2011/06/02

・・・et 2


パニック寸前になるまで、必死で言い募っていたあたしの言葉を遮ったのは、いつも以上に冷ややかな、シャルルの硬質な声だった。
そのあんまりにも冷た~い響きに、あたしは頭から水をぶっかけられた気がして、ほっぺに触れてる白金の髪に、おどおどと視線を向けたの。
お…怒って、る? もしかして。
すると、硬直したあたしからシャルルはゆっくり体を引いて、ふうっと顔を上げると、真正面からあたしを見据えたっ。
現れた青灰の瞳には、激しい苛立ちがぎらりと輝き、眉間には…ひぃっ、不機嫌をあらわすたて皺が思いっきり刻まれてるぅぅ!
やがて、人を小馬鹿にしたような嘲笑を鼻先に浮かべたシャルルは、細い指先をあたしにびしっと向け、端麗な唇から更に凍えた言葉を吐いたのよっ。
「マリナ、ひとつ聞くが、その素晴らしくバカらしい三段論法は、どういう根拠で成立しているんだ―――? 
ああ…、常人では理解出来ないこのバカ頭の、ニューロンとシナプスの接触不良とかいう理由はなしだぜ……。


オレにわかる言葉で! 


納得のいくの説明を!! 


今ここでしてみせろっ!!!」


まるで吹き荒れる突風のごとく、白金の髪を振り乱して怒鳴る様に、あたしは開いた口がふさがらなかった!
もうさっきまであったはかなさなんて、モンパルナス墓地の十字架の下で、永眠しているんじゃないのかと思わせるすさまじさなのっ。
でも、ここまで激昂したシャルルなんか初めて見たもんだから、あたしは自分が責められてるにも関わらず、珍しさのあまり、そんなシャルルをしげしげと見つめてしまったのよ。
へぇ、こんな怒り方も出来るんじゃない、ちょっと見直したわっ。
だけどちょっと待ちなさいよ。
な、なんであたしが怒られなきゃいけないのよっ、自分に都合が悪いからって、逆ギレされたって困るのよ!
いいでしょう、そこまで言うんなら真実を言ってやるわよ、あんたの目の前でねっ。
言い逃れなんか出来ないわよっ、この丸メガネがしかと見ちゃったんだからっ、あんたの”浮気現場”をね!
あたしは、愛のためにたたかうと誓っておきながら、だんだんこみあげてきたムカムカを我慢できずに、グッサリとつきささってるシャルルの指先を、胸元から払いのけたっ。
「三段飛びだかなんだかしらないけどねぇっ、あんたこそ、人をバカにするのもいいかげんにしなさいよ! あたしが知らないと思って、いい気になんないでよ! 
せっかく人が、穏便に話をつけようとしてやってるっていうのにさっ、”ごめん”って一言言えば済むじゃないっ!」
負けじと叫んだあたしの文句を、フフンと受け流して、シャルルは顎を持ち上げて高飛車に構えると、嫌味たっぷりに、斜めからチラリと視線を送ったっ。
うう、負けてなるもんですかっ、この件はどうあったって譲れないわよっ。
「―――君がイカレた脳内でどう決着をつけようと勝手だけどね、オレまで関わっている以上、歪められた情報を認識されるのは迷惑だ…!」
「あれほどはっきりバッチリ見せつけられて、どこが歪んでるって言うのよっ! 歪んでるのはあんたの性格だけでジューブンだわっ!」
「ほう、―――言ってくれるじゃないか、全てが人間の範疇から逸脱しているマリナちゃん。
しかしこれ以上、イカレた君と馬鹿な問答をするつもりはないぜ、時間の無駄だ。
何を見たんだが知らないが、どれだけ荒唐無稽な話が聞けるのか楽しみだね―――さあ、話せ!!」
「いいわよ、言ってやろうじゃないの! 覚悟はいいわねっ!」
「覚悟することなど何もないっ」
「あっそう! でも、あたし見ちゃったんだからっ、さっきっ」
「だから何をだっ」
いらだたしげなシャルルの言葉に、唐突にフラッシュバックする、あの光景…!
あたしはぐぐっと息を呑んで、重い口をムリやり開いたっ。


「ち、地下鉄のホームでっ、あんたがバラの花束抱えて―――キレイな女の人と仲良さそうに話してるとこよ!!
あんたの浮気現場を、バッチリっ、しっかりっ、この目で見ちゃったんだからね!!」


言ったわ、言ってやったわっ、言ってしまったわっ。
ぎゅっと視界を断絶して、待つこと数秒。
ああ、沈黙が痛いっ、とうとう修羅場ね! 
もういいわっ、ごまかされるくらいなら、とことんやりあった方がまだマシってもんよねっ、さあ来いっ!


あたしはとっくに臨戦体勢だったんだけど、あんまりにもシャルルの気配がしないんで、おかしいなと思ってそろっと目を開けると…あらっ!? ホントにシャルルがいないっ。
慌てて部屋を見まわすと、今まさにドアを出て行こうとする、シャルルの背中が見えたのっ!


