2018/10/18

epi:36闇編 Into the darkness3


パートシャルル&マリナ&ミシェル P




「あんたも助けたいに決まってるじゃないっ! 
頭いいのに、なんでそんなこともわかんないのよっ」
虚を付かれたように一瞬呆然としたミシェルだったが、すぐに侮蔑をにじませて口元を歪ませ、吐き捨てるように言った。
「―――ハッ、寝言はそこまでにしてくれ、こっちは忙しいんだ」

「いーから聞きなさい! 
あたしにはわかんのよっ、画面ごしじゃなく、ずっとそばにいて泣いて笑いあったあたしには! 
シャルルはねぇ、ーーーシャルルは、どんな最低の時だって、誰が最悪の時だって、絶対に見捨てないのよ!
 
……どん底のフヌケになって半分死んでたあたしが立ち直ったのも、彼のおかげなんだからっ」






和矢を失ったあの時から、食べれず眠れず。
目に映ってはいるが、世界はまるで早回しの無言映画のように、無意味にマリナを通り過ぎていった。
和矢のあたたかく精悍な笑顔、心まで抱きしめてくれるような熱い抱擁。
何より、誰よりも、自分を自分らしく居させてくれ、そして成長させてくれる稀有な存在。
それはマリナにとって、食べ物以外で初めて感じた”栄養”だった。
まっすぐ向き合いすぎてケンカばかりだったけど、二人で泣いて笑うと、支え合う絆がますます強くなるのがわかった。
新しいことが次々目につき、二人でいればどんなことにだって突き進める、不思議な力が身体の底から湧き上がる。
それは震えるほどに心地良く、世界のすべてに感謝したくなる喜びを与えてくれていた―――隣で生きることが何より楽しい、お互いがそんな存在だったから。

だが、『置いて行かれた』
置いていかれてしまった。

あれほど重ねたかけがえのない時間を、それは呆気ないほど簡単に、彼は放棄した。
友人という、他人の為に。
混乱と疑問、凄まじいほどの孤独と怒りにまみれた。
身を砕くこの苦しみから逃れようと、シャルルをどれほど恨み、罵倒しただろう。
やがて彼を象徴する黒や、彼の死を連想する赤にも、触れられなくなった。
それとともに描く情熱も消え失せ、あれだけ愛しいと思っていた世界は遠くかすれ、やがて、ただ息をするだけの肉の塊になった抜け殻が残った。
無味 無臭 無感動 ―――虚無。
壊れた世界に、もう用はなかった。
永い時間の果てに、ゆるゆると朽ちていこうと、瞳を閉じかけたその時、
『彼』がいた。
世界を奪ったはずの彼が、隣にいた。
マリナがかつて愛読していた少女漫画を片手に、細かな感想をつぶやきながら、発作かと思えるほどの透徹な表情で真剣にページをめくっては、返る応えなどないはずなのに話しかける、彼が居た。
その姿があまりにも可笑しくて、思わず口を開いた。



「……何ヤってんの、あんた。似合わないわよ、ふふ」



潰れた風船の空気漏れのような自分の声に驚いたけど、瞬間、弾かれたように顔を上げた彼の表情は、今もまぶたに焼き付いている。
背中を覆うほどに伸びた白金の髪に、あまりに経ち過ぎた時間の長さを思い知った。
やがて震える指で、シャルルは白いシーツの上に落ちた枯れ枝を、おそるおそる持ち上げ、そおっと額にいただいた。
その枯れ枝が、まさか自分の指先だと思いもしなかったマリナの全身に、刹那激烈な熱さが伝播する。
まるで感電したように身体が引きつり、あまりの衝撃に息が止まる。
長い間遮断されていた感覚が、その瞬間一気に戻り、マリナに世界を取り戻させた。
和矢とは違うけれど、シャルルの身を削る事も厭わない、ひたむきな尽力と真摯な姿勢が再び、マリナと世界とを結びたもうたのだ。
目の前で静かに涙を流しながら、やつれた頬に微笑みを浮かべるその姿は、天の使いそのものだった。
「天使って、マンガ、読むのね……おすすめ、教えてあげるわ」
目も眩むほどの微笑み。
世界を取り戻して初めて目にしたものは、喜びという、贈り物だった。
なぜか自然とあふれた涙が、あたたかく頬を濡らす感触が愛しくて切なくて、胸がしめつけられた。
ーーー生きている
自分は、生きている。






それから、どれだけもがいただろう。
逃げ出しては辛抱強く連れ戻され、目を背けては忍耐強く説得され、膝を折っては一人で立つまで根気強く寄り添われ。
耐えることが出来たのは、彼の瞳に、自分以上の深い悲しみが沈み込み、自責しまるで自らを拷問するように呵責する闇を見たからだった。
苦しいのは、自分一人では、ない。
それに気付いた時、そんなシャルルのそばでなら、息をする意味があるように思えたのだ。
嫌というほど自分を吐き出しながら、マリナは、シャルルに支えられ、生きた。
だが、投薬とカウンセリングで少しずつ気力を取り戻しはしたが、あまりに衝撃すぎた和矢の死の映像だけは、マリナの奥底に深く深く爪痕を遺しており、いよいよシャルルにはどうすることも出来ない状況まで、追い込まれていた。
不可能などない、そう言っていた自分を嘲るように笑ったその時、彼の脳裏に、彼の命を長らえさせた親友の声が弾ける。
『オレを消せ、シャルル』
それから苦しみ抜き、幾晩も幾晩も夜の闇と語り合った後、シャルルは、友と交わした密約を実行した。
そして穏やかな忘却の彼方に和矢の死の記憶を誘ったマリナは、危うくではあるが、精神の均衡を取り戻したーーー次いで愛する心をも取り戻していた事をシャルルが知るのは、
そう遠い事ではなかった。







「っ、そもそもお前の恋人だった男は、そいつをかばって死んだんだぞ、憎くないのか!?」
「ええそうよっ、和矢は、シャルルを守るために……死んじゃったわ。だけどね、それは、彼の望んだことだったの、シャルルのせいじゃないっ! 
あたしが長い間、それに気づけなかっただけなのよ!」
「マリナ……っ」
魂をふり絞るように吐き出したマリナを見つめながら、シャルルは、かつての凄絶な痛みがこみ上げるのを、抑えることが出来なかった。
まだ少年だった頃、眠る事によって耐え難い辛酸を沈めてきた。
それを【冬眠】と皮肉げに揶揄しながらも、彼は彼として生きる術を、必死に模索してきた。
そのかいあってか、やがて自我を切り離し、感情を飼い慣らす事が常となりだした青年期には、それでも余程のことがない限り、もう精神バランスを崩すことはなくなっていた。
しかし、この痛みだけは、どれほどの苦痛を伴おうが生涯をかけて背負うと誓った、
ただひとつの十字架だった。
傷の痛みすら忘れるほどに、シャルルはきつく拳を握りしめ、小さな身体をいっぱいに張り詰めさせ、崩れそうになる自分を支えるマリナをまぶしく見る。
和矢を失い、全てを閉ざした彼女が自我を取り戻した時、筆舌に尽くし難い喜びーーーいや、感謝だろうかーーーに、熱い涙が自然とこぼれたのを思い出す。
「そうしたのも、結局はお前が目的だろう。ただのエゴイストに過ぎないね」
「違う! あたしよりシャルルの方が、何倍も……何百倍も苦しんでた!」
この痛みは、長い時をかけて培ってきた和矢とシャルルの絆の強さが理解できなければ、決してわからないことだった。
マリナ以外、何人たりとも、それを冒涜することは赦されない。
そしてそんな彼女を苦しめるこの愚かな宿命も、もう、断ち切らなければいけないのだ。
この双璧の闘いの先に何があるのか、答えを見つけなければならない。
例え、己を滅ぼすことになろうとも。
シャルルは最後の力を尽くして、剣を上げた。
「どけ……っ、マリナ!」
彼女を押しのけて鋭く踏み込んだ一閃は、ミシェルの不意をつき、大腿部を切り裂いた。
シャルルは返す剣でとどめを刺そうとするが、鮮やかにいなされ、逆に狙われた肩から、鮮血がほとばしる。
言葉もなく、もはや剣技の型も崩れつつある今、シャルルとミシェルはただひたすらに、目の前の存在に自分をぶつけ続けた。
凡人に紛れ、退屈凌ぎのような人生の中で、全力を尽くすという事がほぼなかった天才たちにとって、同等の刺激を返されるというのは初めての体験で、彼らは奇妙なシンパシーを感じていた。
閉じていく世界の中、拮抗した力で荒々しく命を削り合う最中、その時ふいに、互いに辿った道が重なり出したことが、天啓をうけたように気づく。
結局どんな道でも、互いに決して拭い去れない、真の孤独を引き摺りながら歩いていたことを。
「やめて、やめなさいっ、このバカ兄弟!」 
脳内で鮮烈に爆ぜる声に、二人は同じ色の瞳を見開く。
ただひとつの違い、それは。

「う~~~っ、や、やめなきゃ、あたし、
―――こっから、飛び降りるからね!!」

その言葉に一瞬ぎくりとした二人だったが、マリナの立つ位置は、崖際といっても充分に距離のある場所で、一瞥しただけでそのまま闘いに戻る。
「ちょ、ちょっとっ、こっち見なさいよ! 
あたし本気だからねっ、やめなきゃ、ほんとに飛び降りるわよ! 
痛いわよね~、痛いわよゼッタイっ、ここから落っこちたら。
あたしが痛い思いしてもいーのね!? 止めるなら今よ!? 
いいのっ、ほらほら、ホントにいっちゃうわよ!?」
片足を上げながら、わざとらしく十字をきるマリナを意識には捉えつつも、剣戟は激しさを増すばかりだった。
決死の演技を無視されたマリナは、やけになったように絶叫し、腕を振り回した。

