2011/04/06

epi:2 闇より



パートミシェル P


冷えた月光ですら、この身に降り注ぐ光が鬱陶しい。
力任せにカーテンを引くと、心地よいいつもの僕のスペースが現れた。
床に散乱する意味も無いデータの羅列された紙切れが、手折られた花弁のように散らばっている。
僕は鼻歌交じりにそれを踏みつける。踏みにじる。
ぼんやりとした薄暗い光が、部屋の片隅から僕の空間へと垂流されている。
唯一馴染んだ愛しい光だ、君まで否定してしまったら僕になにが残るのだろうね。

堪えきれずに湧き上がる笑い、ああ、愉快だ。

その光はベッドでじゃれ合う男と女を映し出している。
あーあ胸糞悪い。
なんだって同じ顔なんだ、とろけそうな顔しちゃって、醜悪だよ、最悪だ。
その行為になんの意味がある? お得意の理論で展開してみせてよ、ねえ?

『…ャルルどうしたっていうの変よ。あたしはいつもあなたを愛しているわ』

耳障りな声だ、心底この世から抹消してやりたくなる。
なんでもないマリナ、心配しないでいい。君はオレが守る、この腕の中から決して逃がしやしない。

『なんでもないマリナ、心配しないでいい。君はオレが守る、この腕の中から決して逃がしやしない。』

ほらね、あんたの考える陳腐な言葉なんかお見通しさ。

『マリナ、愛している、マリ』



傍にあったワインの瓶をモニターに叩きつける。
一瞬の眩い閃光をはなって、僕と同じ顔をした男の像は消えた。
同じ顔? 
どこがだ、あんな表情この僕にはない。あんな陋劣な顔など知るもんか。
ねえ、馬鹿もここまで極まれりだとある種の敬意すらわいてくるよ。
わざわざ自分に死角を作るなんてさ、非常識にも程が無い? 
鼻をたらしたガキだって判ることさ、それをあんたは敢えてやろうっていうんだろ。
それともなに? 僕に勝てるとでも思ってるわけか。あんな愚にもつかないお荷物抱えて?
お笑いだよ。

何が可笑しいのかあっけらかんと笑いやがって、この豆狸。
お前が泣き叫んだらどんな顔になるんだろうね、さぞかし醜そうだ、ぜひいつか披露してくれよ、僕とあいつの前でね。
手にした写真を少しづつ引き裂く。
でも半分ほどで手を止めた。
やめた、ふたつに別けるのは趣味じゃない。
紅の炎のプレゼントだ、豆狸ちゃん。
羽根を失った蝶のように足元に落ちる燃えカスを、踏みつける、踏みにじる。
さてどういうショーにしようか、お手並み拝見といこうか。
取り上げた小ビンの中で鎖された夢の結晶が眠っている。
これがあれば思いのままだよ、あんたの高潔とやらの精神もね。
あんたに使うか、女に使うか。
この選択は極めて難しいね、初めてだ迷うなんてこと。
まあどちらでも楽しいことには変わりないけど。
仕上げは見てのお楽しみだ、「待っててくれよお兄さま」


パートミシェル コジカ


いつのころからだったか・・・
いつの間、目的がすり変わってしまったのかと思う。
月の光に照らされて、バルコニーにただ独り、ひっそりと小さく佇むあの女が写る。
その姿は光であるはずなのに、なぜか夜闇の女主人のように見えてしまうのは、全く不思議なことだ。
この闇色を見て何かを思い出しているのかも知れないね。
姿が見えないあの男は、アメリカで開かれている犯罪心理学学会にお出かけ中ってわけだ。

「ほんとにあんたって人は、つくづく欲張りなお坊ちゃんだよねぇ。おめでたいよ。アレを手に入れたというのにまだなんにも捨てる気がないんだね。
自分に全部を守りきれるとほんとに思ってるの?
そんなことじゃいつか一番大事な物を失うかもよ?
いつもあんたばかりじゃいいかげん不公平ってもんさ。
僕にも一つぐらい譲ってくれてもばちは当たらないよね。

ねぇ、兄さん・・・」
実像化されたその光に手をのばしてみる。
それは、するりと僕の指を通り抜けた―――。
初めはあいつを監視していたはずなのに、いつのまにかその傍らに寄り添う温かな光にばかり、意識が向けられるようになったいた。
アレは初め、あの男の親友に連れられて現れた。
この闇と同じ、
漆黒の瞳と髪をもつ男を愛していた。
それは何事をも許し、傷を癒し安らかな眠りを与えながら、優しく降りてくる慈悲の夜の闇の様な男だった。
あの偏屈な男も心を許すくらいに。
絶望と憎悪の僕のそれとは全然違ったものだ。
そんなだから同じように、どんなにあいつが駄々をこねても敵わないし、あいつのものにも絶対ならないよね。
どうにもならないことはあるんだよ。
こんなことってあんたにとっちゃ初めてのことだろ?
僕は絶望と虚無に身を染め、沈んでいくあの男を見て笑って見ていた。
が、何の運命なんだろうねえ。
―――闇が夢のように突然に消えてしまった―――

