2011/05/16

epi:33闇編 I Want Tomorrow

パートマリナ&ミシェル P


動揺を隠せず、思わず膝まづいてしまったその拍子に、マリナの手が冷えたミシェルの体からずり落ちた。
目の前にいるはずのミシェルが、ひどく遠いものに感じる。
気の遠くなるような厚い壁に隔てられ、誰の手も届かない閉ざされた場所で、ひとり怯えもがき苦しむその姿だけが、ただただ虚しく、マリナの目の前にあった。




こんなにも体は近くにあるのに。
吹きすさぶ風に共になぶられても、ミシェルを覆う重い闇を払うことは、できないの―――?
その時、なす術もないマリナの目の前で、とうとうミシェルは、その空虚な体を捨て去るかのように、朽ちた椅子へがっくりと沈みこんだ。


「は…―――も…、う、疲れ、ちま…た」


おちくぼんだ瞳はかたく閉じられ、力なく斜めに傾いた顔に、乱れた白金の髪がふりかかる。
その様はまるで、うち捨てられた美しい蝋細工の人形のよう。
瞬間、ぞくりとするような強烈な恐怖を帯びた悪寒が、マリナの体を駆け登った。
それは魂に刻まれた、無残なトラウマ―――。
陶磁器のように色を失った白い頬に、かつて和矢の上に見た、死という独特の気配が忍び寄ってきているのがわかったからだ。
生命が無機物に変わるあの恐ろしい瞬間が、再び目の前でおころうとしている。
言葉を心を、体を交わした命が、今消え逝こうとしている―――。


…や、だ、やだ! 
もう目の前で誰かを失うのは、もういや!!


その恐怖には、ミシェルのしたどんなひどい仕打ちでさえ、色あせて感じた。
無意識に震え始めた自分の体を、無理矢理抑え込むように抱きしめながら、マリナは自らの腕にきつく爪を立てた。
そして、かつての呪縛を断ちきらんと、崩折れたミシェルを胸に抱きとめ懸命に叫ぶ。


「ミ、シェル…しっかりしてっ、ミシェル! 目を開けるのよ、起きてミシェル!!」


すると力強いその叫びに呼び起こされるように、繊細な白金のまつげが、震えるようにわずかに動いた。


「―――ミ、…ェル……?」

乾いた唇から微かにもれた、かすれたつぶやきにうなづきながら、抱きしめる腕に力をこめる。
しかしのぞいたブルーグレーの瞳は、闇に囚われたまま、生きる気力をまるで捨て去っているように空虚で、マリナはそれをなんとか繋ぎ止めようと、精一杯声を張り上げた。


「そうよっ、あんたの名前でしょ! 
ミシェル・ドゥ・アルディ! 立派なあんたの名前じゃないっ。
アルディの男はそんな弱虫じゃないはずよっ、しっかりしなさいミシェル!」

「―――フ、フ…そ、な…もの、無意味だ。
誰も認めない、不要な、ものに…名前など、…笑わせる」

「バカなこと言わないでっ! 
あた―――あたしはっ、あんたのことちゃんと知ってるわ! 
あんたのしたひどいこと、そして…優しくしてくれたこともっ、ちゃんと覚えてる! 
いろんなあんたを、ちゃんとわかってる!」

「…ルト、オ…シエル…あんなもの、すべて作られた幻だ。
僕もお前も、―――真実などひとつも、ない」

「ふざけんじゃないわよ! 
少なくとも、あたしの心や体に受けた痛みは本物だったわ。あれが幻ですって!? 
ミシェル、あんたにそんなこと言わせないわよ。流れていったあの時間は、間違いなく本物よ。 
あんたといっしょに、泣いて笑ったあの時間は、本物よ!
さあミシェル、目を開けてあたしを見なさい。
薬を飲んでたあたしが信じられないっていうんなら、目の前の今のあたしを見なさい!
あたしはここにいて、ちゃんとあんたを見てるわよっ、ミシェル!」

「はな、せ―――。また痛い目を見たいのか……」

「いいわよ、やれるもんならやってみなさいよ。 
たとえ殺されたって離しゃしないわよ。 
こんなに、冷たくなって…、こんなに血もいっぱい出てっ、このままじゃあんた死んじゃうわ! 
ミシェル、あたしはあんたを死なせやしないわよ。
あんたはまだなんにもわかってない。
ごめんも言わないまま死ぬなんて、許さないんだからっ。 
眠っちゃダメ! 起きなさいっミシェル!!」



