2011/04/14

epi:27光編 青紫の影



パートマリナ リンダ


2人の幸せな時間は、いつもあたしの話しから始まる。
だから、あたしはミシェルと何を話そうか、ミシェルがどんな話しなら喜んでくれるか、そんなことばかり考えて、午後の時間を過ごしている。
でも、時には考えていた内容よりも、もっと興味深いミシェルへの疑問に辿り着いたりしちゃって、好奇心旺盛なこのあたしが、その疑問を知らんふりできる訳もなく、結局はミシェルへの質問コーナーになっちゃうのよね。
今日も、湧き上がってきた疑問を押さえ切れなくなって、ミシェルの仕事部屋にお茶を持って行くのを口実に、ミシェルに聞いてみた。
「ミシェルお茶にしない? 今日のお茶はディンブラよ。ほらとてもいい香り、ミルクはどうする?」


早く質問したい気持ちを抑えながら、あたしは気の利く奥さんのふりをして、何か質問の手がかりになるものを目の端で探した。
「へー、ディンブラか、マリナにしてはいいセンスだね。何か下心でもあるんじゃないか?」

げっっ、ミシェルってば鋭いわ。何で分かったのかしら・・・
早く何とか誤魔化して、喉まで出かかってるミシェルへの質問をしなきゃ。
「な、なによ失礼ね。
あ、あたしだって、たまにはミシェルにご苦労様の気持ちを込めてお茶くらい煎れるわよ。
そ、それにしてもあれよね、この部屋にしても家にしても、飾り気何にもないわよね。
唯一あるとしたら―――そう、庭のバラくらい。
ミシェルあんたって不思議・・・何も余計なものは周りに置かないのに、庭のバラだけは大切にしてるのね。
―――まるで、星の王子さまみたいだわ」
突然お茶を差し出しながらあたしが言ったもんだから、さすがのミシェルも仕事の手を止め、あたしの方を向いてくれた。
やった! 作戦成功!
「星の王子? サン・テグジュペリのか?」
興味を持ってくれたのか、ミシェルも口を開いてくれた。
ミシェルの興味がそれないうちに話したくて、あたしは間髪入れずに答えた。
「そうよ! 星の王子さま」
ミシェルの顔が少しけげんそうになり、雲行きが怪しくなってきた。
「―――俺が? 星の王子? マリナお前はいつも突拍子もないことを言うんだな・・・」
その重圧に負け時とわざと明るくミシェルに言った。
「あらそうかしら! そっくりだと思うんだけど」
ミシェルはあたしの煎れたディンブラを一口飲んで、ゆっくりと間を取りあたしに目を向けた。
「マリナ、星の王子の話、全部知ってるかい?」
以外にも優しく話すミシェルに、あたしは動揺してしまい。
「ううん、全然。イメージだけ・・・ちょこっと」
なんて、素直に答えてしまった。
「知らないのに俺に言うのか? マリナらしいな」
ミシェルの表情が諦めにもにたものになり、あたしは焦って言い返した。
「だ、だって、似てると思ったんだもの。いいでしょ言うくらい」
あたしは自分の無知が恥ずかしくって、それを隠す為に口を尖らせてすねた口調で言ってはみたけど、いつもならすぐに返ってくるミシェルの皮肉が今日は届かず、かわりに形のいい唇からこぼれた答えは、
「そうか・・・星の王子か・・・似ているかもしれないな―――」
だった。
でも最後の方は、あまりに小さな声であたしまでは届かず、少し寂しげなミシェルの瞳が、あたしにその言葉を聞き返すのを止めさせた―――。
あたしはミシェルを素敵に褒めたつもりなのに、ナゼかあたしの云った『星の王子さま』という言葉が、ミシェルを孤独に光らせてしまったようで悲しくなった。
あたしはミシェルが仕事へ戻ってから、大急ぎで書庫へ行き、星の王子さまの本を探し、何冊もあるその中から、あたしでも理解できそうな、なるたけ挿絵の多い本を選んだ。
結果、ミシェルが子供の頃に読んだであろう絵本に行き着いた。
その絵本を読んだあたしは、その星の王子さまのあまりに悲しい結末に言葉をなくし、同時にミシェルにとてもツライ例えを使ってしまった事を、ひどく後悔せずにはいられなかった。
絵本は古いわりには綺麗で、あまり開かれた様子が感じられず、きっとミシェルが子供の頃、星の王子さまの話しを好きでなかったであろう事が感じられた。
―――謝らなきゃ、知らなかったとはいえ、きっとミシェルは傷付いたに違いない。
星の王子なんてイメージだけで、ソックリと言ってしまったあたしの軽率さが今は苦しいばかりで、戻れるものなら、時間を巻き戻したい気持ちで一杯・・・ごめんねミシェル、ごめんね。
あたしは急いでミシェルの元へ走った。左手に星の王子さまの絵本を持って。
「ミシェル、さっきはごめんね。あのー、コレ書庫で見付けたの。ミシェルのでしょ」
ちょっと緊張しながら、左手に持っていた絵本をミシェルに差し出した。
するとミシェルは絵本を受け取り、ページを開き目で追いながらあたしに答えてくれた。

