2011/04/11

epi:21光編 霞光

注:21章から光編・闇編に分岐いたします。
この章をお読みになる前に、本編ポルトオシエル1~20章をお読み下さい。


パートマリナ リンダ


あの晩から―――
とても穏やかで素敵な日々を私達は送っていた。
もうこの世に怖いものなんてない。
ミシェルが私を見ていてくれる。
本当にそう思える日々が続いていた。

「ねえミシェル、こっちよっ! 早く」
とっても素敵なものを見付けて、私はミシェルに見せたくて、面倒くさがるミシェルの腕を目一杯引っ張って庭の端までつれて来た。
「ねぇコレを見てよ。ほら」
「ほら! 野ばらが咲いてるのっ!!」
「手入れが行き届いてるこの庭に、野バラが咲いたのよっ! 本当なら引っこ抜かれちゃってたかもしれないのに、こんなに綺麗に咲いたのよっ。奇跡でしょっ!」
「素敵でしょ」
「ねっ!」
「―――――――――」
「お前はこんなものが素敵だと言うのか? 人を無理やり引っ張り出して、こんな雑草を見せるために俺を連れ出したのかっ!」


「ミシェルッ! 雑草じゃないわ。野ばらよっ! ノ・バ・ラ」
「バラの仲間よ」
「フンッ、野バラくらい知ってる。俺が言ってるのは、バラなら沢山庭に咲いてるだろってことだっ。こんな小さいヤツじゃなくて、もっと匂いも色もいいのがさっ」
「違うわっ! 手入れもされず、誰も気付きもしなかったのに、こんなに素敵な花を咲かせたのよ。庭の木や花みたいに、専門の人達が丹精込めて手入れしてれば、当たり前に立派な花を咲かせるかもしれない。でも、この花は誰の手にもお世話にならずに立派に咲いてみせたの。
ミシェル、あんたはこの庭の持ち主として、この花をちゃんとに褒めるべきだわ!」
「―――マリナ。お前は俺に花に礼を言えと言うのか!? この俺にっ!!」
「そうよ! ミシェル自然は偉大よ、私達人間には太刀打ちできないわ。
でも私、お礼を言ってって言ってるんじゃないのよ。もっとちゃんと見てあげてって言ってるの。
ほら可愛い花でしょ。白くて、小さくて、なのに・・・ちゃんとバラの匂いがするわ。
ミシェル、貴方の言うようにバラでもちゃんと名前が付いていて、言わばエリートのバラもいいけど、
たまには、こんなに小さな野ばらもいいでしょ。」
「―――随分野バラに御執心だな」
「・・・だって多分私、きっとこの野バラだもの。
昔の記憶はないけど、身に染み付いてる作法や、礼儀からして、あんたとは反対の世界の人間だったって事だけはハッキリしてるものね。」
「お前が野バラか・・・随分美化したもんだな。それは野バラに了解を取っての意見か?」
そう言い返されて、ミシェルを叩こうとした私が手を挙げた時、ビックリした事が起こったのっ!
な、なんとっミシェルが笑ったのよっ!!
私の方を向いて笑ったのっ!!
その笑顔を見た瞬間、私の怒りはどっかへ行っちゃって。
ただただミシェルの笑顔に見とれちゃったのよぉぉー。
だって、あんなに素敵な笑顔、今まで見た事なかったし、ミシェルが笑うって事自体忘れてた・・・
今まで笑ったっていっても、皮肉を込めての笑いであって、こんな素敵に笑うなんてーーー!!
ああ私、この笑顔、もっと沢山見たいわ。
この笑顔を私だけにじゃなく、もっともっと大勢の人にみせたいわ。

「ねぇ、ミシェル。私あなたにもっと沢山笑ってほしい。もっと沢山お話してほしい。
私達二人でこれから色んなものを見ましょう。そしていっぱい話しましょう。
そうすれば、一人じゃ気付かなかった事や、見えなかったものも見えてくるわ。そうやって二人で生きて生きましょう。
私達は友達でも恋人でもない、立派に結婚してる。家族なんだから!
今はまだ、たった二人だけの小さい家族だけど、これからどんどん増えていくわ。ねっ!
素敵な家族になりましょう。」
そこまで言ってミシェルを見ると、もうさっきまでの笑顔は跡形もなく消えていて、その代わりにとても冷たく、周りの景色も全部凍りついてしてしまう様な顔があった―――
「うるさいっ! 黙れっ! 家族なんて言葉口にするなっ!!
俺には、家族なんて必要ない。
いつだって一人だった、誰も信じず、誰も必要とせず、誰にも必要とされず、ずっとそうやって生きてきた、今更人と関わって生きていく事なんてできない。
―――きっとそれはこれからも変わらない」
ハッキリと言い切ったミシェルの顔は真っ直ぐ私に向いていて、その中に確かに揺るぎようのない、今までのミシェルの生き方が伝わってくるような、決心に似た、とても硬い心が見えた。
そんな風にしか生きてこれなかったミシェルの過去と、今まで2人で過ごしてきた日々・・・
決して楽しい事ばかりではなかったけれど、確かに2人で育んできたもの全てを拒否されたようで、私は悲しみを通り越して、やり切れない思いで口を開いた。



「―――ミシェル私、今、音が聞こえたわ。
ミシェルのポケットから、大切なものが何か一つ落ちたような・・・」

「俺には何も聞こえなかった」

そう答えたミシェルの顔は、もう、私を見ていなかった。
  

一人部屋に帰った私は、声を出して泣いた。
泣いて、泣いて、泣きつかれたまま、ご飯を食べるのも忘れてその場で寝てしまった。

翌朝、目を覚ますと、床に何かが滑り落ちた。
―――毛布
ミシェルの不器用な優しさが、私の胸にどんどん沁みてくる。
私の心はこんなにもミシェルでいっぱい・・・

冷静になって考えなきゃ、ミシェルの心が離れていっちゃう。
私を突き放して・・・
だって昨日の私とミシェル、まるで別れ話じゃないの!

笑ったミシェル・・・

氷のようなミシェル・・・

私に掛かっていた毛布・・・

ワタシニナゼヤサシクスルノ?
ワタシヲヒテイシタワケジャナイノ?

落ち着いてきた私の心が答えを導き出していく。  

昨日のミシェルは、戦っていたのだと。
今までの生き方を否定出来ず、今の自分を受け入れきれず。
そしてきっと今も、戦っているんだろう―――

ミシェルの生きてきた道。
計り知れない敵に今、私は辿りついた。








読んでくれてありがとう



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