2011/05/16

epi:32闇編 TO THE EDGE OF THE WORLD5

パートマリナ&ミシェル P




ミシェルの血痕は、屋敷を出ると裏の谷側へと続いていた。
敷地から出ることを禁じられていたマリナにとって、そちらへ向うのは初めてのことだったが、迫る薄闇に同化してしまいそうな、微かな痕跡をなんとか見逃すまいと、目をこらしながら必死に進んだ。
足元の大地は赤茶けた岩肌が剥き出し、ここが不毛の土地であることを表している。


やがて鬱蒼とした針葉樹林の林を抜けると、そこは一面の闇の世界だった。
ぽっかりと拓けた視界いっぱいに宵空が広がり、視線を遮るものはなにもなく、マリナはその世界に一瞬圧倒された。
血痕はまっすぐに、目の前の小高い丘へと続いている。
マリナは腕に持った荷物を抱え直すと、おぼつかないながらも、懸命にその傾斜を登った。
丘の上に登りきろう瞬間、吹き上げた突風がふいにマリナの顔をなぶる。
とっさにそむけた顔をゆっくり戻すと―――丘の断崖の間際に、一脚の風化しきった木製の椅子があり、そこにぐったりと身を沈めるようにして、


ミシェルがいた。


ただ一人。
死んだ風景の中に、ただ、ひとり。


微動だにしないその後ろ姿に、マリナの背筋に冷たいものが流れる。
息をのんでその背後に近付くと、やがて風にかき消されそうなほどの弱々しい声が、マリナの耳に届いた。




「―――どうだ、この景色……
色もない、音もない、この世の終りみたいだろ……。
見ていると、落ちつくのさ……」




その言葉を受け、ミシェルの無事に安心したのもつかの間、ふと目を上げると―――、
眼下に広がる荒涼とした大地に、マリナは愕然とした。


酸性雨にでもやられたのだろう、枯れてまるで針のようになった針葉樹が、巨大な墓標のように延々と地平線まで続き、崖上にいるミシェルとマリナに、そのあまりにも無残な姿を晒していた。
ミシェルの言うように、朽ちた木々には生の色もなく、音といえば吹き渡る風の鳴り声だけ。
そればかりか、生き物の気配すら感じさせないどす黒い大地は、まさに死んでいると言っても過言ではなかった。


この風景を好きと言ったミシェルに視線を戻しながら、マリナは胸元でぎゅっと拳を握りしめ、唇を噛んだ。
どれだけ長い間、この椅子に座ってこの世界を眺め続けたのだろう。
何を思って、何を感じていたのだろう。
よく見ると、彼の座る椅子は朽ちてはいるが、そのデザインや重厚さから、非常に高価なものであろうことがわかった。
しかし雨ざらしにし、手入れもせず痛めつけ、それでもそれを支配するかのように座るミシェル……その様子はまるで、権力の象徴であるアルディ家に対する、ミシェルの孤独と復讐心の表れのようにも、マリナは思えてならなかった。


もはや肘掛に手をあげることも出来ないミシェルの左半身は、傷から流れ出た血で、濡れたようになっている。


「ミシェ、ル、傷の手当てしなきゃ。それにここは寒いわ、もう、帰りましょう」


焦る気持ちを抑えつつ、そう言いながら椅子の脇に膝をつき、マリナはミシェルを見上げるようにして、そっと声をかけた。
その横顔は紙のように色を失い、この風景の中に、今にもかき消えてしまいそうなものだった。
マリナは堪えきれずに、なんとか止血だけでも試みようと、持ってきたタオルを傷にあてがおうとした。
と、ふいに鈍い光を宿した青灰の瞳が、その手を拒絶するように、力なくゆらと揺れる。








「お前はもう、必要ない。どこへでも行けよ。


……もう、偽りは、たくさんだ」








薄い唇から発せられた、かすれきったバリトンのその言葉がこぼれた瞬間―――、マリナの内の何かが、ぷちりと音を立てて切れた。




「い…っ、い…!

