2011/06/02

バスターミナル前交差点 4:34pm

表層意識がふと周囲をとらえはじめた時、オレはあることに気付いた。先ほどから一向に車が動いていない。


「渋滞か」


何気なくつぶやくと、まだこの仕事について間もない若手の運転手、ダリオ・ジョルダーノが恐縮しきったうわずった声を上げた。
「は、申し訳ありません。思いのほか夕方のラッシュが早かったようでして……」
彼はオレが急いでいることを知っていたから、一番近い道路をと思ってこの道を選んだのだろうが、かえってそれが災いしたらしい。
そろそろノエルの雰囲気漂う街中は、きらびやかなイルミネーションをまとい、慌ただしさが溢れ返っていた。
マリナへ連絡を入れようとオレは車載電話を取り、彼女の私室への直通番号をダイアルした。
ところが耳に響くのは虚しい呼び出し音ばかりで、待ち焦がれていたあの声を聞くことは叶わなかった。
まあ、マリナが昼間に自室にいる確率が、極端に低いことはわかっているが、オレとの待ち合わせがあるにも関わらず、電話に出なかったという事実が、少なからずオレを落胆させた。
またスケッチと称して、厨房に行ってつまみ食いでもしているのだろうか。
浮かれているのは、オレだけなのか? 
このシャルル・ドゥ・アルディとしたことが、まったく馬鹿みたいだな。
憮然として、今度は執事室に連絡をいれた。
屋敷内のことは、ここで一切を賄われている。
マリナがどこにいようと、必ずつかまえられるはずだ、ところが。
『マリナ様は午後3時半にお出かけになられました。
シャルル様には、後ほどご連絡を入れるとのことでしたが、行き先はおっしゃっておられませんでした』
予想を反して聞かされたその言葉に、気分は益々降下の一途をたどり、オレの指先は無意識のうちに、苛立ちを刻むように窓枠を叩いていた。
どういうつもりだ、マリナの奴。
もしかして急に予定の入ったオレに対する抗議行動だろうか。
まさかな、あの単純マリナちゃんに限って、それほど複雑な思考は持ち得ないだろうし、こと恋愛ごとに関しちゃ淡白この上ない彼女だ。
たまには、それくらいわがままをやってほしいと、思うくらいだ。
携帯電話の類は一向に持とうとしないし、糸の切れた風船のような彼女の行動を把握することが、オレの今一番の悩みどころだった。


それにしても一体どこへ? 
また厄介なことに首を突っ込んでいなければいいのだが。
とにかく屋敷に戻らないことには、マリナの足取りをつかむことも出来ない。
しかし、どんなに気持ちは急いでも、車は動く気配すらない。
このままでは埒があかないな。
この状況は決してダリオのせいだけではないが、こぼれる吐息を隠す気にもなれなかった。
目を上げれば、1ブロックも歩けばメトロの入り口があることに気付き、その可能性も考慮に入れはじめた途端、鋭いブレーキ音と、次いでかなりの衝突音が辺りの空気を震わせた。
車中にいてもそれが事故だということは、明確に感じ取れた。


「見てまいります、お待ち下さい」


すかさずダリオは車を降りると、現状確認の為に外へと飛びでていった。
やれやれ、やはり地下鉄を使う羽目になったか。
コートに腕を通し、肌を刺すような寒風の吹きすさぶ街へと出る。
視線を巡らせると、左手前方のバスターミナル構内で、プジョー308CCと市営バスが車体側面をあわせるように密着して、道路中央で停車していた。
響き渡るクラクションを不快に思いながら、オレは状況を観察した。
あの程度の接触事故ならば、乗客の怪我の程度も重傷とまではいかないだろうが、いかんせんバスの乗客数が多いのが気にかかる。
帰宅客を満載したバス内は騒然とし、殺気立った怒声や、パニックに陥った人間特有の叫声が漏れ出していた。
意識がそちらに傾いたが思い直し、メトロを使うことをダリオに告げようとした時、バスの中から乗客が降りてきている様子が、視界に入った。
我先にと押しあう者、怪我人をかばう者、そこには凝縮した極限状態の人間模様が溢れていた。
その時―――マリナ程の年頃の女性だろうか、頭部をぶつけたらしく、額から血を流しながら恐怖に顔を歪めて、泣きながらタラップを降りる姿が目に入り、オレの心臓は凍りついた。


もし、マリナがあそこにいたら。


呆然と立ち尽くすオレの前に、続々と吐き出される突然の不幸に晒された人々。
うずくまる老人、泣き叫ぶ子供を必死でなだめる親、自分も傷ついているのだろうが、それを耐え他人に手を貸す男。
皆それぞれに暖かい家があり、心配る相手がいるだろう者達。
―――オレはトランクを開け放つと、常備している医療カバンを持ちだし、そちらに足を向けた。
ごめんよ、マリナちゃん。
オレはここで見て見ぬ振りをするわけにはいかない。
オレも君という愛しい者を得た人間だ、だからこそ、敢えて行くよ。
それにこのまま君の元に帰り、後にこの事実を知った君に、叱り飛ばされるのもわかっているしね。
まったく君の影響力は計り知れない。
まあ最も、帰ってもオレのやることは、君からの連絡を待つことだけだから、文句はないだろ?
マリナに対するあてつけも、なかったとは言いきれないが、オレは彼女のふくれ顔を思い描いて、こみあげる笑みを隠せなかった。
マリナを思い浮かべるだけで、冷たい風さえも感じない。
オレはほのかな気持ちを道々切り替えながら、事故現場へと移動するために、道路を横断した。


「私は医者だ、安心しなさい。痛む所を見せてごらん」


邪魔なコートを脱ぎ道路の上に放ると、一番先に目に入った少女の額を手当し、そうして怪我人を集め片っ端から手早く順々に診ていった。
乗客数が多かったので、衝突時の圧迫で引き起こされる内臓損傷などを警戒したが、一見したところ、それと認められる者もいないようだ。
やはりパニックが先行していただけで、ひきつった表情の割には、程度の違いこそあれ、皆打撲やサッカ傷といった傷ばかりだったが、その内バス内で何か叫び声が上がった。


「先生っ、ちょっと来てくれっ」


窓から身を乗り出した中年の男に呼ばれ、オレは急いでバスに駆け込んだ。車内は衝突時の衝撃でわずかに歪み、倒れた手すりや荷物などが散乱し、混然としていた。
よく見ると、それらに挟みこまれるようにして、後部隅の座席に、一人の男が苦しげにうめいていた。
荷物の影になっていたせいで、発見が遅れてしまったらしい。
赤毛の口髭をたくわえた鷲鼻の男は、かなり大きなバスケットをそれでも大事そうにかばいながら、幾人かに助け出されてようとしていたが、あの顔色の悪さと油汗は尋常ではない。
オレは指示を出しながら、周りの障害物だけを撤去させると、すぐさま診察を開始した。
意識レベルはGCS(グラスゴー・コーマ・スケール)で13、これなら心配あるまい。
腫瘤も今のところ触知なし。
おそらく、挟まれた下半身の左大腿骨骨幹部の、非開放骨折。
ざっとした所見ではこんなところだが―――やがて、妙な手応えを感じた。触診で血圧を測ろうとした時、あるべき所に脈が触れないのだ。
ある可能性が頭を占める中、オレはカバンから聴診器を取り出すと、男の胸にあてがった。