「あっ、あんた逃げる気!?」


あたしがそう叫ぶと、ぴたりと足を止めたシャルルは、ゆらりと振り返った。
その白磁の美貌には…ああ! あたしが一番恐れていた、氷の無表情が張り付いていたのよ!
シャルルは疲れている時、痛いとき悲しいとき、そしてとっても怒っている時、この顔になってしまう。
感情を全て押し殺して、なんでもないふりをしてしまうの。
ホントは心の中では、いろんな思いが溢れているのに、それをぐっと抑えて、ひたすら事態の解決だけを優先させてしまう…自分のことは脇に置いておいて。
最近はめったに見ることなんてなかったのに、ううん、そんな顔させないように、あたしがそばにいたのよ!
ああ、よりにもよって、そのあたしがシャルルの一番辛いときの表情をさせてしまうなんて、なんて皮肉なの。
浮気されたことは、そりゃショックだったわ、とっても傷ついたもの。
でも、シャルルにこんな顔させるつもりなんて、なかったわ。
なんで? なんで?
なんで今日に限って、こんなに全部が上手くいかないのかしら?
あたしがグチャグチャな気持ちのまま下を向くと、足元近くの豪奢な絨毯の上に、ふと影が降りたの。
それをたどってみると、目の前に、静かにたたずむシャルルがいた。
そこには相変わらず、感情が抜け落ちたままの青灰の瞳があって、イヤな顔をしたあたしの姿を、鏡みたいにただ映していたの。
思わずビックリしちゃったあたしは身構え様、またしてもトンデモない言葉を、口から吐きだしてしまったのよぉ。
「な、なによっ、ヤル気!? 
これでも護身術のスジはいいって、誉められたんだからっ。
ひっかきと足踏んづけと噛み付きだけだけどっ」
あああっ、おかしいわ、ホントはこんなことを言いたいわけじゃないのよっ、…たぶん。
もう、自分で自分がわからないわ!
奥歯をかみしめたその時、いきなり目の前を何かがさっと通りすぎて、ビックリして目をむいた途端っ、あたしのオデコがつんっと押されたのっ。
ひえええっ、倒れるっ!
ガチガチに力の入っていた体は、デカ頭につられて、あっけなく後ろにバランスを崩した!
でもフロアにひっくり返る前に、なぜかあたしの体は、空中に浮いてしまったのよっ。
そして、視界に降り注ぐきらきらした細かい光の正体が、シャンデリアのものだけではないってことに気付いて、あたしは更に驚いて、光の中から現れた冷ややかな美貌に、抗議の声を上げた!
「なにすんのよ! おろしなさいっ、こらっ、シャルル! さわんないでよっ、おろせ~~っ!」
ジタバタ暴れるあたしなんかてんで無視で、シャルルはあたしを抱きかかえたままずんずん進み、部屋を出て長い廊下を歩いていった。
途中、あたしの奇声に何事かと出てきた、執事頭のウィンディバンクさんに出くわしたけど、さすがはアルディきっての使用人の鏡!
ギョッとした表情はコンマ何秒で覆い隠し、ポーカーフェイスで廊下の端によると、うやうやしくシャルルに頭を下げたのっ。
ううーん、さすが修羅場慣れしてるわね、お見事っ。
というか、あたしは彼の金色のナイトガウンの方が、気になってしょうがなかったわ! 顔に似合わず、ハデ好きなのねぇ。
そんなことを考えながらも、腕の中で暴れ続けたあたしに、やがてシャルルは底冷えするような迫力で、ボソリとつぶやいたの。


「―――黙れ、わめくな、暴れるな。口を縫い合わされたいか!?」


あたしが一瞬ひるんだ隙に、シャルルはあたしたちの私室のドアを荒々しく開け放つと、そのまま寝室へとむかい、いきなりあたしをベッドの上にぽいっと放り投げたのよっ!
ぎゃっ! な、な、なにすんの、この男は!!
スプリングのきいたベッドの上で、これまたスプリングのきいているあたしは、何度もバウンドして、その拍子にあやうく床に転げ落ちるところだったのよっ!
ぜーぜーしながらなんとか体勢を立て直すと、そのあたしに覆い被さるように、ぞっとするくらい冷たい視線のシャルルがいたの。
でも冷ややかな表情とは裏腹に、わずか服一枚を通して伝わってくるものは、体が焼かれてしまいそうなほどの、漆黒の炎のようなじりじりした激情だった。


……身がすくむって、このことよ。


ホントにこの時ばかりは、心底シャルルが怖いと思ったもの。
でも怖いけど、ここで負けちゃったら、あたしの欲しい愛は手に入らないわっ。
シャルル、こんな時になに考えてるんだか知らないけど、指一本でも触れてみなさいよっ、鉄拳パンチおみまいしてやるからねっ!




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