―――いい加減にしなさいよあんたぁ!!」





マリナはもう我慢の限界とばかりに絶叫し、ガバと立ちあがるや否や、手にしたタオルを引きちぎらんばかりに引き絞ると、ミシェルに覆い被さるようにぐいと顔を近付けた。






「偽りってナニよ!? 
あんたのこと心配な”フリ”してっ、あたしがここにいるとでも思ってるの!!? 
思い上がるのもいい加減にしなさいよ! 
言っとくけどねっ、あんたがひとりで死ぬのは勝手よっ。
だけど、あたしを人殺しにしたまんま死なれるのは、めーわくなのよ!! 
…あたしがどんな気持ちで…っ、…どんな気持ちで、あんたを追ってきたと思ってるのっ。
どこへでも行けですって!? 勝手に連れてきたのは自分のくせにっ、どーいう言い草よっ。
それにあんたっ、あたしにあれだけの迷惑をかけておいて、謝りもしないで全部をなかったことにしようっていうの!? 
許さないわよ、そんなこと!! 
死ぬんならせめて一言、ごめんなさい言ってからにしなさいよっ。 
それっくらいあたし怒ってるのよっ、わかってんの!? ミシェル!


ほんとにホントーにっ、ジョウダンじゃ、ないんだからーーっ!!」






力強いその怒声は、大気に鮮やかに弾けて散った。
にわかに響き渡った音はよどんだ大気を震わせ、目覚めを告げるベルのように唐突に静寂を破ったのだ。
今までの欝積した感情が、一気に爆発したかのごとく叫ぶマリナに、ミシェルは驚いて目を見張った。
一瞬この死んだ世界が、自分と共に身じろぎしたかのように感じたミシェルは、―――ややして僅かに頬を緩めると、力なくも皮肉げに唇を歪ませた。




「ああうるせぇ…目が冴えちまった……。
暗示がとけても、お前ってやつは、…全然変わらないんだな。



―――お前みたいな、女も、いるんだ―――あの女とは、だいぶ、違う」




疲れきったようなうつろなつぶやきに、マリナは荒げていた息を落ちつかせると、遠くに視線を投げるミシェルの横顔を見つめた。
そして、ミシェルの脇に膝まづき、持ってきた布を止血帯替わりに、とにかくきつく巻きつける。
手荒な処置にもかかわらず、ミシェルはその間表情すら変えずに、眼前の荒地にうつろな視線を向けたままだった。


吹きすさぶ風に紛れるように、やがてぽつり、ぽつりと吐息をつくように、ミシェルは喋り出した。











「あの頃の記憶は―――あまりいいものじゃなかったから、所々断片的なんだが……」




















読んでくれてありがとう




5 件のコメント:

ぷるぷる さんのコメント...

ちょこっとイイワケ

あ~え~エロイーズママンのイメージがひどいです。
気分を害された方は、ごめんなさい。素直にアイムソーリー
演出上仕方なかったとはいえ、ほんとに申し訳ナイです。
でも狂いっぷり…を表現するためには、やっぱりああしかなかったかな、とも。
和矢が言っていた、例のクレッチマーの分類ですが…↓

分裂質タイプ(S型)
このタイプは第三者からは簡単に理解しがたい性格である。一般的に、物静かで非社交的、真面目でユーモアがない。デリケートな性格で通俗的な物事を軽蔑し、自分だけの世界を作り上げ、それに熱中するタイプ。 文学、美術等の芸術面に関することがらにおいて才能を発揮することが多く、貴族的なほど洗練された上品なセンスと冷酷さを持ち合わせている。 粗野で下品なことに対して極端に嫌悪感を示すのもその一端のあらわれである。 さらにこのタイプの人は観察力と分析力にすぐれ、理路整然とした物事の考え方をすることが多い。 有能な才能を持ち合わせていれば、ナンバー2、ブレーンとして力を発揮する。対人関係においては、好き嫌いがはげしく自分の世界観がわかりそうな人には興味を示すが、 第一印象で嫌なイメージを持った相手には全く興味を示すことがない。(*参考に-やせ形の体格)

ウィキ出典です。
なるほど、とぷるはひどく納得しました…変な話…。
みなさま、いろいろ思うところあるかもしれまへんが、ポルトオシエル、いよいよ佳境でございます…m(_)m

ともん さんのコメント...

