2011/04/10

epi:17 揺れる



パートミシェル P


「―――さて兄さん、あんたは何をやってるんだ? 
僕のいやがらせにはよく耐えているみたいだけど……あの豆狸のことは、もうどうでもいいのかい?」




ディスプレイから漏れる人工の光に照らしだされたその顔は、物憂げでエレガントな美しさを誇っていたが、細めた青灰の瞳の光は、したたかな悪意をにじませていた。
こうしている間にも、ミシェルは様々な方法で、シャルルに圧力をかけていた。
時には揺さぶりをかけるように、二人にしか解けないやり方で、マリナの映像や音声などを送ったりもした。


アルディへの侵入は、確かに以前に比べて困難になったが、しかしミシェルは、ここにシャルルの思惑を感じていた。
これは何かから目を反らすために、施したにすぎないのではないだろうかと。
その処置は、あの完璧主義の男にしては、どこかおざなりな感が否めないものであったから。
そのかわりに気になることが一つだけ……。
それは、シャルルの研究所周辺のシステムに、まったくアクセス出来なくなったことだった。
以前以上に完璧なトラップが仕掛けられ、鉄壁のシールドが張り巡らされて、入り来る者を強固に拒んでいたのだ。
「フン、デジタルばかりに頼るほど、僕の頭はかたくないよ」
別のウィンドウを起動させながら、ミシェルは冷ややかな微笑みを、浮かび上がった文章に向けた。
「ほら、アナログにも注意しなくちゃ、兄さん」
映し出されたメールには、ポルトオシエルを使ってシャルルの元に潜ませた者からの情報が、綴られているのだった。


低く響く笑い声が、隣で輝く真珠色の小ビンに、吸いこまれていく。

―――食い入るように画面の文字を追ったミシェルの瞳は、次第にその色を失っていき、やがて凶暴なほどの強いきらめきが立ち昇った。

「おもしろい、シャルル。
あんたごときの頭で、果してそれが可能かどうか、見せてもらおうじゃないか。
それに、あんまりのんびり構えていると、あんたのマリナちゃんは……どうなっちまうかわからないぜ」

マリナを預ける。


そう言ったシャルルの高慢な顔が、いつまでもミシェルの頭を占拠していた。



「自惚れるのもいい加減にしろよ―――あの女は、お前だけのものじゃないんだよ……」



一番左のモニターには、リビングのラグに座ったマリナが、真剣な面持ちでスケッチブックをかまえる姿が映し出されている。
まっすぐな視線を被写体に向け、一心に手を動かしている。
時折首をかしげ、鉛筆をかじり、頭をかきむしり、メガネをずりあげ。
ミシェルはまるで鑑賞動物を見るような目で、その姿を追っていた。


「はは、おもしれー顔。
あんたの悔しがる顔が見れるんなら、このアホ女に―――ちょっと時間を割くくらい、我慢のしようもあるってもんだよ、シャルル」


ついと上げた細い指先で、ふくよかな頬をなぞっていく。
そのまま、頼りなげな首もとへ、丸みを帯びた肩へ……蹂躙し尽くしたなよやかな体へと、滑り降ろしていく。


モニターの中のマリナの顔が、自分に組敷かれて苦痛に歪んでいるそれへと、すり変わる。


氷のような微笑みがいつの間にかその美貌を飾り、堪えきれないほどの優越感が、ミシェルの体を満たしていた。

今までどれほどの女を抱いてきたか知れないが、これほど体の奥から突き上げる熱を感じたのは、マリナが初めてだったから―――。





「これほどの熱い気持ちは、もうすでに恋なのかもしれないね、シャルル……マリナ?」




そうつぶやいたとたん、なぜかミシェルの心に、ふいに屈託のない明るい声が蘇った。






『ありがとう、ミシェル』


『あたしあんたの声、好きよ』







その声を消すために、反射的にモニターのスイッチを押したミシェルは、まるで自分を戒めるように、

強く唇をかみしめた。










読んでくれてありがとう


0 件のコメント: