2011/04/15

epi:22闇編 闇への告白



パートシャルル コジカ


やるべきことを見極め、穏やかな気持ちで静かに、それでも同時に焦燥感を含んだ忙しい日々に、追われていた。
そんな私に嫌がらせのように、罠を仕掛けるように送られてくる彼女の画像や声をみると、たまらなく胸が痛んだ。
しかし、そんなあいつの攻撃も、最近になって突然に途絶えた。
今はあいつに囚われ、記憶を失くしたままあいつと共に暮らしている私の妻は・・・一体どうしているのだろうか・・・。
考え出したらそれだけで血が噴き出してしまいそうな思いに耐えながらも、あの病室でほんのわずかな一瞬だけ、私の分身にも思える弟の瞳をよぎった、甘い光を思い出した。
自分の心をまるで透視するように、あいつの心を慮る。
―――ある予感が、私の思考をよぎった・・・。
 


 
誰の人影もなく、ひっそりと静まり返った深夜。
研究所にある自室で、嫌がらせのように繰り出される、妻の画像を見つめる。
これが最後にあいつが送ってきたものだった。
デスクの上で握り締めた拳が、怒りで震えた。
耐えられそうにないが、これが今の現実だった。
この事実を、データをDeleteするように抹消できたらどんなにいいか。
目を背けたくても、これが合成でもなんでもなく、確実に妻の現状を映し出したものだろう。
今この現実で、君の身に起きたことだ。
こんなものでしか今の君を、ずっと会えないでいる君を、見ることが出来ないなんて・・・。
怒りと憎悪と空しさに、壊れそうになる。
・・・これはすべて私の責任だ、傷を負った弟に、今まで何も手を差し伸べてこなかった私の。
以前の高慢で奢った私なら、絶対にこんな気持ちにはならなかっただろう。
他人を見下しあきらめ、関わることを極端に嫌っていた、鼻持ちなら無い私であったなら。
恐らく本当に狂気に駆られ、自分の傷しか見ずに、弟の息の根を止めることだけで頭が占領されていただろう。
いつも人と関わるまでもなく、必要とするまでもなく、全てが自分の中で完結し、答えを出せていたから。

でも出会った君は、そんな私を少しも恐れず、根気良くしかりつけたんだ。
自分の殻に閉じこもる私を連れ出し、もっと周りを見てと。
大切なものがもっとたくさん、あなたの傍に確かにあるのだからと、あなたが気付いてないだけよと。
そしていつも締めくくるように、母親のように”自分をもっと大事にしなさい”と、怒った。
冷えきり固まった自分が、奔放な君に壊されていく。
未知な世界に無理矢理引っ張りこむ君は、いつも心を奪われるほどに鮮やかで、いつの間にか心の奥底まで侵入を許していた。
全く他人の、心を許した初めての異性によって変わり続ける自分。
未知なる自分を知ることは心地よくて、この女を、いつまでも自分のものだけにしておきたいと思った。
気づけば彼女の光が、平等に誰にでもあたる事が、許せなくなっていた。

彼女は、彼のものだったのに・・・。

私は彼も同時に大好きだった、幼い頃からずっと・・・。
目の前で自分の手からこぼれていってしまった命。
またしても私は、愛したものの命を、この世から消えこぼれ落ちていく命を―――救うことができなかった!
君の最期の微笑が、今でもはっきり脳裏に浮かぶ。
一生忘れない、オレとお前の永遠の約束だ―――秘密の。

カズヤ・・・君は彼女を追い込んでしまったオレを、許さないだろうね・・・。
でもそれでも、君に今もう一度、一目でいいから会いたいよ、とても。
頑張って出てこないか?
今まで全然出てきてくれないから、へこんだんだぜ?
お前はでも確実に、オレの中で生きているのが分かるよ。
だからちょっとだけ、力を分けてくれ。
君はどうせ、お前にしちゃあ弱気じゃないかと、笑うんだろうけどさ・・・だろう!?