ぷるさん^^こんにちは~。

今日は午後から仕事なので、ティータイムに失礼します^^
なるほど、ぴったりですねえ。
センセはじめっからそのつもりでシャルルのキャラ作ったんでは無いかってくらいですねえ。
第一印象で嫌なイメージ~はマリナちゃん見事にひっくり返しましたが^^

狂いっぷり~

そうですね、もう綺麗ごとじゃ済まないですもんね。ホンマものの狂気(病気)は。
鑑定医2で、シャルルが言ってた言葉で、偏執狂の母を持った子供達に「病気なんだから、仕方ない。許してやりなさい」的な事を言って、子供達に受け入れやすいように諭すシーンがあって、ソレって自分に言い聞かせているようで、とても切なかった記憶があります。
そう思えるまでに、いろんな葛藤があったんでしょうね。と
それって、まわりに多少なりとも暖かい人達が居たおかげで、でも、オシエルのミシェルにはそんな人物は居なくて・・・。切なくなりました。

ごほん、しめっぽくなってしまいました。
こうなったら、マリナちゃん、ど~んと2人を受けとめたって下さい^^
このさい、一妻多夫でも^^ともんはぜんぜんかまいません^^むしろオケ~^^あれ?でもそうしたら闇編にならないかな?この先3人が行きつく先をかたずを飲んで見守っていきたいと思います。

怒涛の更新お疲れさまでした^^

ぷるぷる さんのコメント...

ともんさんwwおは~です^^

…いやあ、朝っぱらから闇でゴメンなさいな展開で申し訳ナイです(笑) ほんとは昨夜もうちょい早くUPするつもりだったんだけど、ダーリンが突然の歯痛で、病院駆け込んでおりました~wハハ

え~う~こんな重いの読んでくれて…ありがとですm(_)m
そうなんですよね、クレッチマーの分類見ると正に!って驚いたですもの^^; さすがひとみセンセv読めば読むほど味のあるスルメのごとき楽しみのあるマリナシリーズwですよね。

またまたイイワケ書いても、イイデスカ?(笑)

分類見ても、モナムーなシャルルパパのイメージにゃ合わんし…やっぱ彼らの気質はエロイーズママンから受け継いだのか~、とすると女性をトコトン追い詰めるとなると…やっぱ男と子供かな…(泣)と考えて…うう、こうしようかな、と。でも、そこにパパの意志がどれくらい入っていたかわかりまへんが、ホントに悪質です…アルディ一族…ナンつってテメエで作った話に憤ってるあたり、とてもイタイぷるですが(大笑)
あー体外受精は…ただ単に女のプライドをかけたってことと、シャルミシェが多胎だった…と^^;それだけv 世界初が1978年にイギリスで行われたらしいんで、アルディのコネであーしてこーした(笑)ら、歴史的な背景も合うんでないかなと、邪推w 貴族女性に(一般人の方ですら)これは相当な心身的負担になりますからねぇ…。でもおそらくパパも相当キていたんでしょうね、その後結婚してませんものね。マツモトユカリは…(笑)なんでしょね、もう一回転しちゃったんでしょうかねwあはは~。
ドクトルカバネスもアンテロス事件のたった1ヶ月前に死んでたってのも、気になってね~タイミング良過ぎるなぁ、ははーんミシェルやったなぁ??…みたいなv パパもかぁ??と書いちゃったあたりで―――ぷるは自分がヤんなりましたとさw どんだけ妄想してるんでしょうねぇ、ウフフフフ。読んでて?になった人、ごめんね…(^^;

>鑑定医2で~
ええええ~そんなシーンありましたか!><
うわ~忘れてる…。あんまりショックで覚えてないんですよね…v手元にしっかりあるし、自分も年くった。ともんさんもこないだ、23歳の発言はそれなりに可愛いとこもあるって(笑)おっしゃってましたね^^ ヨシ、今度ちゃんと読み返してみようと思いますわっ☆
うう、でも切ないですね、病の母を持つ子供というのは…(ノ_-。) うお~~~ん、自分に言い聞かせているようって…!!!! うお~~~~~~~~ん、切な過ぎるぞ、ジャルル~~ぅぅ(ノ◇≦。) カワイソウだぞ、ミシェルぅうううう!!! 地下でPC相手にどれだけ寂しかったろうねぇえええ(大泣) はっ、やっとミシェルが可哀想に思えてきたよ…ともんさんっ>< 確かに悲劇だね、これは…ウグ

ああああ、シメシメすぎて湿度150%だね…ぷるこそ、ごめんなさい、除湿除湿(カチっ)
そだね! マリナちゃんも混乱しまくりでカワイソウだけど、なんとかふたりを幸せに導いてあげてほしいねっ!! …ああ、闇編なんだっけ。どうしよう(笑)
一妻多夫かぁ>< あはははは、もういいか、そうしよっか…wねぇ、ともんさんv

あたたかいネギライのお言葉に、ぷる涙がジワリ☆(スピッツ風v) こんなくらくておも~い話にお言葉くれてありがとう、ともんさんっ!!
そして、ぷるにイイワケの場をくれて、大感謝w

まーりん さんのコメント...

