2011/04/15

epi:21闇編 ミシェル・フォリー

注:21章から光編・闇編に分岐いたします。 
この章をお読みになる前に、本編ポルトオシエル1~20章をお読み下さい。






パートミシェル コジカ


ずっと・・・ずっと、触れたかった。

今どんな顔で微笑んでいるのか、抱きしめたらどんな匂いがするのか。

あの髪をなでたなら、どんな感触なのか。

僕は気づかず、いつでもその熱い温もりを求めていた。

―――この手で、感じてみたいと。

ここに隠して全てを奪っていても、その輝きを失わずに、僕にくってかかってきたお前。
それまで僕は、存在自体すら認められず、決して光に当たることも許されなかった。
何もかも奪われた―――もう一人の自分に。
突然に幽閉された幼児期。
全く変化のない、虚空のような空間でただ一人、交わされる言葉もなく、声を発することすら忘れてしまうような環境の中・・・外界を照らす光に、ひたすら憧れていた。
その願いは叶えられることはなかったけれど。

初めてぶつかり合う人間性。
誰も恐れて近づくものなど無い自分に、交わされる会話。
僕を『僕』として呼ばれる名前・・・お前に名を呼ばれるたびに、初めて確かな実在としての自分が、新たに生まれた気がした。
素直に嬉しい・・・微笑を今ここで向けられることが。
いとおしさで震えるこの胸の鼓動が。
初めて味わうその甘さに、眩暈がする。

この瞬間のためなら、なんだってしてしまうだろう、何度だってね。
現になんだって出来るさ・・・お前を永久に手に入れられるなら。

いつもいつも、僕を陥れた闇のかわりに全てのものを、光を手にしていた分身が、終には愛まで手に入れていく様を、もう見ていることが出来なかった。

壊してしまおう

もう二度と修復が不可能なほどに

奪ってやろう

一番残酷な方法で

吹き荒れる憎悪と復讐に身を焼き、傍らに優しく照らす光を、全て僕の闇で覆った。
もう僕にしか照らすことが出来ず、見ることすら感じることすら、出来ないように。
決して安らぐこと無く、他を許すことの無い魂。
触れたら即座に切れてしまいそうな憎悪、何も必要としない凍った身体。
しかし、気が付いたらいつのまにか堕ちていた。
この手で偽ってきた光が、なくてはならない存在となっていく。
知ってしまったその温かさを、手放せなくなったのは他でもない、自分だ。
何より大切だった、何より愛してしまった、誰よりも、何よりも・・・。
僕が最初で最後に、唯一降伏したのがよりによってお前だとは、なんと皮肉だろうね。
想像すら出来なかったよ。
僕が唯一、この世でただ一人愛する人間。
そして片割れが唯一、この世でただ一人愛した女・・・とは。
滑稽にすら思えてくるこの愛憎劇を、誰が止めてくれるんだい、ねぇ、マリナちゃん?
僕達の様な凶暴で狂気の双子はね、もう君の生命でしか、冷ますことが出来ないのかもしれないよ?
あんたもつくづくとんでもないものに囚われたよね。

君はどこまでも壊され続けるよ。
その輝かしい光を持ち続けている限り、ね・・・?

共に過ごした時間は鮮やかに蘇り、想いが溢れてくる。
確かに僕の中にも愛を認めたよ、君にだけ。

でも。
君が注いでくれた愛情は、全てが僕を通り越して、通過していってしまうような猜疑心がつきまとうんだ。
一方通行な思いでしかなく、偽りでしかない愛。
だけど、僕を『僕』として見て欲しくなる、―――『僕』しか見ないお前が欲しくなる。
記憶を失くされても何度でも蘇る愛が欲しい。
どうしたらいいんだ。
自分を引き裂き混沌とする想い、真実でそれを手にした片割れに対する、飲み込まれそうなほどの羨望と嫉妬。
ボタンを掛け違ったまま、ねじれた虚実を含んだまま、それでも確実に現実となって進む事実。
待っているものは破壊という名の死の闇か、希望という名の新しい誕生か。
それぞれを少しずつ変化させ、壊れた魂が向う先に何があったとしても、この想いだけは手放さないよ、永遠にね。

君と過ごした思い出が、すべてここにある。
壁に掛けたデッサンに、陽の当たる中庭に、温もりの残るこの部屋に。
あの僕と同じ口から「愛」とか言われた時には、どうしようかと思ったけれど・・・君には、愛とそうでないものの区別はついているの?
運命が自分を二つに分けた。
そこに何の意味があるのか、僕は始めから無意味な存在だった。
初めて疑問を持った。
こぼれていくだけのこの生に、君ならどんな意味を与えてくれるの?
そこには何の違いがあったのか、僕はそれが知りたい。
唯一つ最後に残されたものは、運命への挑戦。
壊れていくのが、狂っていくのが宿命なら、この存在が普遍でも永遠でも無いなら、そんな運命は捨てる。
自分の力で、そうできると君は言った。
どんなことをしても、どこかで分かっていた孤独を、繋ぎ止めてくれる何かが欲しい。
もっと早くに壊してしまえばよかったね、粉々に跡形すらなく。
―――自分が縛られる感情に触れてしまう前にね。

気が狂っても永遠に束縛される。
知ってしまったら、知らなかった自分には戻れない。
そう狂気すら忘れることを許さない、強烈な光だ。
僕の闇が逆に一層濃く感じるね。
闇は闇のまま・・・光は光のままに、触れることなく混ざることなく。



僕には決っして与えられなかったもの、それを羨ましいと思ったことさえ、一度としてない。
そこにあった何かを知ったとしても、およそ感情という感情が欠落した自分に、触れられるわけはない。
何が嬉しいのか、何が悲しいのか、そんなものは全て無意味なことだ。
ずたずたの心に全て素通りしていく。
感情を持てば生きてはいかれない、別段そのことに興味もなかったけれど。
永遠続く退屈と虚無の中に身を置き、サラサラと崩れ落ちる時間を過ごす。
果てしなく自分に酷似した不思議な虚像。
頬杖を突き、少し期待を込めて眺めてみる。

―――ねぇ、この退屈な気分をどうにかしてよ―――

面白い蝶を、捕まえたようだね。
僕と同じ憂鬱と無関心しかないと思っていたのに、意外だね。
どこにでも転がっていそうなそんなものに、どこにも無い、かえられない唯一があるの?
面白い芸でもできるとか?
僕には視えるよ。
あんたが後生大事に見えない檻に閉じ込めて、誰にも、見せまいとしているのがね。
そうか、公爵様は今度は蝶の収集に勤しんでるのかなぁ。
あんたらの気違いじみた収集癖には、ずいぶんとあきれたけど、今度は当主はまた格別に悪趣味だねぇ。
あの唯美主義はどこいったんだい。
あの馬鹿でかい公爵家の深窓に籠めっきりじゃあ、空気が悪すぎていけないよ。
そんな所じゃあすぐに死んじゃうよ?
いけないなぁ、すぐに逃げないようにピンで留めなきゃ。

あんたがあまりにもまぬけすぎるから、僕がかわりにやってやったんだ。

僕が

出してやるから

僕にも

見せて―――?







読んでくれてありがとう



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