかに響く。
「もはや蔑みにも値しないな。墜ちたものだ、ミシェル・ドゥ・アルディ」
「―――なんとでも言えよ。
こっちはあんたの腹ん中が手に取るようにわかるぜ。あの女の面影に、無様にすがりついてるあんたの情けない顔がな! 
よほど母親のことがトラウマと見える、自己分析はどういう結果だった? マザコンシャルル博士?」
揺らぐ炎のようななめ上げるミシェルの微笑みに、シャルルは冷ややかに対峙する。
「貴様・・・廃人になるまでメスカリンにでもかけてやろうか。
―――これが最後通告だ、譲歩しろ、ミシェル」
「物騒なこと言わないでよ、兄さん。この世にたった二人の兄弟じゃないか。
第一、僕の身に何かあったら、もうあんたの天使は二度と地上には降りて来れないよ・・・?
いいの、それでも? 
まさかそんなことがわからないほど、バカになっちゃった? 
ああ、愛しいマリナちゃんを取り上げられちゃったからねぇ、頭のネジもいかれるか。
ククク…みっともないほどやつれちゃってさ、―――最高の眺めだよ…」
おかしそうに肩を震わせて、ミシェルはその刃の切っ先をシャルルの心へとふり降ろした。
白金の髪の細かな光が、夕闇をふくんで毒々しく輝き、そんなミシェルを壮絶に彩っていた。
「あんな女選ぶなんてあんたの神経疑ったけど、あれで慣れるとなかなか味があるもんだよね。そのくせすれてないし。
マリナってさ、口うるさいし凶暴だし呆れるほど食うけど、なんかカワイイよねぇ。
やってる最中なんか、屠殺場で鳴きわめく子豚みたいにキュートだし。
でも兄さん、小柄すぎて抱きにくくなかった? 
ベドフィリア(幼女趣味)気分まで味わえちゃって、妙な気持ちになっちゃうことあっただろ。
ははは!」
絶望に似たどす黒い嫉妬と、わい雑な言葉にこみあげる嫌悪感を意識の外に追いやりながら、シャルルはミシェルの意図を考えていた。
「お前の子供じゃない」
途端に消え失せた高らかな笑いは、不穏な響きを残して、合わせ鏡のような美貌の双生児の間へと沈みこむ。
「・・・・・・・・・なんだって?」
「カルテから診るに、マリナの妊娠はお前にさらわれる前のことだ。彼女の妊娠しているのはオレの子供だ、お前の子ではない」
「―――見せてよ・・・。
フン、―――そう信じたいだけじゃないの? 見りゃわかるじゃん、このきわどさ。
だってまったく同じ時期に、僕だってマリナちゃんを愛したよ? 
それこそ昼も夜も、たっぷり・・・、ね。
あの腹の中の子は、僕の子供である可能性もあるんだよ。
一人の女を、同じ遺伝子を共有する僕たちが、また共有した。
これは何を暗示するんだろうねぇ。
あの子は夢の子だ・・・僕たち二人の遺伝子を受け継いだ、素晴らしい悪夢の子だよ。
どちらの子にしても、この血ぬられた血統を辿る、奇跡の子だ―――ははは、はっははは!」
天井を仰いでミシェルは笑い続けた。
目の前で蒼白な顔でたたずむ自分そっくりな男を肴に、今まで感じたことのない、狂おしいほどの歓喜がわき上がり、どうにも堪えきれない笑いが、いつまでも自分の中から溢れ返って、ミシェルを満たしていた。
ひきつりながらなお、ミシェルは続ける。
「困っただろ、トレースしようにもマリナのバイオチップは、もうとっくに摘出したからね。
しかし、えげつないことするよねぇ、兄さんも。
ああ可哀想なマリナちゃん。君にはプライバシーもないなんて。
本人も知らないことみたいだったし、やっぱり彼女は僕のところに来て正解だったんだよ、運命さ。
そんなものに頼らなきゃ、マリナのことを守ってやれなかった情けない男だもの、あんたってやつはさ! 
だいたい図々しいんだよ、いい加減目を醒ましたらどう? 
大切な女なら後生大事に囲うより、まず自分を遠ざけなくちゃ! 
平凡な幸せなんかあんたにはないんだよ・・・!」
勝ち誇るように低く言い放ってミシェルが立ち去ろうとしたその時、侮蔑に満ちた囁くような笑い声が、静かに流れた。
すれ違い様に足を止めたミシェルは、今自分の真横で冷たく微笑んでいるシャルルを、いぶかしげにゆっくり視界に捕らえる。
「楽しそうだな、ミシェル。
取り上げたおもちゃを見せびらかせて、さぞ気分がよかろう、まるで幼児だ。
今までの鬱屈した感情に逆らえなかったのか、危ういな。
わかっているんだろう、自分で、今いかに愚かなことをしているか。
マリナに狂わされていく自分に、どうしようもなく歯がゆさを感じているのだろう? 
このままいけばどうなるか、わからないお前でもないだろうに。すでに自己抑制も出来ないとは。
はっきり言おうか、ミシェル。
マリナの光は、お前にはまぶしすぎる。
その身を滅ぼす前に切り捨てなければ、後に残るのは破滅しかないぞ。
もっとも私がお前に施す破滅と、自らがひき起こす自滅、どちらでも時間の問題だと思うがね。
どうあがいても、お前にはアルディの血が流れているんだ。
決して逃げることの出来ない罪深い血脈がな。