ぷるぷる様こんばんは。
わーん、コメント投稿したんですけど消えちゃいました。
ミシェルの解釈素晴らしいです、素敵。。。こんな解釈の仕方があったなんて、ぷるぷる様天才です。
特に生命力の強いほうを残すなんていかにもアルディですよね。生まれたときからそんなだったら、孤独道まっしぐらですよね。ともん様と同じコメになっちゃいますが、三人で幸せに
…というのは闇編だからないんですよね?バッドエンド、それはそれで見てみたいかも(ドキドキ)です。

続き愉しみにしております♪

ぷるぷる さんのコメント...

わーん、ごめんねまーりんさん~~(>□<)
なんかブロガーの設定がよくわからんくて…すまなんだです~~! 貴重なお時間使ってカキカキしてくださったのにぃいいいっ、ああ、初期カキコ読みたかったあああっ!!

まーりんさん~こんな真っ暗なとこにまた来てくれてウレシイですよ~ありがとうございます!(T∇T)
うっ、ミシェル…ですか(ドキドキ) この章書いてる時、なんか自分でも”破綻してねぇかな”と、ソワソワしちゃいましたが(笑)
『ごっどいずいんざでぃてーるず』というではないですかwあの有名な”神は細部に宿る”というやつです^^ あれって

「美術であれ、あるいは音楽や文学であれ、あらゆる芸術で優先されるのはいつでも作品「全体」の価値。だから、たとえ「神は細部に宿る」ことがあったとしても、その「細部」は最終的には「全体」に統合されなくてはならない」

…いう意味らしいですね。
スキな言葉なんですが、ぷる的には要するに”終わりよければスベテよしっ”と乱暴に解釈し、細かいとこが綻びてても、全体が編み上がって着れればまいっかwの手作りセーターのごとく(大笑)多少トンチンカンでも、キャラが動き話が進んでけば、まー誰も気にはセンでしょうww な、ノリで創作していこうかな、と…
う、うは、うははっははは~~~~^^;
ててて、…天才など、恐れ多い~~!!!(×□×) 知人には天災…(チッ)とよく言われますがw 
もーもーっっ、多彩なまーりんさんwにそのお言葉いただけただけで、ぷるは空も飛べるはず~♪と仕事部屋からジャンプしそうな勢いですw ありがちょうございます///ウヒャア

3人でシアワセに…DEATEかw あはは…どうなんでSHOWねぇ。ぶっちゃけ、実はぷるBADENDが大の苦手なんですよ(泣) ホントにどうすればええか、わからないんです、トホホ~~(;Λ;) 上手くBADEND出来るかどうか…(??なんか変な言葉ですね 笑)見ていてくだせえ、まーりんさん♪
ま、幸せの形は人それぞれ…キャラたちがどんな形を選ぶのかは…萌えの神さま次第ですね^^;
結末は出来ているのですが、ぷるはなんだろう…演じながら??書いているので、気分が変わると、話変わっちゃうかもしれんです(笑)
うがー、でもナンカ良い案があったらお知恵拝借したいですWA~~(笑) てか、オシエルは参加自由形創作なんで、まーりんさんも気が向いたらイタズラ書きでもいいんでwしてくれてぜ~~~んぜん構いませんですYO!!
7年前は結構みなさん、スキに乱入してくれてたんですがね~~(笑) ぷるに遠慮なんかせんでいいんですよ~~w 誰でもドウゾ~~♪ …なんつても、マナーがちゃんとしてらっしゃるひとみっ子さんたちは、出来ないスよね~^^;
ま、キブンがのったらいつでも遊んでネvです^^アハハ

まーりんさん、お忙しいのにご来館と足跡><ほんとにありがとうございます☆
…”ソチラ”にも(笑)またお邪魔いたしますね~~!!