しかし、闇をもつんざくマリナのその声ですら、もはや、ミシェルには届いていなかった。
濁った灰色の瞳を幾度か瞬きながら、ミシェルはか細い声でつぶやく。



「暗い…なぁ、ここ  は。
―――ああ、いつもの場所か。
闇に溶けて、誰にも気付かれず過ごした…、いつもの……」


自我を失いかけたミシェルのそのあまりにも無防備な姿に、マリナはたまらず冷えきった細い体を、自分の胸の中に強くかき抱いた―――その時。


「闇は、光を焦がれては、いけないのか?
それを望むことは、やはり罪なのか?
所詮は、愚かな望み、なのか」


体を通して伝わるかすれきったささやきは、マリナの耳にわずかに拾われた後、吹きすさぶ風によって空へと巻き上げられる。
しかしその響きは、無情な運命を呪ってではなく、何かに…そう、ただ純粋に、その答えを問いかけているだけのように聞こえた。
深い漆黒の闇に、
無限に広がる虚空に、
もう二度と振り返ることのない、あの背中に―――


どうか教えて
ボクの
意 味 を


合わせた頬に、ふいに感じたあたたかい何か。
はっとしたマリナが体を起こした時、そこには―――、やつれた白い頬を伝う、一筋の涙があった。
呆然と見開いたガラス玉のような青灰の瞳から、すうとこぼれ落ちた滴が、音もなく闇へと吸い込まれていく。


泣いて、る。
あのミシェルが。
でもなんて哀しい泣き方なのかしら…悲しいはずなのに、痛いはずなのに、不安で苦しくて自分が壊れてしまいそうなのに…表情が―――全然ない!


泣き方すら知らない孤独な魂。
誰にも守られなかった、寂しい魂。
その時マリナの脳裏に、幼いころのミシェルの姿がひらめいた。
途方にくれたように呆然とたたずむ小さなその体に、音もなく静かに静かにふりつもるのは、孤独という悲しみ。
触れ合うぬくもりも、かけられる暖かい言葉も、優しく柔らかな笑顔も知らないままに―――


初めて触れたミシェルの哀しみは、こんなにも純粋で、こんなにも脆いものだった。
鮮烈なほどの力を有するはずのこの美貌の男が、今やはかないまでのきゃしゃな存在となって、腕の中にいる。
強くつかまえていないと、ミシェルが消えてしまいそうで―――マリナは震える指先で、必死にその存在を確かめていた。
胸を破らんほどにあふれくる、やるせない哀しみの渦に翻弄されながら、マリナはいつのまにか声を上げて泣いていた。
あまりにも大きすぎる無垢な哀しみの姿に、マリナの大きな瞳からは、止めどもなく涙があふれてきていた。


「…っ、バカじゃ、ないっ!! 


バカなんかじゃないわ、ミシェル!


自分の幸せのために生きたいって、愛されて求められて生きたいって思ってなにが悪いのよ!
そんなの人間だったら当たり前よ!
望んで当然のことなのよ、ミシェル!!


誰も守ってくれる人がいなかったからっ、だから、あんたは一人で強くなるしかなかった。
そして他の人との関りを、…憎むことでしか、確認できなかった。
だって、それしか知らなかったから―――それしか、教えてもらえなかったから…!
そうなんでしょ、ミシェル!?
だから、自分で自分を支えるために、ただひとつ、”憎む”ということで自分の存在を確めながら、生きてきたのね。
なんて辛くて苦しい生き方なの…あたしだったら、とてもじゃないけど耐えられない…!


でも…でもミシェル?」


マリナは流れる涙をそのままに、輝きを失った二つの青灰の宝石を、真正面からそっとのぞきこんだ。
氷のように冷えた頬にぬくもりを与えようと、小さな手のひらで、そっと包み込みながら。


「憎しみだけが、人とのつながりじゃないってこと、あんたはもう知ったはずよね?
あんたがどんなに頭がよかろうが、関係ない。
あんたはね、人間としてやっとそれを知り始めたところなの。


ねえ、思い出してミシェル…! 
わるかったって―――、あの時、悪かったって言った時の気持ちを。
あんたはあたしを認めてくれて、一緒にいることを願ったからこそ、そう言ったんでしょ?
心に入れて欲しいから、だからっ、そう言ってくれたのよね!?
ひとりじゃなく、ふたりで生きたいって思ったから、そう言ってくれたのよね…!?


だからね、片一方だけじゃダメなのよ。
自分で認めて、そして”相手に認めてもらう”ことも必要なの!
わかる? あんたが心を開かなかったら、誰もあんたのことわからないのよ。
だからあんたがそう望めば、あんたが願って努力すれば、あたしと暮してくれたみたいに、誰とだって一緒に過ごしていけるのよ。
あれは夢でも幻でもなかったわっ。


あんたが変わってくれたから、あたしも…あんたの心に入りたいって、思ったんだものっ」


瞬間、見開かれた青灰の瞳には驚愕したような強い光が差しこんだ。
それを見たマリナの心に、希望が湧き上がってきた。
どうか、彼の命に届きますように―――たたみかけるように、マリナは一心不乱に声を振り絞った。


「ね、簡単なことでしょ!? 
それが思いやりで、優しさのはじめの一歩なのよ。


今までいっぱい間違えてきたことだって、恥じなくたっていい!
そりゃ、…そのために傷つけてしまった多くの人のことは、決して忘れちゃいけないと思う。
けど…っ、過ちを正すことは、きっとこれからだって出来るはずよ。
あんたはその人たちのぶんも、生きてそれを学ばなきゃいけないのよ!


あんたは決して一人なんかじゃない。
顔をあげなさい、ほらっ、世界はちゃんとひらけてるのよ!
あんたが探してた闇からの出口は―――、あんたのすぐそばにあるわっ」


心からあふれくる熱い想いをミシェルにぶつけるように、マリナはひたすら声をあげた。
あの冷たい月夜に、怯えたようにすがりつき助けを求めたミシェルの姿が、今目の前でやっと像を結んだことに気付いたマリナは、全てを抱きしめるように腕を広げた。
孤独に震えるその体を、砕けたその心を、かき集めるように必死にミシェルを抱きしめた。
そして凛と力をこめた黒い瞳で、曇る青灰のふたつの湖を見据える。


「ミシェル、あたしはあんたを認める。
どうしようもない罪に手を染めて、救いようもない悪党でひねくれやで、あたしを苦しませ、シャルルを苦しめたあんたの心の闇も認める。
だけどそれは、ひとりぼっちで生きてきたあんたの、精一杯の生きてく形だったんだってことが、わかったから。
そして、変わろうとしてくれたあんたの、不器用な優しさも認める!
あんたの奥底に沈んでる、本当の苦しみを、わかってあげたいって―――思うっ。


ねえミシェル。
あたしにもう一度、ごめんって言って。


あの時の気持ちのまま、あんたの心を開いてみせて…!


お願いよ、ミシェル―――!」




腕の中に抱きしめた冷えた体が、大きく呼吸したのが、わかった。
マリナは急いで顔を上げ、そっとミシェルの頬に手を添え、ふらつく視線を捉えようとやつれた天使の輪郭を優しく覆った。
すると、端正な唇があえぐように苦しげに開かれ、儚く彷徨うような視線が、こわごわ、マリナに注がれたのだ。






「―――、―――…れ…が」
「なに!? なんて言ったの?」






マリナは、乾いた口元に急いで耳を寄せ、こぼれる言葉を必死ですくう。
浅く繰り返される荒い息使いが、震えながら何かを吐き出そうとしているのを、マリナは確かに感じていた。
やがて、まるで熱を求めさまよう細い指先が、吸い込まれるようにマリナの頬に触れたと同時に、一筋のやるせない光が、ミシェルの瞳にきらりと浮かび上がった。










「―――それが…言えたなら、マリナ―――


お前の心に、入れてくれるのか…?」










マリナははっとし、息を飲んだ。
それは、胸に楔を打ち込まれたかのような衝撃だった。


あたしの、心に。
ミシェルを―――あたしの心に?


光を求めて伸ばし始めたミシェルの指を、空気を求めるように水面に這い上がろうとするミシェルを、あたしが、受け止める―――。


可哀想だと思ったわ、悲しすぎると思ったわ、だけど。


あたし、ミシェルを受け入れられるの?
あたしに、この人を受け止められるの!?


あたし、―――ミシェルを愛し…始めているの…?


ううん、だってあたしが愛してるのは…!


混乱した思いに呆然としていたマリナにすがりつくように、徐々にミシェルは苦しげに上半身を傾けると、熱に浮かされたように潤む瞳で、食い入るように見つめ返し、震える言葉を押し出した。




「僕を、入れてくれるのか? 


認めて、受け入れて…


―――愛して…くれるっていうのか!?」




予想もしていなかった言葉が、凍えた空間に無防備に投げ出された。
マリナはミシェルのあまりに無防備で奔放すぎる告白に、たじろいだ。
動く方の右手が、信じられないほどの熱を持って、マリナの腕を強くつかむ。
しかし、堰を切ったように流れるバリトンの声が、それでもだんだんと力強さを取り戻しながら、ミシェルの命を引き戻しているのがはっきりとわかった。


「偽りでもいい、マリナ…! ボクのそばにいてくれって、言ったら…!?」
「い、偽りなんてやだって、あんた言ってたじゃない!」


たまらず叫んだマリナに、息をのんだミシェルは体を強ばらせ、自分の中に吹き荒れ狂う想いに翻弄されたようにきつく瞳を閉じ、唇をギリと噛み締めた。
あれほど偽りを厭うた己なのに、ミシェルは自分に逆らってでも、目の前のこの小さく温かなぬくもりが、どうしても欲しかった。
欲しかった―――!
やがて、震える肩に同調するように浅く繰り返される呼吸のままに、ミシェルはとうとうと、想いを吐き出していく。


「いっそ、お前の手にかかって、―――死んでいきたかった!
そうすれば、お前の中に、残れると思ったから…マリナの中で一生消えない楔となって、ずっと残りたかった…!
そうでもしない限り、お前の中に僕の居場所なんて、作れやしないだろ!?」
「ば、バカミシェル! 人間死んだらおしまいなのよ! あんたは同じまちがいをしてるっ、またひとりになりたいの!?」
「こうするしかないだろう!? 手に入らないとわかっているんだ、こうするしか…もう」
「あ、愛って、手に入れるとか……っ、そんなんじゃないと思う、の。それに―――」


マリナは混乱していて、とてもじゃないが、自分の心の中を落ち着いて見極められる状況にはなかったが、活力を取り戻したような力強いミシェルの声に、なぜかとても安堵していた。
まだ、彼との時間はある。
まだ、間に合うかもしれない、いろいろなものを取り戻せるかもしれない。
シャルルとの確執、ミシェルの苦悩、感じてしまった―――刻まれてしまった、優しい時を。
瞬間、胸をよぎった仄かなあたたかさに、マリナはどきりとした。
目を閉じれば、こんなにも浮かんでくる白バラのようなシャルルの微笑みが、なぜかとても後ろめたい。
心が引き千切れるほどに会いたいと叫んでいるのに…、その微笑に手を伸ばすことが躊躇われる。
それはなぜか。




伸ばした指の先にあったバラの花が―――、2本、だったのだ。




それに気付き愕然としたマリナは、目の前の青灰色の熱い視線にたまらず顔を背け、混乱したままに口を開いていた。


「それに、愛にもっ、いろんな形があるんだと、思う。
あたしはミシェル、


――――――家族として、あんたを愛したい…!」


その声がはじけた直後、まるで傷の痛みなどないかのように、いきなり体を起こしたミシェルは、動く方の腕でマリナの華奢な肩をかき抱いた。


「残酷だ―――残酷だマリナ! 
あいつと僕のどこが違う? 唇か? 瞳か!? 
何が違うっていうんだ、どこもかしこも同じじゃないか!
くそ! 初めて…、生まれて初めて欲しいと思った人間が、一番憎い奴のものだったなんて、こんな皮肉があるか!?」
「あたしは誰のものでもないわ、あたしはあたしのものよっ」
「そんな理屈が欲しいんじゃない!
なぜなんだ、同じ形なのに、お前が必要としているのは、僕じゃないなんて―――!


お前を抱くたび、僕がどんなに怖かったか、わかるか!?
お前の瞳に映る自分を見るたび、思い知らされるんだ…お前の愛した男の顔が、どんなだったかを。
あの時……僕に抱かれながら、無意識にシャルルの名前を呼んだお前に、どれほど打ちのめされたか―――!


ああ、そうさ……何度汚したって、お前は決して僕には染まらない…!


教えてマリナ…!
あいつより出逢うのが早ければ、お前は僕を選んでくれたのか!?
その笑顔を、僕だけに向けてくれたのか!?」
「ち、ちがうわ、そうじゃないわよミシェル。
早いとか遅いとかじゃなくて…、あんたはあんた、シャルルはシャルルなのっ。
お願い、落ち着いて! 血がもっと出ちゃうっ」
「今はじめて、心の底から、アルディの当主になりたいと思ったよ…。
あいつに成り代われるなら、どんなことだってやってやる!」
「ちがうちがう! そうじゃないのっ、ミシェル!!」








「僕は…、お前といる明日が欲しい―――欲しいんだ!」








時が、止まったかのように感じた。


その時、切れた雲間から青白い月光が差し込み、その光に照らされたひとつの影をふいに浮かび上がらせた。
赤黒い大地に落ちる、重なる二人の影。




マリナは、ミシェルを抱きかかえるようにして、―――くちづけていた。




闇の中、驚愕に見開く青灰の瞳が、困惑したように凍りついたが、すぐに、熱いものにでも触れたかのように歪み、凶暴なほどに荒れ狂う甘美な甘さに陶然と閉じられた。


「マ、リナ―――!」


ミシェルは覆いかぶさるように上体を起こすと、右腕で潰さんばかりにマリナの小さな体を抱きしめ直し、狂喜したようにその熱いくちづけを繰り返した。
今、この時すべてを脱ぎ捨てて、目の前の魂だけに、すべてを捧げるように―――


髪一筋分すら離れたくないというような、激しいミシェルの抱擁に、マリナはただ身をまかせていた。
その大きな瞳から、涙をこぼすままに―――。
きつく抱きしめられた耳元で、甘くかすれたバリトンの響きが熱くこだまするのを、どこか呆然と聞いていた。




「ああ、―――マリナ、マリナ、マリナ!


僕は、もうだめだ…、もう、耐えられない!」 




ミシェルはまるで壊れ物を扱うかのように、そっとマリナを上向かせると、瞳をきちんと合わせた。
それは―――かつて、あの美しい朝日を浴びながら合わせた視線と、同じもの。
やっと想いが重なったと、喜びに震えたあのあたたかい記憶が、マリナを苛む。
注ぎ込まれるまっすぐな光が、再びマリナの心に蘇り、熱く焼き尽くす。


『一緒に、来るな?』
ああ、何も考えずに、あのまま時が流れていれば!


そんな愚かな考えに囚われるほど、マリナの中は千々に引き裂かれ、取り乱していた。
しかし、はちきれんばかりの熱い想いが、青灰の瞳を鮮やかにきらめかせ、今ミシェルを開放しようとしているのが、こんなにもわかる―――。
そのまぶしさにマリナの心はやるせなく震え、止め処なく流れる涙は、やつれた頬を濡らし、それを優しく拭うミシェルの血塗られた指先を洗い流していくが、……マリナ自身を、責め続けていた。
すべての記憶が戻ったマリナには、ミシェルの瞳の光を受け止めるほどの許容はなく、ただ混乱するままに唇を合わせてしまった行為すらが、愚かな自分をひどい嫌悪に陥れていた。


あたしは、裏切ってる。
シャルルも、ミシェルも、……自分自身さえ。


わからないの、何もかもが。
助けて、シャルル。やめて、ミシェル!


そんなマリナの気持ちなど知る由もないミシェルは、月の下で青白く輝く清廉なほどの面差しに、緩やかな微笑みすらにじませ、だんだんとひどくなるマリナの嗚咽をあやす様に、大きな掌で頬を包み込み、愛しむようになで続けていた。
ほのかな月光に浮き彫りになる、深い憂いを帯びたような天使の表情は、まるで沢山の命を犠牲にしながら戦い抜いた聖戦の後のように満ち足りて、マリナの前に静かに佇んでいた。
すべての苦しみを飲み込んでも尚、前に踏み出そうとする、真摯さを引き連れた天使―――


「―――見つけたよ、マリナ。
闇からの出口は、お前の言うように、僕のすぐそばにあったんだ……。


今なら…言っても、いいよな…?」


あまりにも澄み過ぎて見えなくなる薄氷のように、マリナはそのミシェルの上にシャルルが重なるのを感じてしまった。
かつて闇に囚われていた自分を立たせてくれた、痛みと愛を含んだ高潔な魂を。
再びあふれ出した涙に、ミシェルはそっと唇を寄せながらその雫を癒そうと、マリナの目元にくちづけながら、震える声で囁いた。








「僕は、お前を…―――あ」





「――――――マリナぁあ――――――!!」












その時、ミシェルの言葉をまるで打ち消すように響いたそれは、透明なテノール。






夢に、幻に、ずっと求め続けた、あの懐かしい声。

体のすべての細胞がその音に反応したのがわかったマリナは、ミシェルの腕の中でゆらりと立ち上がり、その残響を必死に追った。

耳元に感じるほど、心臓がどくんどくんと、ひどく高鳴っている。



一方、凍りついたミシェルは、一転して油断なく表情をめぐらせると、再びマリナを逃がさないよう強く引き戻す。
そして、丘下を振り返った二人は、やがてそこに、闇をはじく白金の髪の輝きを見つけた。




ミシェルの鮮やかな双璧、シャルル・ドゥ・アルディを。









「っ! ―――――――――…シャルルぅう!!」










血を吐くようなマリナの叫びが、今、至高の兄弟の再会を闇に告げる―――。




To be continued・・・








読んでくれてありがとう



10 件のコメント:

maomiyu さんのコメント...

こんばんは、ぷるぷるさん(っでいいのかな?)

先日は我がブログへお越しくださりどうも有難うございました。
闇編アップおつかれさまでした。
身も世も無くマリナを求めるミシェル。文字通り命を削りながら彼女の心に楔を打ったことに満足して自暴自棄になる彼・・・とってもイイですね~萌え~です(´∀`*)
全てを思い出して二本のバラの間で揺れ動くマリナちゃん。オホホ~もっと迷って~もっとよ!で・も!二本とも手にとってもいいんじゃな~い!ともん様に一票!

そして、満を持してシャルル登場☆彡
イイわ~三角関係って~萌えポイントが高いですわね!

次回更新も楽しみにしています!

ぷるぷる さんのコメント...

まあまあ!maomiyuさんっ、ようこそいらっさいませな^^
フッフッフ…ええ、SANでよろしくてよv 酸でひあうぃごーでございます(謎)ありがとで~す☆

あはは…闇ね、読んでくれてありがとぉ(^^;
まね、カッチョイイミシェルはみなさん書かれてるだろうし、何よりオシエルはパロのパロみたいな感じナンでw 天才っても人にゃ変わりないし、いっちょハメはずして、全部吐き出さしてあげようかな、と(笑) 余計なお世話だと冷凍ビームされそうですがv でもずっと溜め込むのは体にヨくないですものねぇ、maomiyuさん~ヒエッヘッヘ(変態) たまにゃ自暴自棄もイイもんです、人間それでセイチョウするってもんですよねぇ。…人コロシタリ、傷つけてはイケマセンが(笑)
ま、maomiyuさんが萌えてくれたんで、ぷる逝ってヨシvと自分慰めておきます、ありがとmaomiyuさん///
でも、なんかちょい急いでUPしちゃったから、なんか足りない気がする…ハハ。あとで文章変わってても、笑って許してつかーさい(^^;
でもさ~~~、スキだ愛してるだ、ちゃんと言わないくせに一緒にいろだの、お前の心にいれろとかって、ワガママこの上ないですよねぇ、なんでしょこの男w何様、ミシェル様(笑) でもたまにはコンナ風に奔放に想いをぶつけられたいのも、オンナですよねぇえええ、あははははははh///(>∇<) うらやまし~マリナちゃんw …ナンテ言ったら、間違いなく噛みつかれるでしょうがv
さて、2本のバラ、どっちをつかむんでしょうかねぇ。
1本か2本か、2本とも取らないか…(微笑)
別バージョンでハーレム編でも書きますかねw …3Pかヲイヲイ(だめ~~~~~きんし~~~~~~ぷるおおばか~~~大笑)
はい~、やっとこ出てきました旦那さまv でもこの三角、ちょっと怖すぎますねw 異次元空間が開きそうです、ははは。

来てくれてありがとう!maomiyuさん☆ 次回も萌え…られるように、ガンバルですよ!

ゆうん さんのコメント...

こんにちは!ぷるぷるさん♪

いや~っ今回もやられました~っ(T_T)
崖に向かって行くミシェルにハラハラ、まっまさか!飛び降りるんじゃあないよね!?と思っていたら、ミシェルが悲しい過去を自ら語ってくれるなんて~!!
もしかしてミシェルが座っていたイス、ママンが使っていた物では?(違ってたらすいません)
死んだような風景を見てこの景色が一番気に入ってるだなんて・・・ミシェル悲しすぎるわ!うわ~ん(>_<)
ママンに復讐だけを植え付けられたなんて・・・なんて悲惨っ!でも彼の心の奥深くを覗けたような気がして納得しました・・・(そうかあ、そんな経緯があったんだねミシェル・・)こんなになってもマリナを求めるのを止められないなんてマリナちゃん!なんって罪な子なの~!!
しにかけミシェルをシャルルがどうするのか、マリナはどっちの手を取るのか続きが気になって仕方ありません(>_<)
ぷるぷるさんは稀代のストーリーテラーですね(#^.^#)
ゆうんもうどっきどきです~!!
お忙しい中での更新、ありがとうございます^^
次回も楽しみに待ってます。

ぷるぷる さんのコメント...

ゆゆゆ、ゆうんしゃんっ>< あなた方ご姉妹はサイキッカーでしょう!? そうでしょう!?
>ミシェルが座っていたイス
しゅげえっ、しゅげえよゆうんさん!!
大当たり!つかこれはホントに裏の裏設定だから、ぷるでも忘れてたくらいだものっ(大笑)
すごすぎです…恐るべきゆうんともん姉妹っ(>∇<)(>∇<) うわ~~~マジガチで驚いた(笑)

はっ、ようこそ、いらはいませゆうんさんw 来てくれてありがちょね☆ あまりの衝撃にご挨拶わすれてもーたv
あうう…ちょっとツッこみどころが満載そうな生い立ちですが(笑)オシエルのミシェルはあんな風なので、ヨロシクお願いいたします…(^^;
あはは、罪なマリナちゃんw気の毒ですよね~ミイラ取りがミイラコースで、だいたい愛した旦那にウリフタツですもん、そりゃホレられるに決まってますよねぇ、ミシェル君v それをふみにじってやりたかったのに、彼の心にあいたデッカイ穴が、それをさせなかったんですね~。天才も、彼女の前じゃ計算ミス起こすんですね^^ま、それでこそ人間v 機械じゃないんだからこそ、愛おしいってモノです、ねぇゆうんさん☆
「人間だったら愛されたい、望んで求められて生きたい」そそこには根本的なレーゾンデートルがありますvおお、コノ単語仏語でしたねw ミシェル君は植え付けられたモノでは満足出来ませんでした。…なんとか立ち直ってほしいものです、ムムゥ。
死にかけミシェル…あはははh、そですよねぇ、もう出血多量でシんでいるような気もしますが(笑) シャルルお兄ちゃんは、どうすんでしょうかw 素直に手当てしてくれるとは…思えまへんねv しばらく出血大サービス中のミシェル君ですが、次回なるべく早くUPしまっすww 楽しみにしてくれて、ありがちょおおおゆうんさん~~~♪
なななん、き稀代のストテラ…うわわわわわわわ、ゆうんさん…あんまし嬉しいこと言ってくれると、ハナヂ噴射で宇宙まで逝ってしまいそうです(最悪)ぽ///
よぉおっし、ゆうんさんどっきどき作戦、がんばるぞおおおwww
…さっき蜜月サイド書いてたんだ。でもほんっとーにただのHな話だけど、ハナヂは出せそうだから(ヤメロ)待っててね☆

sayapon さんのコメント...

はじめましてsayaponといいます。
マリナシリーズが大好きで検索でたどり着きました。
ポルトオシエル、数日家事そっちのけでのめり込んでいました。正直凄いとしか言葉がでません!
今最終章読み終わったのですが、マリナの言葉に涙し、ミシェルの切実な愛にドキドキし、今夜は眠れそうにありません!
精密なストーリー運びはプロの方みたいですし、何よりもマリナ節がたまりません!あれはミシェル、惚れてまうやろーですよ///
しかもシャルル登場でおわってるので、続きが気になって悶えております!!
ああ、マリナはどっちを選ぶのでしょう?赤ちゃんは!?
こんなにのめり込んでしまうマリナ創作初めてです!ぷるぷる様凄過ぎな方です。光編もまた違ったテイストで、とても楽しいです!!共同著者様にも拍手です!
まだ他の作品未読なので、楽しみで仕方ありません。
このブログに出会えて、1年頑張ったご褒美をもらったようです^^
応援していますので、どうかどうか更新よろしくお願いいたします!

素敵な創作小説を、ありがとうございます。
同人誌も購入します!

ぷるぷる さんのコメント...

は、はじめましゅて…sayaponしゃま…(^_^;;;;;

今更ご挨拶で、たいっへんごめんなはーい!!!><
も、もう見てらっしゃらんかもしれへんですな(爆)ごめんね~お返事遅れてもて…(TT)

おぅwオシエルなんてなが~くおも~いモノ大事な家事置いて(笑)読んで下さって、あ、ありがちょうございます!!恐縮ですたいっm(_)m
うへ(T∇T*)とてーもスギョイお言葉の数々、もったいねぇ~
ププ、プロなんぞそ、そんなっsayaponしゃまのらぶりーお口がまがっちまいますわよっ、ぷるめなんぞにそげなお言葉///ぎゃはぁあああ(吐血)
えwミシェル惚れてまうやろーDESUKA!!?
あははははっは!! あ~そですねぇ、自分をあそこまで肯定してもらえたら、あとは欲しくなってしまいますよねぇw
孤独が闇が深い分、見つけちゃった光はとんでもなく眩しくて魅力的でしょうしね~(T_T)
しかし天才ですがミシェル、ヴぁかですよね~不器用つか・・・最後まで悪役に徹すれば傷も小さかったのにねぇ(笑)
どんなに頭よくても、ココロがある以上計算では割り切れナイ、はかりきれないマリナちゃん♪の図太い精神攻撃www(大笑)
はじめっから開けっぴろげの人間にゃ、どんなに繕ってもかなう訳と思うんすよね~ニンゲンww
その力強さの前にはアルディの天才双生児でも、どうしようもございませんw
あう(;∇;)すすす、すとーりーでござるか!!?
ほ、綻びだらけのような…www優しい~sayaponさん~wwwこれから破綻してても、笑って許してね~~
今シャルル登場編書いておりますがw
なんつーかもう、痛ましいwww(;∇;)
ミシェルせっかく剣を折ろうとした矢先に、最大の壁立ちはだかっちゃって、背毛逆立ててフーフー言っちゃってますよ…トホホ
キモチはわかるけど~もう引き返せないとこまで来てて、どうにも止まらない~♪状態でし(微笑)
ねえ、sayaponさん、続きどうしよっか…??? フフフ
そもそも、女ひとり、男って共有できんのかねぇ??
そういえばどっかの部族では、女性が極端に少なくて、お兄さんが家空けるときは弟に嫁さん預けていくらしいですよ。
その間、子供が出来てもいっこうにOK、と。
他人に取られるより、血統の近いヤツに預けたほうがまだマシ、ということらしいです。それで円満に一族続いているらしいですからね~世の中にはいろんな”形”があるんですな・・・
原作ミシェルはそんなお馬鹿では(笑)ナイと思うのですがww一卵性の片割れが求めた遺伝子ですからね~、彼もマリナちゃんにハマル可能性はまるきり0ってワケでもなさそうですしね(笑)
いや~でも考えれば考えるほど、アルディの双子に好かれたら怖くてしょーがありません…ガクブルww がははははhwww
着地点は決まっているのですが、まだ遊べそうな展開なのでw気長にお待ちいただけるとありがたいっす~(^人^;)
ごめんね~sayaponしゃんm(_)m
でも、なんとかっっ、がんばるでしゅからねっww
もったいない応援wwありがとうございましゅ!!
おうっ>∇<* シャンテDLしてくれるの?? うはwありがるーん♪
エロは少なめだけど(笑)アイはたっぷりだよw