やはり―――この男は、”右に心臓がある”。


「俺は…まだ死にたくない。チクショウ、これからだってのに、死にたくないよ」
「死にやしない。足を骨折しただけだ、大袈裟だぞ」
この男はどうやら内臓逆位症らしい。
これは文字通り、体内の器官が左右反転している症状のことだが、一般生活においては支障をきたすものではなく、医療現場ではごくありふれたものだ。
「もうダメだ。お前は変だって、ガキの頃から言われてたんだ。手術なんてハメになったらお前の体の中を見て、医者もさじを投げて、それで終りだぞって」
あえぎながらそう言った言葉に、オレはあきれてものも言えなかった。
前時代ならいざ知らず、正確な知識もなく、流言飛語じみた迷言を鵜呑みにするなど、間抜けもいいところだ。
確かに誤診などを引き起こしやすいが、人体は画一的ではない。そのことを熟知している医者であれば、常識にとらわれることなく、処置にあたれるはずだ。
「これからやっと子供も産まれるってのに、ああ、神様」
応急処置をしている最中も、浮かされたようにつぶやき続ける男に辟易としたが、その言葉に目を上げた。
骨接合術といえども本人がこの調子だと、家族へのインフォームド・コンセントはしっかりしておかねば、後々面倒なことになりかねないだろう。
「じゃあしっかりするんだな。父親になるんなら、泣きごとなんぞ言ってる暇はあるまい」
「…あんたにゃわからないだろうよ、インテリのおぼっちゃん先生」
「―――ほう、オレにケンカを売るだけの余裕があるんだな。内臓逆位くらいで、何を弱気になっているんだか知らんが、じきに救急車が来る。それまでおとなしくしているんだな」
こうした状況下では、判断力が極度に低下するため、この程度の暴言はつきものだ。いちいちつき合っていられない。
正しい説明をしようとも思ったが、これでは聞く耳持たないだろう、余計な混乱を招くだけだ。
正直、もう面倒はごめんだ。
事態の収拾はついたのだから、一刻も早くマリナの元に帰りたい。
男の言葉を受け流しながら、処置を終え、オレは立ち上がった。
その時、途端に目をむいた男が、オレのジャケットの裾をつかんで、毒々しげに言葉を吐きだした。
「やっぱり逃げるんだな、自分が治せないもんだから、放り出して逃げるんだろっ。医者なんてそんなもんだ、高い金だけとって、机でふんぞり返っている連中ばかりだ。やっぱりオレは、もうダメなんだ」
瞬間わき上がった激しい苛立ちが、オレの足を止めさせた。
かつてどれほど力を尽くしても、毎日失われていく命を、血を吐く思いで見送るしかなかった日々。
しかし人間は誰もが、常にそれと背中合せで生きている。
無意識でも、毎日を死と闘いながら、生きているのだ。
その闘うこともせずに、あっさり放棄する者になど、オレは慈悲などかけない。
しかも、守るべき者がいるというのに、この男の堕弱さはなんだ。
その時のオレはあろうことか、相手が怪我人だということも忘れるほどに、高ぶる気持ちのまま、男に言葉をぶつけていた。
「ああそうだな。そんな情けないあんたのそばにいるより、死んでおりてくる保険金の方が、どれだけ妻子のためになるかしれないね」
「な、なんだとっ、もう一回言ってみろっ」
「お望みなら何度でも言ってやるさ。状況をきちんと把握もせずに、甘えるんじゃない。
それにこのオレが逃げるだって? 馬鹿を言うのも大概にしろ、その程度の傷など、オレなら二ヵ月後には跡形もなくしてやるさ」
「え…オレは、助かるのか…!?」
「ついでに聴力検査もした方がいいな。とにかく、臓器の位置が違うといっても、それほど心配するようなことではないんだ。そんなことより、産まれてくる子供の名前でも考えたらどうだ」
「本当か!? ホントに元通り、生活出来るようになるのかっ!?」
「しつこい。ただの骨折だけだと言っているだろう」
「治してくれるのか!? 絶対だぞ、約束したぞ」
男の必死の形相に、オレは眉間に皺を寄せるハメになってしまった。
「だめだ、オレはこれから用があるんだ」
「やっぱり逃げるんじゃないかっ、なんだ、あんたも口ばっかりか。嘘つき医者め!」
「いい加減にしろ、無理なものは無理だ」
「だから医者なんて信用出来ないんだ、みんなあいつと同じさ」
「あいつ?」
「オレの小学校の時の校医さ、オレがヘンテコリンな体だってこと、全校生徒にバラしやがったんだ。全部の内臓が逆になってるなんて珍しいってな。おかげでオレがどんな目で見られてきたか…くそっ!」
オレはその言葉に目を上げた。
「内臓全てが逆位なのか?」
「ああ、そればかりじゃなくて、神経や血管も全部きれいに反対になってるんだと。ああ、なんでオレばっかりこんな目に会うんだ、チキショー!」
逆位症は内臓の一部に表れたり、心臓の奇形などを伴うものだが、神経や血管まで全てが反転しているというのは、オレもまだみたことがない症例だった。


