2011/04/06

epi:1 プロローグ





パートシャルル コジカ


・・・今まで地下室のモニターをみつめていた。


そこのシステムでは、世界中の表沙汰にならないであろう極秘情報を、その気になればキャッチできるのだが、ある者を追っていて偶然その途中に、一つどうも気にかかる精神薬の開発らしき情報をつき止め、こんな時間まで探りをかけていたのだ。
精神薬理学では今まで不可能とされていた、記憶のすり替えを限りなく可能にするものであるらしい、という所までしか最終的に引き出すことができなかった。
それがどういうものなのか、具体的に実態がつかめない。
裏社会ではこうした麻薬に類する薬の開発は、至極日常的なものであるが、そこのコンピューターの異常なセキュティーのかけ方のパターンに、どうしても嫌な予感を・・・あの男の陰を感じてしまうのだ。

あの男・・・生まれを同じくしながら、全く異なる運命を背負わされた私の片割れ・・・
結局私でも、核心まで侵入する事ができなかったという事実が、何よりもその予感を確実にしているような気がする。
それどころか最近、アルディのモニター内でそれも私しかシードできないようにしてあるシステムに、普通では絶対に気付かないであろう程の痕跡を、わずかの差でつかまえたことがあった。
それは不本意ながら、偶然に偶然が重なって、発見できたとしか言いようがない。
本当にこれは、交信した事さえ分からないであろう、天才的な偽装だったのだ。
これが何かの発端となりえる確信があった。
それでも、破られるはずのない物を、破られたというだけならまだましと思ってしまうのは、よりによってその侵入され盗まれたかもしれないファイルが・・・他ならずマリナの物であったからだ。
そこのところだけが、ピンポイントで抜き出されている。
これだけの能力が私の唯一を侵そうとしている・・・。





マリナが私のベットで安らかな寝息を立てている。
その、月に照らされた無邪気な寝顔を見つめながら、私は思わず安堵の息を吐いた。
私は・・・いつかはこういうことが起こると分かっていながらマリナを、誰に分け入られることなく永遠に―――私だけのものだという確証が欲しいが為に・・・結果として彼女をアルディに巻き込んでしまった。
侵してはいけないと思いながら、ついに私のものにしてしまった。
彼女の全てを必ずこの手に・・・永久に私だけのものに。

この尽きること無い暗い私の汚れた欲望は、出会った瞬間から始っていたのだと思う。
暗闇と虚無の世界から私を連れ出し、初めて人間の無償の愛を教え、新たな世界へと産み出した異形の唯一の女。
君がいなければ何もなかった
君がいなければ息することさえできない
暗闇の中何も見ることができない
眩しすぎて触れることさえできないと思うのに
それ以上のことが簡単にできてしまうのはなぜだろう
君を失うことは今の私にとって死に等しい
私の片割れが・・・ミシェルが、私が彼女を手に入れたことで、私のものにしてアルディに迎え入れたことで、攻撃の矛先を彼女に向けていることは確実だろう。
ミシェルだけではなく、アルディを敵視する輩もしかりだ。
しかしミシェルに関しては・・・それだけではないと・・・
以前私が彼の拷問を受けた時、一緒にいたマリナが無傷でいられたのは奇跡だとも思っていたが、いま思うとそれは奇跡でもなんでもなかったし、成り行きでもなかった、という結論でいる。
私たち兄弟は、恐ろしい程その境遇を異にし、見つめることも触れることもかなわないまま、ひきはなされた。
が、母を通しては一時期共通して最も近しい所にいた。
自分すら見失っていたあの母には、互いに母性の愛を、共に過ごしながらも注いでもらえなかったが・・・
生まれながらに、そして長い間女性の愛を母親の愛をもらえなかったことを、ある意味引きずりつづけている。
私たち双子の周りにあったのは、感情を表に出すことも許されない、凍てついた世界だった。
一族にとっては道具の様な子供だったのだ。
そんな私には、マリナと出会って彼女の春の日差しのような、光り輝く空気がひたすらに眩しかった。
初めて私は母性に触れたといってもいい。
それはやがて・・・唯一の女に対する愛に変わったのだが、そんな衝撃的な存在を、おそらく以前より間接的にでもモニターし、見つめてきたであろうミシェルが、私と同じように感じなかったのかということを―――見過ごしにしていた。
あの男と私は、普通の兄弟よりも繋がりが薄いけれども、通常の兄弟以上に血の繋がりは強い。
姿かたち遺伝子までをも共有している。
あの男は私に、そしてマリナにまでも憎悪を燃やしているようだが、私はともかくマリナに向けるものに対しては、おそらく私と同様というのもなんだが、形が違っても、いくら彼が否定しても―――それは切実な愛情が含まれていると思われて仕方が無い。
私よりも暗闇が深く育った分、屈折の仕方も半端な物ではないはず・・・より彼女の光は、強烈であっただろうと思う。
こうした夜は特に彼女のぬくもりを確かめたくて、眠っているマリナを無理矢理起こし、情熱をぶつけてしまう。
マリナは私のものだと分かっていても、またいつ突然に奪われ、自分の前から消えてしまうかもしれないという想いから、つい熱が入りすぎてしまう。
誰にも渡したくないという想いに、もはやとり憑かれている私の激しさに、マリナは戸惑いながらも
「どうしたのシャルル? 私はいつもあなたを愛してるわ」
とわずかに微笑みながら・・・いつも私を受け入れてくれる。
何事にもとらわれない自由な魂の彼女を愛する私だが、それとは相反して、本当のところは誰の目にも彼女を触れさせたくない、どこかに閉じ込めて私だけしか見させず感じさせず、一日中彼女を愛して、その存在ごと隠してしまいたいという想いに、時にどうしようもなく駆られる。