アレの目の前から永久に、その記憶さえ奪い去って。


初めて会ったときからあの女は、完全に僕を見抜いていた。
あいつを装って夜に紛れて忍び込んだ時、完璧に取って代わってやれると思っていた。

しかしアレは、偽装でもなんでもなく生身の、姿形寸分違わない僕の顔を見て、それでも僕を拒絶しながら、

「やめてっ! あなたは誰?
どうしてこんなことをするの? こんなことをしてもなにもならない。
あなたはシャルルにとてもよく似ているわ、本当にとても。今ここに彼はいない、だけど確かに違う。
心の色が違っている。
もしかしたら・・・あなたはミシェル・・ミシェルなの!?」
と少し目を見開きながらアレは言った。

久しく僕の名を呼ぶ人間などいなかったためか、呼ばれた名は自分のものだとわかるのに、間を感じた。
そのはずなのにその時ごく自然に、名乗るつもりなど毛頭なかったくせに思わず「そうだ」と、僕は答えていた・・・。
僕が姿を現してから、僕を陥れた過去を振り返りもせず、僕が何を考えているのか気付きもせず―――。
どちらが優れているのか。
うまく丸め込み、手なずけて利用できないものか。
ただそればかり、その醜悪な欲望をおおっぴらに隠そうともせず近づいてくる一族。
媚を売って取り巻いてくる女狐たち。
こちらが誘えば手放しでついてくる獣達に、その場全ての空気に吐き気がした。
所詮人間なんてこんな物だと言うことは、いやって程経験済みだけどね。

よくもまああんな世界に、あんたの大切なアレをひっぱりこんだものだよ。
あの日、あの男のご自慢のバラの庭で、一心に鉛筆を動かしている女を、見るとはなしに見ていた時。
そこに掛けられた声に振り返り、その声の主を見つけて女が微笑みかける姿を見て・・・僕はどうしようもない嫌悪感を覚えた。
現れた僕と同じ顔の男は、当然のように女に寄り添い、手をとりながら微笑みをかえす。
「マリナ」と、そしてそのまま彼女の唇を奪った。
そこまでで衛星から拾う画像は途絶えた。
嘔吐が胸の奥からこみ上げる。
ついにあの男は、記憶を一部欠いたままのアレを、その全てを自分のものにした。
さぞかしあんたには都合のいい話だったろうね。
運良く敵わない陰が消えてくれてさ。

「だけどねえ兄さん、そう簡単にはいかせないよ?」
あの微笑の前に立って、見つめることができたのは、本当は自分だったのかもしれない。


僕の方が先に母親の胎内から出た。
あの理不尽な一族の勝手な「規則」では、先に生まれた方が弟とされるんだったよね。
片割れを押しやって出てくる者が悪者か。
全くいい迷惑な屁理屈だよね。
だけどその屁理屈に、僕は18年もおとなしく付き合ったのさ。

「そろそろこの退屈な役を代わってもらってもいいよね、兄さん?
僕だってさ、光を浴びて感じたくなるんだよ。
きっと僕がそう想っているなんて事は、考えもつかないいんだろうけどけどね。」

先ほどのバルコニーから部屋に入り、ベットで眠る女を再び写し出した。
こんな存在に出会わなければ良かった。
気付きたくなかった自分の中のこんな気持ちに。
「だけど・・・もう遅いよ。僕だってさ、ずっとそばで見ていたいんだから。
もう兄さんの独り占めにはさせないよ。
もとはと言えばあんたが悪いんだよね。
人のもんだったアレを、半ば騙してあの忌まわしい一族に引き入れたんだから。
全くもって我慢ならないね。
それに何?
自分はやりたいことやるだけやって、後はアレを放置しておくの?
身動きできないよう縛っておきながら、肝心のガードが隙だらけだよ。
僕にこんなに容易く侵入を許しているんだからねぇ。

あの女の過去も現在も、そして未来も―――全部奪うよ。」
ミシェルはビンに詰められた、真珠色の結晶取り上げる。
そして壁紙に掛けられている、十字のピンで留められたパピヨンに目を向けて、わずかに口の端を上げた。
「覚悟しておいて。もう自由には飛び回らせたりはしないから。
それに君が本当は誰を愛していたのか、そしてあの男が君に何をしてきたのかを、よく思い出させてあげるよ。
でも心配は要らないよ。
僕だけは君を見つめ続け、誰にも気付かせず、何者をも君を傷つけさせることなく・・・君を永遠にさらうから。」
これでもう君が誰と何をしているのか、誰に微笑みかけているのかに気をもまなくてすむと想うと、清々するね。
「兄さん、全てを奪い取られる気持ちを存分に味わうといいよ。
二度とあんたには返さないし、触れさせないから。
一度あの女の甘い蜜を知ってしまった今の兄さんには、少々キツイかもねえ。
でも、こういうことが起きるという事も、十分覚悟で手に入れたんだろう?

そうさあんたは独りよがりの孤独の中にいるのがお似合いだったのさ。

アレは僕がもらうから。

無条件の愛も、無期限の幸福なんてものも、この世には無いんだということを、たっぷり教えてやるから。

待っててくれよ、兄さん?」









読んでくれてありがとう



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