―――見てみたい、その世界を。


瞬間、マリナの顔が浮かんだが、久しぶりに感じる未知への好奇心が、オレの内面をジリジリとあぶり出した。
腕時計の針は、もう5時半に指しかかろうとしている。
―――骨接合だけだ、30分もあれば余裕で終わる。
何よりこの男のトラウマからくる、医者に対する不信感を拭わない限り、これからも同じ事の繰り返しだ。このまま放っておけば、命に関わる。
硬く拳を握りしめ、ぎゅっと瞳を閉じた男に、オレは向きあった。
「いいだろう、オレが執刀して完璧に治してやる。ただし、二度と泣きごとを言うなよ、これが条件だ」
男は泣き笑いしたような表情でオレを見上げ、うわごとのように「イレーヌ」と何度も繰り返していた。おそらく妻の名前なのだろう。
そんな彼を見下ろしながら、オレも自分が傷ついた時には、マリナの名前を呼ぶのだろうかと、漠然と考えを巡らせていた。
でも、君がいるから、オレは生きようと思えてしまう。
間違いなく、オレの生の呪縛の連鎖は、君へと続いているようだ。
自分の生を分かち合う相手がいるということは、なんと不自由で……なんと幸福なことなんだろうね、マリナちゃん。
オレは甘くほろ苦い感傷を胸に、男の脇に再び膝まづくと、鎮痛剤を注射した。
骨折部分が炎症をおこしているのだろう、男は明らかに発熱しだしているようだった。
やや平静を取り戻した彼は、こげ茶の瞳をしばたいて、ジベール・ベルティーノと名乗り、やっと個人情報と既往歴、家族歴などを聞きだすことが出来た。
そうしてアナムネ(問診)をとっているところに、いつの間にか、警察がやってきていた。
「おい、これから事情聴取と現場検証をするんだっ。
みんなとっととバスから降りてくれ! ノロノロするなよっ」
しばらくすると、見覚えのある巨体を揺らしながら、のっそり入ってきたその警官は、オレたちに向かって、威圧的に声を張り上げた。
そいつが歩くたびにバスが揺れ、不快に思っているところに、過去あった出来事が思い起こされオレは鼻白んだ。
「そう思うなら、まずお前が降りたらどうだ、モーリス・シャンティイ。現場保存は基本中の基本だろ、お前がいると車の損傷がひどくなるぜ」
「な、なんだと!? なんだお前はっ」
「覚えちゃいるまい、以前トーマス率いる特殊チームに参加した者だ。お前は確か無線番でいたな。交通課にとばされたのか?」
オレは自分が関わったもののメンバーはすべて記憶しているが、この男のせいで、作戦中に何度か指示伝達が困難になり、不便をしたこともあって、特に強く記憶に残っていたのだ。
あの不手際を察するに、それからも何がしかドジをして、交通課に移動させられたのだろう。
オレに不自由をさせた者の名前は、生涯忘れまい、フン。
それが図星だったのか、モーリスは顔を赤らめて歯軋りをしながら、オレの腕をつかみ上げた。
「うるさいっ、いいから早く出やがれ! でないと公務執行妨害で、ブタ箱行きだぞっ」
「ほう、出来るものならやってもらおうか、ここにいる骨折した怪我人も一緒にね。お前の小さな目は、目の前の情景すら認識出来ないのか。非のない一般市民に手をだして、ましてや怪我人を手荒く扱うとは、停職、もしくは免職の覚悟があるんだな。だったら、好きにしたらいいさ」
オレの言葉に、フグもあわやという顔をすると、彼は腕を離しながら、「け、怪我人がいるんなら早く言えっ」と悔しげに吐き出した。
その時、救急車のサイレンが近づいたと思ったら、ここを通りすぎていってしまった。
不審に思ってモーリスに見に行かせると、大通りを挟んで1ブロック先に停止したらしいことを、文句混じりに聞かされた。