夜明け前の・・・一番優しい夜の闇に向いながら、いつの間にか頬をぬらした涙をそのままに、笑った。
今だけだから、弱気な自分を許せと。

マリナ・・・君を想うと切なくて・・・切なくて、痛くてしょうがないよ。
網膜に焼き付いている「君」を見つけるたび、胸に痛みが駆け巡る。
君の傍にいて、そして君に触れることが許される時、そのことがいつも甘い媚薬のように、どうしようもなく、私の身体中を痺れさせるんだよ。

柔らかな淡い色の髪
明るいまっすぐな微笑み
そして私を見上げる
夜空の瞳

その一つ一つに、いつも私は目を奪われていたんだ。
そして本当に、名実共に君の全てを私のものにした時、そこに居ることが出来る自分自身が、信じられなかった。
これは本当に現実なのかと、自分が作り上げた都合のいい夢ではないのかとさえ、思った。
愛しすぎて・・・切な過ぎて、触れることさえ私には出来ないと、思っていたのだから。
10代後半のあの地下水路で、始めて君に触れた時、想いが溢れて息苦ささえ感じるほど、胸が苦しくて―――強引に唇を奪ったくせに、キスさえままならなかったよね。
あの時君は怒っていたけど?
想いが通じずそのことに絶望し、それでも忘れられなくて、苦しくて、いっそこの身ごと滅んでくれればいいと思っていた。
自分が滅びなければ、君から遠ざけなければ、危険なほどの想いだったから。
意識さえ失ってしまいそうなほどに、自分を保っていられなくなるほどに、自殺しようにも、まだ君がこの世にいるという事実で、私のエゴがその邪魔をした。
誰か私を殺してくれ、そして跡形もなく滅ぼしてくれと、どんなに願ったか知れない。
パラドクスをもって切り離したはずなのに・・・それでも君を求めすがる自分が、どうしようもなく憎かった。
浮かされたように街を彷徨い、君の面影を探し求めて、行きずりの欲望を昇華させようとした。
でも、誰も君を超えられない。
そのことがその事実が、更に私を苦しめ打ちのめした。
自分の自尊心だけを守る、ただそれだけに生き、命すら顧みなかった戦いの日々。
そんな私の自暴自棄な状態を、私の家まで訪ねて来て見た君は、驚いただろう?
そうだよマリナ。
月の夜はね、人は狂っていいんだよ・・・。
そう言って、自分を誤魔化したりもした。
今君に会えないことが、触れられないことが―――ただ見つめることさえ出来ないことが、たまらなく苦しい。
私を愛してくれた君との思い出が、はっきりと脳裏に浮か
び、甘い毒となって体中を駆け巡る。
その痛みは快楽を与えて、同時に自分を蝕む麻薬のように、甘美な快感をもたらし・・・私の身体全てを支配した。
日を重ねるごとに強くなるその想いは・・・見つけた君を、本当に縛りつけてしまいそうな、凶暴さを含んでいた。
このまま再び会ってしまったら、どうなってしまうのかと、恐れすら感じてしまうほどに。
網膜に焼き付いた映像から、君の夜空の瞳の色から、私と過ごした君の思い出全てから―――身体の奥深くから湧き上がってくる熱に、耐え切れないほどだ。
堪え切れない私の熱は、出口を求め<君を求め>彷徨いつづける。
一体自分はどうしてしまったのだろうと、思うほどに。
これはあいつの罠だと、必死にその想いを振り払いながら、研究を最終段階へと進ませる。
今まで知らなかった。
こんなことがなければ、絶対に気付きはしなかっただろう。
これが伴侶を失うということなのか・・・失われた魂の半分に、私の想いの全てが向っていく。


これからどうなってしまうのか、何が私たちを待っているのか正直分からないけれど、これだけは約束する。


私の何にかえても、覆い隠れた闇から、必ず君を救うと。







読んでくれてありがとう



0 件のコメント: