2011/06/02

オートエコール 4:15pm


人生一度はそういう日って―――とことん、タイミングの合わない日って、あるモンなのね。
それがたとえ、どんなに特別な日でもさ。

そう、自分の誕生日とかでもね。











それっ、急げ!


あたしはそれこそ、遊びすぎたコーギーも真っ青なほどよろよろしながらも、必死に足を動かして、延々と続く灰色のリノリウムの階段を、ぜはぜは言いながら上っていた。
気持ちはもうとっくに目指す階についちゃってるんだけど、いかんせんこのっ、このっ、思い通りにならないたまごボディーがぁぁ! 
シャルルみたいな長い足がついてりゃ、こんなに苦しい思いもしなくてすむのにぃぃっ。
ぶつぶつ言いながら、そこであたしは自分の4頭身半の体に、足だけシャルルという、想像力の限界に挑戦な妄想をしちゃって、思わず吐きそうになった。
ああ、くだらないことやってないで急がなきゃっ。
まったく、それというのもこのボロエレベーターのせいよっ、ふん! なんでこんな時に止まってるのよっ。
シャルルも所長のクセに、お金あるんだからケチケチしないで、絶対ゼッタイ壊れなさそうな頑丈なやつをドーンとつけなさいよねっ、ったく!
しかもシャルルの研究室、最上階だしっ。
「つ、ついた…ぁ、おえ」
おっと吐いてなるもんですかっ、おやつに食べたマドレーヌにクグロフ、サラダ・ド・フリュイにおまけのクレープシュゼットっ。買い食いしたムース・オ・ショコラ!
あたしは手すりにすがりついて、なんとか荒い息を整えた。
えっと、所長室は……確かこっちよね。
「シャルル~いる~? あたしよー、マリナ! おーいシャルルってばー、聞こえてんのー? あんたまた発作で固まってんじゃないでしょうねぇっ。いないならいないって言えー!」
どんどんどん、もひとつおまけにドンドコドン。これだけやっても反応なし。
おっかしいわねぇ、下で聞いたら所長室にいるって言ってたし、やっぱり固まってるわね、あいつっ。
ようやく探し当てたその扉の前でひと騒ぎしたあと、鼻息荒くドアノブをつかんだあたしははたと、立ち往生してしまった。
―――あら? あら…げっ!
う、う、うう~、パスワード忘れたっ!
どうしても覚えられなかったあたしは、かなりバカにされながらも泣く泣く耐えて、あたし専用のパスワード、やっとシャルルにもらったのにぃぃっ。
このお馬鹿頭っ!
しょうがないこうなったら、恥の上塗りついでにこの扉を蹴破っ…!! たりしないで…事務所に聞きに行こう。
もう何度も挙動不審で追い出されてるから、またガードマンに見つかったら、今度こそ永久立ち入り禁止になりかねないものね。
ああ、めんどくさいったら!
シャルルのあざ笑う顔がちらついたけど、あたしは仕方なく事務所に向かって回れ右をした。
うっ、また階段~~! なんで1階にしかないのよっ、合理的をモットーにしてんでしょ、フランス人!
ふたたびぜはぜは言いながらステップを駆け下り、あたしは馴染みの事務員さんに改善要求を訴えながら、身分証、ボディチェック、生体反応チェックなどもろもろをパスして、またしても階段を駆け上がったのだった。


やっとやっとその扉を開けるとっ……そこには誰もいなかった!


なんでぇっ、シャルルは!?
「ああ、所長ならつい先ほど裏口からお帰りになられましたよ。下で会いませんでしたか?」
げ、最悪っ。そ、そういうことは、早く言ってよねっ!
通りかかった、白衣を着たごましお頭のおじさんをぎろっと睨んで、あたしは脱兎のごとくそこを飛び出した。
うっ、またまたまた階段!!
ええいっ、今日の晩ご飯はあんたの分も食うわよ、シャルル!!
こけつまろびつしながらも、またなんとか階段を下りきったあたしは、威厳ある玄関を抜けると、夕闇せまる中、枯れ葉の黄色い絨毯を敷いた道を、一路地下鉄の駅目指して走った。






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