「ああ、星の王子か。子供の頃一度読んだが、あまり好きになれなくてね。それきりだ」
あまりに冷静に答えたミシェルに、あたしは余計に不安を感じ、「ごめんね。似てるなんて言って。
今、話し読んだの、あたし・・・あんなに悲しい話だなんて全然知らなくって、ごめんなさい」必死に謝るあたしに、ミシェルの答えは以外にも
「―――別に気にしてない」
だった。
「本当?」
「本当だ」
「絶対?」
あたしはしつこいくらいミシェルに迫ったけどミシェルはとうとう星の王子については何も言ってくれず、「絶対。ほらもう気は済んだろう。あーそんな顔をするんじゃない、もっとブスになる」
「―――でもぉ」
気にし過ぎてるあたしの行動を不信に思ったのか、ついには
「マリナ何をそんなに気にしてるの? そっちの方が気になるよ」
「――――」
「あまりに孤独で俺に似ていたからかい?」
「! ―――」
だって、だって、あたしミシェルが孤独に過ごしてきたって事、教えてもらったばかりなのに、なんだか追い討ちをかけたみたいで・・・。
自分が許せなかった、とても悔しくって、あたしは下を向いたまま下唇を強く噛んだ。
「図星か・・・大丈夫気にしてないよ。孤独だったのは昔の事で、今の俺にはマリナ、君がいる。
だから大丈夫だよ。さっ笑ってマリナ。ほら」
そう言ってミシェルは、わざとおどけて、あたしのほっぺを左右に思いっきり引っ張った。
「いらい・・・い・・いらい・・わよ」
「あはは、ほら、やっぱりマリナには変な顔がよく似合う」
「なっ、なによっ。変な顔って、確かにあんたと比べれば少しは劣るかもしれないけど・・・これでも可愛いトコもあるんだから! 
ほらっ見なさいよ、このホッペ。触るとぷくぷくして気持ちいいんだから、この鼻だってちょこんと付いてて健気じゃないっ。肌だって、まだまだ水もお湯も全然弾くんだから――――」
そこまで夢中で言って、ミシェルに目を向けると、ミシェルはとても暖かい目であたしを見つめていたの。
それは今までには無かった新しいミシェルらしさで、それを発見してしまったあたしの心臓はどうにも高鳴り、ついにはミシェルを直視しているのも恥ずかしくなる程で。
あたしは素敵すぎるミシェルの魅力にノックアウトされて、言ってしまったの・・・!
「ミシェル、あんたズルイわ―――素敵すぎるもの、そんな風に見つめられたら困る。
さっきまで持っていた、謝罪の気持ちも言葉も、全部どっかに行っちゃったじゃない・・・」
目をそらして、やっと出たあたしの言葉にミシェルはすかさず、
「つまりそれは、俺にときめいたって事? ん? ピチピチ肌のマリナちゃん」
って、わざとそらしたあたしの瞳を見て云うんだもの。
「――――――――」
「ほら、どうなんだい?」
口を開く度、意地悪に魅力的な光を言葉ににじませ、ミシェルの瞳は輝きを増していったの。
そんなミシェルにあたしが勝てる訳もなく、結局はあたしが降参せざるをえなくなった。
「そ、そうよっ悪い! ときめき過ぎて、ドキドキよっ!!」
「・・・・・・・・・」
瞬間ミシェルの顔が真っ赤に染まった。
もう耳まで真っかッかなの。それはもう、見てるこっちまで恥ずかしくなっちゃうくらいに。
「や、やだな。そ、そんなに赤くならないでよ! 今、恥ずかしいのはあたしの方でしょ・・・」
「い、いや、うんそうだな――冗談のつもりだったのにマリナがあんな風に答えるから・・さ」
いつになくシドロモドロに答えるミシェルは、初恋の先生にいたずらを見つけられ、怒られてる生徒みたいで、とても可愛く、あたしに少し意地悪心を抱かせた。
「えー! あたしのせいなの?」
云いながら視線をミシェルに向けると、ミシェルはもう勘弁といったふうにあたしに背を向け、すねた子供みたいに大きな声で言った。
「あーー! もう全部忘れてくれっ! 俺は仕事に戻る、マリナもほらっ、早く飯の仕度でもしろっ!!」
あたしは部屋を追い出され、一人テラスへと向かって歩きながら、上着のポケットに手を入れ、そこにコッソリ隠し持っていたキャンディーを取り出し口にほおばりながら、窓から入る暖かい午後の日差しを受けて幸せを満喫していた。
ミシェル―――。
日に日に変わっていくな、あたしなんかじゃ追いつけないような凄い速さで、とても素敵な人に変わっていく・・・。
あたしにミシェルの中に長年積もった黒い雪、溶かせる事が出来るかしら。
ううん、もっともっと溶かしたい、溶かして今度はミシェルに色んな色を見せてあげたいな。
なんて考えながら・・・。
それにしてもミシェルと話しをすると、なぜかまともに話せない。
途中で皮肉合戦になるか、ミシェルが急に暗くなるかだ、なんでだろう?
ミシェルは人と会話する事に慣れてないのかな。
あたしなんて、初対面の人にだって、ドンドン話し掛けちゃうけどな。
でも ミシェルがそれをやったら・・・うっうー怖い、想像するだけでも、体温が3℃は下がるわ。やめよう。
前みたいに一人で話してるわけでもないし、問いかければちゃんとに答えてくれる。
暴力を振るうわけでもなく、とても大切に、まるで壊れ物のようにあたしを扱ってくれる。
そこまで望んじゃゼータクってもんよね。
すごく充実した日々を送っているんですもの。
おかげで最近ご飯がすごく美味しい、まっ、あたしの場合は24時間年中無休で、食べ物受付中なんだけど、それでも少し前までは、なんだかご飯あまり食べられなかったのよね。
やっとあたしらしくなったってことかしら・・・。
でもねえ、最近食べ過ぎなのか、幼児体型に磨きがかかってきたみたい。
今こうして下を見ても、あ、足が見えないのよぉぉ。
うっ、お腹がポコッと可愛くでてきちゃってるの・・・・・。
きっとこれが幸せ太りってやつなのね。
うん、きっとそうよっ!