私が招いてしまったことだが、マリナをアルディ当主夫人としてしまったことで、当然ながら交流する人々の数が増える。
レセプションへの出席ともなると、他の男達に囲まれて談笑することもある。
つい私は心配で、よく動き回るマリナの後を、何とはなしにつきまといがちになり、でなければいつも目で追ってしまっている始末だ。
以前の私からは、おそらく皆想像もできなかっただろう。
全てに無関心で、近づく者には毒を吐き、決して誰にも心を開かず触れさせず、いつも無表情の仮面で人を冷視し、他人がどうなろうとも一向に意に介さない。
それが今ではすっかり挙動不審の域だ。
本当にこれは仕方の無いことであるが、マリナが他の男に微笑みかけているのを見るたびに、やるせなさと、いつもは燻っている暗い嫉妬心、独占欲がむくむくと私の中で頭をもたげ、身を焦がす。
あれはいつだったか、ヨーロッパの社交界でガイの奴と遭遇した時には、全く人の面前で、あろうことか臆面もなく抱きつきやがって―――私は思わず暗い欲望に耐え切れなくなって、マリナの腕を掴み上げて、強引に空き部屋に連れ込んでしまったこともあった。
ガイは慌てて謝ってきたが許せないね。
マリナの親友でなければ、今すぐ半殺しにしたところだ。
だが本当に、マリナを知れば知るほど強くなる独占欲に、時々さすがにヤバイというところまでいってしまい、そのたびに自己嫌悪に陥るの繰り返しだ。

例のメインコンピュータ侵入の件で、いつにも増して警戒している私をマリナは感じ取り、あれ以来アルディの敷地からは一歩も出ない。
まあ、私が出さないようにしているのだが。
膨れ上がったミシェルの闇が、またいつどういった形で襲ってくるのか、正直予測ができない。
しかし・・・あいつを追っていて見つけた例の新薬開発の跡は、おそらく今までにない、想像を絶する脅威であると思う。
そして、マリナのデータのみを引き抜いていったことからもあいつは・・・十中八九彼女をターゲットにしていると思われる。
彼女の存在そのものだけでなく、それだけでは飽き足らず、記憶やその精神まで、私から奪い去ろうということかもしれない。
今まで私が予想を立てたことで、大きくそれが外れたことはなかった。
まして私たちは、根本的生態の元を同じくしており、分かりたくなくても互いの思惑は手に取るように感じる。


・・・分かってしまうのだ。

いたるところにあの男の本気を感じる。
私と同等の取って代われるほどの能力、いや私以上かもしれない。
そして地獄から這い上がってきた、何者を飲み込んでしまいそうな執念。
とにかくこっちもなりふりかまわす応戦しなければ、易々マリナを、この世で私の唯一の愛を奪われかねない。
私がそういう類のことを言うと、マリナはいつも少し寂しそうに微笑み、私の目をまっすぐ見ながら
「あたしはシャルルとずーッと一緒にいるわ。でももし万が一、あたしがあんたと離れなければならなくなったとしても、いつもあんたを想ってる。そしてどうかお願い、少しでも周りの人にも心を開いて。そうすればみーんなあんたを大好きになるわ。
だってあんたはとっても優しくてきれいなんだもの。絶対よ」
そういうときのマリナは、なぜか異様に儚くて、今にも目の前から消えてしまいそうで・・・彼女の言葉途中で、たまらなくなって抱きすくめてしまう。







この柔らかで温かなぬくもりは、もう決して誰にも渡さない―――必ず私の全てで、守ってみせるよ。









読んでくれてありがとう


2 件のコメント:

リッツ さんのコメント...

コメント失礼します!
初めてよませていただきました!
懐かしいシャルルがうれしかったです!

ぷるぷる さんのコメント...

いらっさいませ\(^-^)/ようこそリッツさん♪
病んでるシャルマリ廃人(笑)マスターぷるぷるでごじゃいます!
懐かしい、と表現してくれたということは、リッツさんの思いでの中に眠るシャルル像に近かったってことかなw よかったぁぁぁぁ(^^ゞ

またいつでも遊びにきてね~(*´∇`*)
お声アザっすwwwww