2011/06/02

処置室前 5:48pm


「実はオレも来たばかりだから、情報不足は否めないな。


とりあえずわかっているのは、バスの乗客は確認がとれているだけで、おおよそ58名、うち病院に搬送されたのが19名だということ。
事情聴取を終えて帰宅した者の中に、ジベール・ベルティーノは含まれていない。ということは警察の到着前に事故現場から立ち去ってしまっているか、もしくはまだ病院に移動中で、確認の取れていない者の中に含まれている可能性が高い。
事故が起きたのが5時前あたりだから、ちょっと遅いのが気になるけど、夕方のラッシュ時だからしょうがないか」
「えっ!? じ、じゃあ、ケガしちゃってるってこと!?」
「落ちついてマリナ。報告を受けた限りじゃ、それほど重傷の人間はいないはずだよ。ただ問題は搬送先なんだけど…、ダニエル!」
歩きながら話していたカークは、知り合いの警官を見つけると、すかさずつかまえてイレーヌのだんなさんのことを聞いてくれた。
「ジベールねぇ…この病院にゃ来てないなぁ。いるとすればもう1つの搬送先じゃないか?」
え!? 二つの病院に分かれちゃったのっ。
「というわけさ。連絡を取ればすぐ……おい、マリナ!」
「行ったほうが早いわっ、この目でちゃんと確かめないとイレーヌに報告出来ないものっ。
あたし行ってくる!」
「待てよ、今車出してやるからっ! まったく行き先もわからないくせに、どこ行くって言うんだっ」
あたしよりさらに歩幅の広いカークに、通りすぎざまむんずと衿首をつかまれたあたしは、そのまま野良ネコみたいに外に連れ出され、カークのボロ車にぽいと放りこまれた。
「うわ、まだ動いてたんだこの子」
「当たり前だろ、大事な相棒だもの。ちゃんと愛をこめて世話してるからさ。
よし、今日は食うものもないし、おとなしく乗って…って、マリナ!! 言ってるそばからパンを出すなっ、パイなんてもってのほかだっ、どこに持ってたんだ。こぼすな汚すなこすり付けるなっ、もう降りろっ、マリナ!」
わかったわよ、うるさいわねぇ。
だってこんな時間で、もうお腹がペコペ……、
「ああっ! か、カーク今何時!?」
「6時前、くらいかな」
げげげ!! どうしようっ。
青い顔で頭を抱えたあたしを横目に見ながら、カークは鮮やかにハンドルをさばき、ハデなエンジン音を轟かせ、夕闇のパリをすいすい走っていった。
「あとはオレが責任持ってやるから、シャルルのところに行けよ、マリナ」
大きな片手をあたしの頭にぽんと置いて、カークは優しく言ってくれたんだけど…。
「ううん、イレーヌと約束したのはあたしだもの、ここで放りだすわけにはいかないわ。
それにやりかけたことはちゃんとやっちゃいたいの。たぶんシャルルがいても、きっと同じ事言うわよ。だいぶひねくれてるけどあいつだってお医者さんだもの、きっとわかってくれるわよ。…たぶん」
「信頼してるんだね。君たちが幸せで、オレも嬉しいよ」
そう言ったカークの横顔は、薄闇の中でもわかるほどに明るく輝いていて、あたしは胸が熱くなった。
ああ、心を分かち合える好きな人がいて、それを喜んでくれる大切な友達がいるって、なんて素敵なんだろうと思いながら、あたしはぐいと前を見据えた。
「じゃ、頑張ったって報告出きるように、しっかりやろう。シートベルト、ちゃんと締めとけよっ」
カークがぐいとアクセルを踏みこんだその時、前方から1台の救急車がすごい勢いで迫ってきて、あっという間にすれ違っていったの。
何気なくそれを見送っていると、やがてカークの鋭い声が響いた。


「見えた、あれだ!」


お得意のぶっつけ止めで、カークは見事に病院玄関前の縦列駐車の列に車を滑り込ませると、ホレボレしちゃうほどの俊敏な身のこなしで長い髪を翻し、あたしの3倍はあるんじゃないかという歩幅で、飛ぶように病院の中に入っていってしまったっ。
ひえっ、ま、待ってちょうだいっ!
慌てて後を追いかけて扉をくぐった途端、出てきたカークと正面衝突! ぎゃっ!
「マリナ、ジベールはここにもいないぞ!」
「ええっ!? なんでよっ、じゃどこに…」


「「―――さっきの救急車!」」


あたしたちはハモルように言って、カークはロビーを振り返り早口のフランス語を喋ると、またしてもむんずとあたしの衿首をつかんで、再びボロ車のドライブのはじまりだった。
「さっきの車は、なんだかわからないけど、ファロにまわったらしい。手術室が空かなかったのかもって」
「手術って、…そんなに重傷なの!? どうしようっ」


ああ神様っ、これから産まれる子をどうか見守ってあげてねっ!
もしひどい仕打ちしようもんなら……そしたら、お供え、みーんな食べてやるんだからっ!!





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