通報は確かにされているから大丈夫だろうが、この時間帯だ。救急車の到着までに、しばらく時間がかかるかも知れない。
それはイコール、マリナに会う時間が益々遅くなるということだ。
手術を引き受けてしまった手前、仕方がない。
ため息をつきながら出した携帯電話を、ふいに横からひったくられ、驚いて見ると、ジベールが必死の形相でどこかにダイアルをしていた。
確かに出産を控えた妻を残しているのなら、心配この上ないだろうが…この無礼な態度はどうだ!?
オレは腕を組んで冷ややかに彼を見下ろしていたが、ふと思い直し、彼の置かれた状況を思えば同情の余地もあるとして、断腸の思いでそれを許…―――そうと、なんとか自分を納得させた。
しかし、間違いなくこのジベールも、オレを煩わせた者として、記憶のリストに載る人物だろう。
「なんで出ないんだ、イレーヌっ。もしや何かあったんじゃ…! ああ、どうしよう、先生よぉ」
泣きたいのはこっちの方だ、ジベール。
「彼女は夕方に買い物に出るのを日課にしているか? だったらそうなのだろう、心配ない。
あとの連絡は優秀なパリ市警が、ちゃんとやってくれるさ。だろう、モーリス」
いきなり話題をふられて、訳もわからず慌ててうなづいた巨体を見て、オレは益々イライラとしてきた。
頭を抱えたところにやっと救急車が到着し、救急隊員が担架を持って駆け込んできた。
狭い座席から上半身を体重移動し、ついで下半身を慎重に移動させた時に、初めてジベールは絶叫した。
運ぶ際の振動とともに骨折部分が痛むらしく、悲鳴を上げながらの収容がやっと終った時、車の中からジベールの声に背中を押された。
「あんたも来てくれるんだろっ、早く、乗ってくれっ」
宵のせまる寒空に吐息を預け、救急隊員に身分証を提示すると、恐縮しきった様子で彼は席を空けてくれた。
「ヴァル・ド・グラース病院へ行ってくれ」
ジベールのカルテを書きながらふと表を見ると、手持ち無沙汰そうにうろついているモーリスの足元に、オレのコートが置かれていた。
そういえば処置の時に脱いだままだった。
その瞬間、モーリスの体重で酷使され続けた靴が、オレのコートを見事に踏んでくれた。
40ユーロもしないようなボロ靴が、どんな所を歩いているやも知れないあの靴が、コートを踏みつけている。
当のモーリスは交通整理すらしようともせず、通りを道行く女の後ろ姿などを、呆然と見ていた。


「モーリス・シャンティイ! 貴様、その足をどけろっ。
何もすることがないのなら、オレのコートの番をしていろ! 
いいか、戻ってきた時に靴跡だけじゃなく、タイヤの跡でもついていようならただじゃおかないからな。その時は、交通課より素晴らしい場所へ移動することになるぞ、わかったな!?」


巨体に似合わない俊敏さでコートを胸に抱えると、モーリスは混乱と憐れみのこもった視線をオレに向けてきた。
フン、いい気味だ。
後部ドアが閉まって車が動き出し、オレはこの忌まわしい場所から離れられたことに、少しだけ安堵しながら、マリナとの約束を思い出し気分が重くなった。
しかし医師としてのプライドもあるし、手を出してしまった以上、放り出して帰るわけにもいかない。そうだよな、マリナちゃん。


遅刻の理由を正当化しているようにも思えたが、今は早くジベールの体内を見てみたいという欲求に、勝てそうもなかった。





拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)



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