その夜のことだった―――。
「ねえ、マリナ」
突然のミシェルからの言葉に、あたしは驚きながらも笑顔で返した。

「なあに、ミシェル」
ミシェルはあたしの笑顔を、その数倍も上の微笑みで受けてくれた。
この頃ミシェルはよく笑うようになった。―――なったけど、その合間合間のふとした時に、とても思い悩んでいるような表情をする。
でも、そんな顔をしている自分に、ミシェルはきっと気付いていない・・・。
そんな、顔をさせる理由が分れば・・・その手掛かりがあれば・・・。
「記憶を無くすってどんな気分?」
思いもよらなかったミシェルからの問いかけに、
「えっ? どんな気分て・・・んーそうねぇ」
「不安かい?」
「うーん。不安はもちろんあるけど、それよりも、ちょっと得した気分かな」
「得した? ・・・なんで?」
「だって、あたし記憶無くす前は、もしかしてすんごい悪人だったかも知れないじゃない?
でも今は全部忘れて、少なくとも人に迷惑かけないように生きてると思うし、ミシェルとだって、どうやって知り合って、結婚まで至ったか忘れちゃってるけど、今、また初めて出逢ったみたいに、恋をし直せて、新婚さん気分を味わってるんだもの。
普通の人じゃ一回しか体験出来ない事を、あたしは2回も経験出来るのよっ。
何だかこれって人生をやり直してる感じじゃない!
一回目で間違っちゃった事でも、二回目の今直せばいいんだもの、これってとってもお得でしょ!」

「―――人生をやり直す、か。能天気なマリナらしいね」
ミシェルの瞳の中に、鈍い光が走った。
あたしはその光に言い様のない不安を覚えた・・・な、なんだろこの感じ?
すごく、嫌な感じ・・・。
まあでも、あたしの感は食べ物以外は当たらないことが多いのよね。
うん、気にしなーーい。
あたしは本当に能天気なのかも。まっ、それがあたしのいいとこだものね。
今夜はもう寝てしまおう。
「ミシェル。おやすみ」
明るく言って、あたしはベッドに潜った。







