2011/06/02

地下鉄入り口 8:41pm


屋敷にはまだ帰っていないらしい、とすれば、まだこの付近にいる可能性もある。


いてもたってもいられず、オレは周囲をだいぶ探したが、風に吹かれる風船のようなマリナを見つけることは、そうた易いことではない。
こんな時間に東洋人の一人歩きなど、狙ってくださいと言っているようなものだ。
ましてや実年齢より幼く見られるマリナなのに。
それでも諦めきれずに駅構内を歩きまわったが、やがて無駄だと思い直し、とにかく一度屋敷に戻ってから体勢を立て直そうと、ホームに立った。
もう車を呼ぶより、こちらの方が早いだろう。
しかしなぜ病院に!? 彼女の身に何かあったのだろうか。
連絡もまだ入らないし、それを出来ない事情でもあるのか? 
……それとも、オレはその程度にしか、想われていないということか?


こうしている今も、どこで何をしているんだ、マリナ!


苛立ちと焦りがオレをじりじりとあぶり、たまらず視線を上げた所に、―――何かが見えた。
確かに見覚えのある光景が、視界の端に、入ったのだ。
やがて闇の中から圧倒的な圧迫感を持って、地下鉄がうなりを上げながら、向かいのホームに滑りこんできた。
巻きおこる風にうねる髪に邪魔をされながらも、人もまばらなホームを見渡すと、端の方に一目でその手の輩と分かる女が、ケバケバしい服装に不釣り合いなバッグを、振り回しているのだ。
間違えようはずもない―――あのデザインは今秋発表されたばかりの、オートクチュールの一点ものだ。


