2011/04/08

epi:13 蘇る白バラ



パートシャルル P


シャルルはほの暗い病室に一人たたずんでいた。
ミシェルの去ったドアの存在を背中に重く感じながら。

今すぐミシェルを追って、引き裂いてやりたい衝動がないわけではない。
彼の行く先には、必ず愛しいマリナがいるとわかっているのに・・・!
ギリとかみしめた唇の端から、ルビーのような鮮血がくっきりとした輪郭の顎にしたたった。
そのままうつむき、崩折れるようにベッドの端に座りこむ。
床にはしおれた一本の白バラが落ちていた。
更に骨ばってしまった細い指でそれを拾い上げると、シャルルは自嘲的に微笑んだ。

今まで、ほんのつい先程まで、マリナはこのベッドにいた・・・新しい命を宿して。

この命と引き換えにしてでも、時が戻せるなら一目でいい―――マリナの姿が見たかった! 



シャルルは散々に乱れる心を必死に抑えこみ、ふとシーツへと視線をあげる。
その時、ふいにこみあげる愛情と思慕が、温かくシャルルを覆った。
蘇るマリナとの安らぎの日々が、優しくシャルルを慰めていく。

マリナ・・・君の笑顔は今も輝いているのだろうか、明るく屈託のないまっすぐな笑い顔を、私は愛しているよ。
ちゃんと食事はとっているだろうか。
これに関してはミシェルも手を焼いているようだった、心配するまでもないか。
絵は描いているかい? 
時のたつのも忘れるほどに熱中する君の横顔を、私は憧れと少しの嫉妬を抱いて、いつも見ているんだ。
―――いたんだね、君は確かにここにいたんだ・・・・・・会いたい、マリナ。
シャルルは静かに微笑んで、そのシーツにそっとくちづけた。
自分でも驚くほどの安らいだ気持ちに包まれながら、シャルルは今までの自分を省みた。
マリナを失ってから、身を引き裂かれんばかの切なさばかりが先に立って、この手に取り戻すためだけに、もがき苦しんでいた余裕のない自分。
マリナの笑顔すら、思い出せなかった。
焦りと不安にばかり埋もれて、そこにいないマリナの影ばかりを、ただ追い求めていた。
そしてマリナを省みず、自分ばかりが辛いと思っていた卑小な心を、恥じた。

君が今の私を見たら、なんと小さく、なんと愚かに見えるだろう。

その時。
シャルルの耳に生き生きとしたマリナの明るい声が、確かに聞こえたのだ・・・!

 

「シャルル、あんたはもっと自分を大切にしなきゃだめなのよ!」


 
マリナを失って―――初めてシャルルは、この言葉の意味を手につかんだ。
日頃母親のように、事あるごとに言われ続けたこの言葉。
顔を上げた時、闇色に染まりつつある病室のガラス窓に、自分が映る。
誰が見ても、健康を害しているのが一目でわかる顔。
疲れきり、やつれた表情、そのわりにぎらぎらと目の光だけが際立って、気力だけでその体を支配している様が見て取れる、悲壮な顔。

―――マリナはこんなになった自分を望んでいるだろうか―――

シャルルはすぐさま立ち上がると洗面台の前に立ち、その顔を何度も洗い流した。
冷たい水に肌を打たれながら、全ての気持ちを洗い流した。
 




人の溢れる病院の廊下を、まるで洗練されたダンスを踊るように、華麗に歩く男がいた。
その様を見た誰もが息をのみ、そんな美しく力強い彼の姿に、呆然と見惚れた。
病院を後にしたシャルルの瞳には、昨日とは別人のそれのように、生き生きとした力強さが宿り、自分のやるべきことを見出した喜びのような光がきらめいていた。揺るぐことのない強固な想いが、今彼の全てをしっかりと覆う。



パートシャルル リンダ


車での移動中、窓から見える景色にそっと目をやる。
通りすぎる町並み、緑の木々や空。
そして、楽しそうに手を繋いで歩いている親子、老人、恋人たち・・・。
とても昨日まで同じとは思えないその世界が、シャルルの心にしみてきた。
心の中の湖面が静かに揺れ、少しずつ輪を広げてゆく。
先日までのそれとは全く対極にある、とても穏やかな揺れ。
シャルルはその輪を、ひとつすくってみた。
善と悪、永遠とそうでないものは、もしかしたら紙一重なのではないのだろうか?
悪も行き着くところまで行ってしまえば、その先に待つものはもしかすると・・・・・・
病室でミシェルの心の闇を突きつけられ、その深さを知り、助けたいと思った。
マリナに出会い、愛を知り、永遠を求めた。
どんどん変化し続ける自分に戸惑いながら・・・
人の心をとても敏感に感じる自分に驚きながら・・・

「それも悪くない…」

少し微笑みともとれる顔で、シャルルはそうつぶやき、そっと瞼を閉じた。



パートシャルル P


シャルルは捜索のための中継点にしていた別荘に戻ると、まずここ何日もろくにとっていなかった食事をとり、そして睡眠をとった。
そして滞っていたアルディの仕事をこなしながら、持てる全てのコネクションを利用し、アンダーグラウンドにわずかに流れるあの秘薬を手に入れる。

離れなければ決して気付くことの出来なかったであろう想いを胸に抱き、シャルルは自分が満たされているのに、素直に身を委ね、充実した気持ちで仕事にのぞんだ。
マリナを想うだけで、こんなにも心が温かくなる。
シャルルは確かにマリナとの絆を感じながら、何人もの助手を従えて、精力的に研究に取り組んだ。


ポルトオシエル―――悪夢の秘薬のカウンタードラックを精製するために。





パートシャルル 春   ~月夜の吸収と反射


シャルルは、日々研究に没頭していた。
正確には、マリナとの絆を糧に時間を磨耗することでしか自分を保てなかった。
――彼を意識しないように――

だが、夜の闇が訪れ静寂が自分に浸透すると、意識してしまう。
特に、月夜の夜は…
シャルルは、月明かりに照らされた鏡を眺めていた。
自分を、そして彼を…
鏡は月光の吸収と反射で像をなしている。

お前にとって、生とは何だ?
お前にとって、愛とは何だ?

――お前にとって、マリナとは何だ?――

呟いた言葉は鏡に吸収され、反射されそのままシャルルに戻ってきた。
お前にとって、生とは何だ?
お前にとって、愛とは何だ?
――お前にとって、マリナとは何だ?――
オレの全ての答えは、‘マリナ’にある。
呟いた言葉は鏡に吸収され、反射されそのままシャルルに戻ってきた。
オレの全ての答えも、‘マリナ’にある。
その答えは、シャルルにとって分かりきったものだった。
だから、敢えて彼に問いかけたのだ。
では、この問いかけの答えは………
お前にとって、オレとは何だ?
呟いた言葉は鏡に吸収され、反射されそのままシャルルに戻ってきた。
お前にとって、オレとは何だ?
オレは答えが見出せない。
おそらく彼もそうだろう。


だから、戦うのだ。

答えを見出すために………
――彼と自分自身に、自分の‘全ての答え’をかけて――
そうだろう、ミシェル?


問いかけた言葉は、鏡に吸収されただけだった。







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