お前に、安らぎは、金輪際ない」

「―――心底むかつく野郎だ、お前は」
「それはこちらの台詞だ。
初めて気が合ったな、・・・やはり血がそうさせるのか、ミシェル」
「この姿形・・・どんなに変えようと思っても、無駄だとわかってる。
もう網膜に、魂に焼きついてしまっているからな、その反吐の出るすまし顔が! 
これほど自分の姿を呪ったことはない・・・!
殺しても飽きたりないよ、シャルル―――」
「それで反対に策に溺れるようでは、お前も程度が知れている。所詮辺境育ちのさびれた頭だ、宝の持ち腐れだな」
「黙れ!」
紙一重のところで睨みあった美貌の双子は、生まれて初めて息のかかるほどに近く、その顔を寄せ合った。
「あのバカ女のことなんか、何とも思ってやしない。
今すぐとってかえして、あの首を絞め上げてやってもいいんだぜ、鶏みたいにね。
もっとも、もう何度かやってやったけどね、ククク」
「―――彼女の身に何かあったら、私はお前を・・・その痕跡すら残さずに、この世から抹消してやる。
その魂に完全なる孤独を、その肉体に永劫の苦痛を、死すらも遠ざける無窮の冥夜を、お前に下す」
「フン・・・それは無理だね。
今の僕という存在が消えちゃったら、マリナの翼は折れちゃうよ・・・?」
この時、目前で一瞬よぎった甘い光が、ミシェルの青灰の瞳をきらめかせたのを、シャルルは見逃さなかった。
そう、マリナの名前を口にした、わずかな刹那。
シャルルは今、はっきりと確信が得られた。
自分を苦しめるためにさらったはずのマリナを―――この男は、自らの中に受け入れてしまった。
愛してしまったのだ、子供のように盲目的に。
その瞬間、目の前が開けたように空間が広がるのがわかった。
マリナは確かに生きている、今なお鮮烈に輝きを放ちながら―――!
彼女の命の保証を確信しながら、よどみ歪んでいたマリナへの想いが、一気に解放された。
ふいに、シャルルの繊細な頬に、二ヶ月ぶりに鮮やかに微笑みが彩る。
好戦的な自信に満ち溢れた、白バラのようなかつての高貴な微笑みが。

「いいだろう、ミシェル。
今しばらくは、マリナの命をお前に預けよう。
お前のその屈曲した内世界を、マリナの光で照らしだすがいい。
その全てが見えた時、お前は・・・」

絶大な圧迫感がミシェルを襲った。
なぜだ、蒼白な顔で唇をかみしめていたこの男が、自信たっぷりに”マリナを預ける”と言いやがった。
今まで優位を誇っていたはずのミシェルに、屈辱が重くのしかかる。


『マリナはどこにいようとも、何を思おうともオレのものだ』


無言で言う、自信に満ち溢れた自分と同じ顔。

それにすがっているのはシャルルではなかったのか? 
それとも・・・
最後の陽光が途切れる瞬間、ミシェルは飛び出すように病室から姿を消した。







読んでくれてありがとう

5 件のコメント:

ゆうん さんのコメント...

こんばんは!ぷるぷる様

ぎょひ~!!壮絶な兄弟喧嘩読んでてわくわくしました^^
ああ、シャルル、これはミシェルの血を見なくちゃあ収まらないだろうなあ~と思いきや、シャルルは大きかった!ミシェルにマリナちゃんをもう暫く預ける決心をするなんて!
マリナちゃんのお腹の子はミシェルが父親?シャルルが父親?続きが待ち遠しいです><ミシェルはマリナちゃんにこれから一体どうやって接するのか?
これからお話は分岐するみたいですけどできればミシェルも幸せにしてやってください~!!

くるみ さんのコメント...