そして同時に、オレがマリナに贈ったもの―――。


瞬間、肌が粟立つほどの怒りと絶望にかられたオレは、無意識にその女に足を向けていた。
その時は走り去る電車の轟音すら、もう耳には入らなかった。
「―――おい、それをどこで手に入れた。持ち主は…どうしたんだ」
「あらぁ、あんたスンゴイ美形ねぇ、モンマルトルで売れっ子になれるわよぉ。ん~イイ匂い、一本ちょうだいよ」
ガムを噛みながらバラに手を伸ばし、馴れ馴れしくしなだれかかってくる女を片手で払って、オレは冷ややかにそいつを見下ろした。
「質問に答えろ」
「ナニよ、これはあたしのもんよ。ヘンなイチャモンつけないでくれる?」
とうとう我慢ならず、オレは女の下品な赤いファーのついたコートの衿を、ぐいと掴み上げた。
「―――オレは気がたっているんだ、早く喋った方が身のためだぞ」
「い、いきなりなんなのさ! わ、わかったわよ、離せよっ、痛いっ! …ったく。こっちよ、ついてきな」
女の後についていくと、通路から死角になったような場所へと連れ出された。
パリのメトロはこういった死角や、使用されない忘れられた駅などがあり、そこは都市の膿が溜まるようになってしまっているのだ。
想像はついていたが、そこにはやはりマリナの姿などあろうはずもなく、かわりに二人の男が、ねっとりと値踏みするような不遜な視線を、こちらに投げてきた。
「よぉ、ソフィ。上玉ひっかけたじゃねぇか、金の臭いがプンプンするな」
「おいおいおい、お前より美人だな! このまま帰すにゃもったいねぇ」
「ウルサイよ、ロロ! 早いとこ取るモン取っちまいなよっ。ムカツクったらないね、なんだよ澄ました顔しやがって!」
男の威を借りるように、急に態度が変化したソフィと呼ばれる女は、ヒステリックにわめくと、オレの顔へと手を振り上げた。
いい加減うんざりしていたオレは、その手をなんなくつかまえると、体を反転させ背中に捻り上げてやる。
「あ! …い、イタ! い、痛いじゃないかっ、なにすんだよ!?」
「あいにくこちらは、お前達と遊んでいる暇はないんだ。
これが最後だ……、バッグの持ち主はどうした?」
あっけに取られて見ていた男達は、はっとしたように我に返ると、バタフライナイフを素早く取り出し、オレに向かってかまえた。
「よぉ、そのキレイな顔ズタズタにされたくなかったら、そいつを離しな」
ヒッピー風のロロという男が、ナイフをちらつかせて近寄ってきた。
オレはソフィをメトロのタイルの壁に強く突き飛ばすと、持っていたバラの一本を素早く引き抜き、躊躇することなく、ロロの顔を鋭いトゲでなぎ払った。
「ぎゃあ!! め、目がぁ! ユーグ! 目がいてぇ!!」
ロロはナイフを放りだし顔面を両手でかばいながら、地面でもんどりうってもう一人の男に助けを求め、それを見ていたレザージャケットのユーグという男が、更に敵意を剥き出しにして、オレを睨み据えた。
「やってくれるじゃねぇかキザ野郎……、メトロを棺桶にしてやるぜ」
そう言うと、慣れた手つきでナイフをひらめかせながら、ユーグはオレに襲いかかってきた。
ナイフファイトは利き手の外側にまわってしまえば、かわすのはた易いのだ。
―――だいたい、こんなこともう慣れてしまっている。
凍りついた感情で、ユーグの死角を冷静に割り出すと、オレは最小限の動きでそこにまわり込み、背後を取った。
後ろからナイフを持った手を掴み、そのまま壁に容赦なく叩きつける。
「があ!」
二度三度繰り返すと、ナイフの落ちる渇いた音が、メトロの闇に吸いこまれていった。
明らかに骨折したのが見て取れる指を押さえ、ユーグは地下道に膝まづき、うめき声を上げている。
「動くな」
バラの尖った先端を、彼の骨ばった首筋にあて、オレはマリナを思って乱れる心を押し殺し、淡々と言葉を押し出した。
「オレが少し力を加えるだけで、この頚動脈から血が吹き出し、お前はあっという間に絶命する。
ひとつ忠告してやるが、オレはお前の息の根を止めることなど、なんとも思わない。
―――さあ、モルグで死体袋の中に寝たくなかったら、バッグの持ち主をどうしたか言え」
「ヒ、…し、知らねぇっ、だいたいバッグなんて…あ、あいつに、ソフィに聞けよっ」
ユーグを捕らえたまま、オレは視線だけをゆっくり横にずらし、壁際で目を見開いたまま凝固していたソフィを見た。
途端に蒼白になったソフィは、恐怖にひきつった表情で、オレをまるで―――怪物でも見るような瞳で見返して、かすれる声で喚いた。
「ほ、ホントに知らないんだってば! このバッグはついさっき、マヌケ面した東洋人のガキが、改札の所で自分から置いてったやつなんだよ!」
「彼女は!?」
「し、知らないっ、あたしはそれを拾ってすぐこっちに来ちまったから、…本当さ! そのまま、メトロに乗ったんじゃないの!? 
か、返すから、ほら…」
震える手でバッグを投げてよこすと、ソフィは後ずさって、一人出口の方へと駆けていってしまった。


そのバッグを拾い上げた時、次の便がホームに入ってくる音が響き、オレはすぐさまそれに飛び乗った。




拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)


2 件のコメント:

春雨 さんのコメント...

シャルル・・・かっこいい!!
はじめまして、通りすがりのものです(笑)
でもすごく面白いお話ばかりですね!引きつけられます!
ほんとにすごーい、ひとみ作品読んでた昔を思い出しました
読み終わっちゃうのがもったいなく感じます!
これからもがんばってくださーい

ぷるぷる さんのコメント...

は、はじめまして春雨さんんんんん~~(TT*)
通りすがりにお声かけてくれたのに、ご挨拶遅れてすんませんでしたぁっっ/// ごめんなさぁああいいいいいい~m(_)m

うっ、面白い言うてくれてありがとぉ(///)
アハハ、でもこのシャルルニセモノっぽくないかい??(笑)
かっこいい言ってもらえるとぷるもホッと胸撫で下ろしっすwシャルルもね~やっぱ目立つし、基本やられたらやり返す主義だしw SPやらBGとかつれ歩かないタイプの人だろうし(笑)絡まれると思うんだよね~あはははhw
シャルルのそばにいたら、イノチがいくつあっても足り無そうな気がするのは、ぷるだけでせうか(笑)
だから不死身のマリナちゃんが適任すよね(やっぱそこww)

応援ありがとぉう♪
またアソビきてねんv(^∇^*