2011/06/02

地下鉄ホーム 8:52pm


うう、いろんなものに目移りしてたら、ますます遅くなっちゃったわ。


あたしは、道中買いこんだ様々な袋をガサガサいわせながら、ホームへと出た。
うーん、冗談ぬきで夜の地下鉄はちょっとアブナイのよねっ、だいぶ慣れたとはいえ、用心しなくちゃ。
ただでさえ子供に見られるあたしだから、気をひきしめないとっ。
パリの地下鉄はわかりやすくて便利なんだけど、乗り換えが迷路みたいになってるから、人気のないとこにはゼッタイ行かないっ、お財布は肌身離さずっ、手荷物しっかりっ。
なんせスリ置き引きがまかり通ってるからね、ここは。
これからパリに行こうと思ってる子達も、よーく気をつけるのよ! 
ブランドの袋なんてぶら下げて、ぼーっとしてちゃダメよっ。
でも気をつけすぎると、かえって楽しめなくなっちゃうから、ホドホドにねっ。
そういやシャルルも初対面は、置き引き美少女だったっけ。
これって最高の思い出よね、死ぬまでからかってやろーっと、わっはっは。
あたしは昔を思い出して、ひとりクックと笑ってしまった。
もうあんなドジするもんですかっ、今やあたしは立派なパリジェンヌよっ。
バックだってほらこうしてたすきがけっ、常識よね、常識……あら……、あら? 
あらー!!?
妙に体まわりがスカスカしてると思ったら、ない……。
バックがっ、ないぃぃぃ!
あたしは慌てて体中を両手でパタパタやり、おまけにバレリーナのごとく、見事なターンを何度もして確かめたのに…げげ、やっぱりないっ!
あっ、そういやさっき自動改札通る時、どうしてもバックが引っかかっちゃって、一度肩からはずしたんだっけ。
その後は…シャルルのコートと手荷物に気を取られちゃって、すっかり忘れちゃったんだわー!!


その時轟音とともに電車がホームに入ってきて、あたしはあせってしまった。
うう、引き返すべきか、このまま乗ってしまうか…それが問題だわ。
靴下は穴が開くまで主義のあたしは、ハムレット並に血が出そうなほど悩んだんだけど、その時、思ってもみなかったものが見えてしまったのよ!!
電車の窓ごしに向こうのホームが見えたんだけど、そこには、そこにはなんと!!
見事なバラの大群を抱えた、白金髪の長身の男がいたのよぉぉぉっ。
明らかに周囲と馴染まないその高貴な雰囲気っ、もうすでに何人も窓にへばりついて、じっと熱い視線を送ってる!
あれって、あれって……!


「シャルル!!」


思わず電車に駆け込んでしまった瞬間、ドアが閉まってしまったの~!
うっ、バック! …もう、しょうがないかっ。
それよりシャルル! 
シャルルよあれは間違いなく! 
なんでこんなとこにいるのよぉぉっ。
気付いて欲しくて窓を叩こうとした途端っ、なんとあいつったら、ほそ~い足のきわどいスリットの入ったミニスカ履いてるおねぇちゃんに、声かけてるのよ!!!
―――な、なによなによアレは!!? 
ちょっとどーいうつもりよ、あんた!!
瞬間頭にカッと血が昇って、あたしはもう荷物をドサドサ落としてしまったっ。
仲良さそうに話しこむその二人を置いて、嫉妬で目の前が真っ暗…いえ、真っ赤になったあたしを乗せた電車は、暗い闇の中へ走り出してしまった。
窓にへばりついて、グウの音も出せずに硬直していたあたしの耳に、次の駅を知らせるアナウンスが聞こえてきたんだけど…その内容に、あたしははっとしたっ。
げっ!! 
方向間違えてる!
屋敷に帰るには、シャルルのいた方のホームが正解だったのにぃ!
あっちに行っていれば、会えたのに!
―――こんな思い、しなくて済んだのにっ!
あたしはギリギリと奥歯をかみしめて、自分のバカさ加減を呪った。


もう、もう、いいわっ!!
どういうつもりかキッチリ説明してもらおうじゃないのっ!
それによっちゃ―――あたしはソッコー日本に帰らせてもらうわよっ、シャルル!!!


ああ……、それにしても、なんて誕生日なんだろ。


あたしは次のホームにつく間、靴先を濡らしているのが自分の涙だなんて、ちっとも気付かなかったの。





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