ぷるぷる様、こんばんは^^

息をすることも忘れて読ませていただきました。
美しい悪魔のミシェル、輝きを失った大天使シャルル、正反対のようでも共通する部分があって、激しさに言葉を失ってしまいました。
不利だったシャルルが勝利を確信する鮮やかな美しさ、切なくもかっこいいです(ハート)
ミシェルもシャルルと同じようにマリナという光を求めただけなので、手段はあくどいですがなんだか可哀想になってきました。
マリナがシャルルを無意識で覚えているところがもう! 白いバラはシャルルの象徴かつプロポーズの時贈られたものでしたよね。ああやばいです、うるうるしてきました。
再読の旅に出てきます。今日が金曜日で良かったです、週末はこちらで廃人になりそうです。
ぷるぷる様、お忙しいのにも関わらずブログ作っていただいてありがとうございました。
12話までは、ぷるぷる様とコジカ様で書かれたのですね。リンダ様、春様はこれから登場されるのでしょうか?意味はないんです、ただ書き手様方に御礼が言いたかっただけなので。執筆者の皆様ありがとうございました。
これからも楽しみに読ませていただきます^^

くるみ さんのコメント...

ぷるぷる様、こんばんは^^

30分~1時間くらい前コメントしたのが消えてしまいましたので再度書き込みます。同文書けないのが残念です(>_<)
息をするのも忘れて読ませていただきました。
美しい悪魔ミシェル、光を失った高潔なシャルルに痺れました。不利だったシャルルが勝利を確信する瞬間が挑戦的で美しくてうっとりです。
シャルミシェ正反対かと思いきや二人ともマリナという光を求めていて、似てるんですね。
マリナの愛を得てどん底の状況なのに強いシャルルに感無量です。
シャルルの象徴でありプロポーズの時贈られたバラで涙が止まらないマリナ、胸が苦しくなりました。
今日が金曜日で良かったです、廃人になりました^^
ぷるぷる様、執筆者の皆様ありがとうございました。
続き楽しみに待っております。

ぷるぷる さんのコメント...

怒涛のコメントありりんです、ゆうんさんw なんかハジュカしいなあ(笑)
兄弟ゲンカ~~! なんかほのぼのするねぇ、ゆうんさんが言って下さるとv(^^) うーんそですねぇ、ここでシャルルまでキレちゃっちゃお話になんないんで(笑) オシエルのPのシャルミシェは、はっきり言って偽者ですよぉん、ははは。だってマリナの愛を得てからのシャルルがもうツクリモンですからねぇ、ぷるの独断&希望的観測から、彼はお兄ちゃんらしく”ああ”なりましたw
でも、原作でも困った人に手を差し伸べられる彼でしたから^^一人じゃないってことが体感出来れば、きっと更にものすごい偉大な男性になっていたでしょうね~それこそ世界大統領にまでなれたかもv ああシャルルの世界…ウットリ(病気ですねぷる 笑)

>子供
はっはっはー、どっちの子でしょうねぇぇぇv ま、どちらの子でもたくましく生き抜くことは確かでしょうが(笑)

ゆうんさん、応援してくれてありがちょう!
ぷるも天への扉を開けるまで、がむばるよ!寝ないでっ(正に昇天w)

ぷるぷる さんのコメント...

くるみひゃあああん、来てくれてありがちょおお(T∇T) しかしくるみさんの言葉が美しすぎてなんかもーコッパずかしくてぷる頭チュドーンって感じで、いらっしゃいませ…(モジモジv) 
ナヌ!? あんなシッチャカなミシェルが可哀想とな? そんなこと言ってると~彼に騙されてさらわれちゃうゾぉっ(え、本望?笑) 
光…そですねぇ、あの狂気の双子にはマリナちゃんの光がどうしても必要なのかもしれませんねぇ。その光はさて、どちらを照らすのか…ひとえにこれからのマリナちゃんの頑張り次第ですね!(まったくもって気の毒ですが 笑)
そうそうそうっ、コジカちゃん筆の白バラ! 泣けますよねぇ(T∇T) 記憶というのは匂いや感覚というものに、ひどく作用するらしいですからね、マリナちゃんの心によほど強く刻み込まれていたんでしょうね~。あう、切ないですね…、へーるぷシャルル!
はい、ぷるも同じく(^^) オシエルを共に綴ってくれた彼女たちに敬礼!でございます! 

廃人にまでなってくれてありがとです、くるみさんv 更に腐人となった(笑)ぷるが、またオシエルお届けしますねぇぇw
それと、諦めず2回もコメントしてくれて、ほんとにありがとおう!