コメくれてうれしかよ~sayaponさん☆まったりこれからもヨロシクね~(^^)ノ

あおみ さんのコメント...


読み応えっぷり、手に汗いっぱい。
そして、続きが気になって、くううーーーー。
どうしよう。ほんもののマリナシリーズも実家にとりにいかなくっちゃ・・・
熱が本格的に再開中です。

ぷるぷる さんのコメント...

うぉおおぉぉう。゚(゚´Д`゚)゚。。゚(゚´Д`゚)゚。。゚(゚´Д`゚)゚。

あおみさんっ、ガッツンな熱い想い、マジガチありがとう!
ぷる感激ッス(・_・、)
オシエルちょー長いのに、緊張切らさずがっつり読んでくれて嬉しい!!

よしw実家へGOですyo!
萌えは熱いうちに打てっ(笑)
おかえりwマリナワールドへ!(ナンチテ笑)

HK さんのコメント...

ぷるぷる様、こんにちは。
オシエルを、久しぶりにゆっくり読ませていただきました。
ずうっと闇に沈んでいたミシェルを、光の下へと引きずり出したマリナちゃん。
そりゃ、惚れますわな。
シャルル、いよいよ登場ですね。
ああ、どうなるのかしら!マリナちゃん、どちらを取るの!?
続きを楽しみに待っております。

ぷるぷる さんのコメント...

おおうHKさん、こんばんにゃ(○´∀`○)

色々あって数年放置してた所行に自分でびっくらしてます懺悔!(_ _ )/ハンセイ
でも自分の中じゃオシエル書いちゃった感あって、(闇編ですが)光編もリンダとコレデインジャネ?みたいなプロットあって(笑)なんとなく満足シちゃってたようなwww
あ、満足とはちょっと違うかなぁ(^^ゞ
正直10通り位エンディング考えちゃったから(闇度でw)、お友達サイトさんでもオマージュ的なお話あったし(笑)コールドスリープネタwwwww
コレ、一個エンディング考えたんですよね~あはははははh!
オシエルはぷるひとりの作品じゃないんで、色んなベクトルあっていいと思ってンス♪
まあ、現状の流れ書いちゃったのはぷるなんで、これはまとめないとアカンのですがwww
口火切ったコジカちゃんは昔、共通の敵が出てきて兄弟協力して撃退、仲直り案を置いてってくれたんですがね~ヽ(^0^)ノ (コジカちゃん、ここまで泥沼になってゴメン///(≧Д≦))

でもマジメに、オシエルミシェルが簡単に幸せんなったら許せないとこあるんですよね、ぶっちゃけ。
苦しんで苦しんで、3人とも苦しみまくって天への扉が開くかどうか、それぞれのキャラたちに頑張って選んで貰おうかと思ってます。
年内にはある程度形付けたいです~ウヘヘ(^◇^;)w(言うだけはタダやwww)
大人童話のベタ甘と、しょっぱいオシエルはwありがたい刺激バランスで、萌活が助かりますw
バイオリズムが落ちてるときは、オシエルに限りますよアハハ

読んでくれてありがとございますよ~(T人T)
場末の半死にサイトなんで/// お声うれしっす~(゚´Д`゚)
とりあえず次は流血で・・・悲しいですが死人も出るんで;;注意書きを気をつけます・・・・・・
楽しくない展開で申し訳ないデスうっうっ