うー・・・、寒いっ。
あたしは肌寒さを感じ、ミシェルの体温を求め手を伸ばしたけど、そこにミシェルの温度はなかった。
最近、夜中にミシェルはよく起きる。
あたしもベッドの中に温もりが無くなると、何か不安になって最近起きてしまうのよね。
あたしが寝ぼけまなこでサイドボードに置いてあった眼鏡を取り、それをかけながらミシェルの姿を探そうとしていると、あたしの横を風が通り、天蓋のレースを揺らした。
風の来たほうへ眼をやると、すっかり開け放たれたカーテンの向こうから静かに差し込む月の光を
全身に浴びて、窓辺に斜めに腰掛けているミシェルがいたの。
その姿は美しく、儚げで、今にも消えてしまいそうだった。
声も掛けられずその姿に見とれていると、ミシェルがあたしに気付いたらしく、フランス窓にかかる紺色のカーテンを背に・・・こちらを向いた。
瞬間、夜風が部屋に入り込み、そのいたずらな風は、青紫色のカーテンをミシェルの体に巻きつかせ、まるでマントのようにミシェルの体を縁取り―――さらに降り注ぐ月光が、ミシェルを輝かせたの。
ミシェルはその天使のようなカーブの頬に優しい笑顔を浮かべ、あたしに視線を向けた。
月明かりを浴びた物憂げな様子は、ため息が出るほど美しくて・・・・







――――――ドクン






大きな鼓動が、あたしの体を駈け抜け、頭の中は真っ白になった。
――――何も考えられないほど真っ白に・・・
あたしが次に発した言葉が、あたし達の全てを壊した

あの――――幸せだった毎日を。





「―――ア・・・ンテ・・ロ・・・・ス」





え、あ・・たし今・・・な・ん・・・て、言った・・・?
あたまの中を、いろんな色がグルグル廻る。
な・・・に、コレ
・・・なんなの
何かが――あたしの中の何かが、せきを切って流れ出してくる。
あたしに今、なにが起こったの―――!!
『たすけて ミシェルッ』
声にならない声が、ノドの奥に詰まってイタイ
たすけて・・・タスケテ・・・
あたしは必死にミシェルの方へ手を伸ばした。
でも、ミシェルの視線はあたしを通り越し、もっと、ずっと・・・時間の向こう側を映していた。
ミシェル・・・
ミシェル・・・
ミシェルッ・・・・・・・
あたしを見て
あたしの手をとって
なにか言って
『夢でも見たの?』って言ってよぉ!
苦しい
なにかがあたしを強く絞る
クルシイ
ミシェル
あたしのそばに来て、
あたしを抱しめて―――
「ミ・・シェ・・・・ル・・」
振り絞って、やっとだした声、あたしが―――ミシェルを求めた、最後の声!!


ミシェル一人を最愛だと思っていたあたしが呼んだ・・・最後の!!


あたしの伸ばした手も声も、なにひとつ、ミシェルに届くことはなかった。
なにひとつ・・・・・
ミシェルはそこにいなかった。
体は抜け殻で
ミシェルの大事な
一番大事な心が、もう・・・・・

――――記憶の扉が開かれる

今 すべての靄がはれていく――――
あたしの一言がミシェルを壊した、自信もプライドも心も全て。
ミシェルはその場に膝をついて崩れ落ち、あたしは全部を思い出した。
―――シャルルの元へ、行かなくちゃ。
真っ先にそう強く思ったのに、あたしの足は思いとは裏腹に、ミシェルの方へと向かい、ゆっくり膝まづくと―――あたしの手は、ミシェルの肩を抱いていた。
その間中もミシェルは、
「なぜだ・・ナゼダ・・・こんなことあるわけがない・・・オレの・・・つくったはずの・・・そんな、嘘だ」
ずっと同じ言葉を、繰り返し繰り返し呟き・・・その瞳は、この世のものを映してはいなかった。
あたしの手の中に、いつもの毅然としたミシェルは、もういなかった。
あたしはミシェルに何もしてあげられず、
「・・・大丈夫、大丈夫よ・・・」
そんな、なんのあてもない、無責任な言葉をつぶやいて、ただただ、頭をなでてあげることしかできなかった。
あたしに寄り添うでもなく、離れるわけでもなく―――そんなミシェルは・・・広い海に漂う、行くあてのない小舟のようだった―――
きっとどこかに、たどり着くはずだった小舟。
たどり着く場所を探し、彷徨っている・・・
ついさっきまで、そこにあったあたしたちの日々。

もうきっと戻ることのない―――幸せな時間。







読んでくれてありがとう




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