2011/06/02

聖ファロ病院 5:27pm


あたしたちの車が到着した時には、すでに二,三台の別の救急車が横付けされていて、救急の搬入口は騒然としていた。


さっきの事故のせいかしら、ああ、どうかイレーヌのだんなさんがいませんようにっ! 
いえ、元気ならいてくれてかまわないんだけどっ。
運ばれるイレーヌの顔をふと見ると、襲いかかる苦痛と不安のためか、もう幾筋もの涙が彼女の頬を濡らしていた。
これからたった一人で、試練に立ち向かわなければいけないイレーヌを思って、あたしは胸がしめつけられた。
たまらずあたしは、縛られた腕をもごもご動かして、それでもがっしりと細い腕をつかみ、混雑する廊下を歩きながら、かまわず日本語で大きな声で言ったの。


「イレーヌ! イレーヌっ、聞こえる!? しっかりしなさいっ。あんたはこれからお母さんになるのよっ、不安かもしれない、痛いかもしれないっ、でもあんたがしっかりしなきゃ、これから産まれてくるこの子に申し訳ないわよっ。
あんたが生きるこの世界は素晴らしいって、胸を張って歓迎してあげましょうよ! 
頑張って、イレーヌ! あんたはすごいわ! 
今は心を決めて、お産のことだけ考えなさいっ、そしてどうか元気な赤ちゃんを産んでっ。
大丈夫、だんなさんのことは心配しないで、あたしがきっと探してきてあげるからっ。
ちょっとの間のガマンよっ、必ず連れてきてあげるから、だから頑張るのよ、イレーヌ!」


すると、イレーヌは涙でにじんだ瞳を上げると、ゆっくりと、でもしっかりとあたしを見て小さく微笑んだの。
よしっ、女は度胸よファイトだっ、イレーヌ!
そしてなんとかだんなさんの名前を聞きだすと、ストレッチャーは大切な命たちをのせて、いよいよ最深部へと入っていこうとしたの。


処置室に駆けこむ直前に、救急隊員のおじさんはわずかにあたしを振りかえると、なんと、申し訳なさそうにウインクをしたのっ。
それであたしはやっと誤解がとけたんだとわかって、にんまりしてぐいっと親指を立ててそれに答え、新しい命を迎えるために闘う人達の背中を見送った。
よおしっ、あたしも頑張るぞ!


……あああっ、腕っ! 
ダレかっ、ダレか、あたしを自由にしてちょうだい~!!





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