「あ、あんたたち~~~っ!!
も、もういいっ! 恨んでやる、呪ってやるからねっ、絶対バケてでてやるんだからぁ!!」

二人の背中に叫び、勢い込んで崖側に振り返った途端、激しい眩暈におそわれたマリナは、足元の暗がりにあった岩に足を取られ、大きくバランスを崩した。
無理もないことだった。
心身ともに疲弊しきっていた彼女の身体は、すでに限界に達していたのだ。


「っと、……えっ、ウソッ、    ひ、ひええええええ!」


「マリナ!!」


二人が剣を捨て走りだす時、
マリナの身体はすでに宙に浮いて、
崖から消える寸前のところだった。
腕の痛みで一歩届かなかったミシェルのかわりに、自らも落ちながら片手でマリナをつかんだシャルルは、張り出した岩にぶらさがるようにして、かろうじて腕一本でこの状況に耐えた。
しかし、手元がもろくなっていることにすぐ気付くと、
「ミシェル!!」
叫んで一気にマリナを引き上げ、崖上の弟になんとか手渡すとほぼ同時に、掴む岩が崩れていくのを感じた。
ふと顔を上げると、自分と同じ形の孤独が、自分の最愛を必死に抱きしめ安堵する姿が、薄闇に浮かび上がっていた。
シャルルの心の中に、一条の穏やかな光が、差し込む。
やがて、ガコッと何かが外れるような鈍い音が響き、一瞬、微笑んだような表情を浮かべたシャルルは
———暗闇に、その身をゆだねる。

「うそっ!        いやあぁっ、シャルル———!!」

彼を引き上げようと急いで身を屈めたマリナがそう叫んだと同時に、背後から反射的に伸びた手があった。
それは、紛れもない、ミシェルの腕だった。
まるでスローモーションのように、落ちるシャルルの手首をつかんだまま、片腕ではどうする事も出来ず、そのまま引きずられるようにして、空に身を躍らせたミシェル。
「!!」
まるで闇に吸い込まれるように、二人は静かに消えた。




「———っ、そんな、そんなっ!
いや……シャルルー! 
ミシェール!!」 





返る返事のない暗闇に、涙混じりのマリナの絶叫だけが虚しく響く中、彼女はすぐさま立ち上がると、崖下への道を探索し始める。
しかし不意に、刺し込むような激痛が下腹部を貫き、一瞬息が止まり、マリナは地面に膝をついた。
痛む場所に手を押し当てながら、呼吸を落ち着けて、まるで親が子に言い聞かせるように、声を張り上げる。
「いい……!? あんたが、あたしの子なら……、頑張れるわね!? 
あたしもいっしょに頑張るから、あんたも、頑張るのよ!」
歯を食いしばり立ち上がると、目を凝らして崖際を歩き、なんとか下りれそうな場所を探した。
いつの間にか厚い雲が垂れ込め、月を覆い隠すと、どこか遠方で雷鳴が鳴り響き、やがて頬に冷たい雨が当たりだす。
その時、何かが耳をかすめた。
「っ、シャルルっ、ミシェルなの!? 
誰!? だれかいるのーっ!?」
「マリナ様ぁ!!」
はっと顔を上げると、屋敷の方面から明かりがいくつも見え出し、聞き知った声が自分の名前を呼んでいるのがわかった。
それは、アルディの屋敷で見かける、警備の人間たちだった。
「ご無事ですか、マリナ様。ジル様から連絡を受けて来ました!」
「早くっ、早く崖の下に行って! 
シャルルとミシェルが落ちちゃったの、あたしのせいなの! 
早く助けてあげて、お願い!!」
その指示を聞いて、何人もの屈強そうな男が速やかに動く中、マリナは冷たい雨を浴びながら、ヒステリックに声をあげ続けた。
誰かが非常用のケットを肩にかけてくれようとしていたが、それを払いのけ、自分が崖を下りん勢いで作業員に詰め寄る。

「ここよっ、ここから落ちたの! 
まだそんなに時間は経ってないと思う、早くっ、早く二人を探して! 
怪我もしてるのっ、だから―――早く!!」

落ちんばかりに身を乗り出して、崖下に叫ぶマリナを必死におしとどめた責任者らしい男は、久しぶりに目にするマリナのあまりの変わり様に驚き、胸を痛めていた。
厳かすぎる屋敷で、唯一太陽のように笑うマリナに、誰もが笑顔を誘われていた。
「シャルルーっ、ミシェルー! 今行くからねーっ!」
やつれた頬に傷を飾り、満身創痍で泣き叫ぶ彼女は、目を背けたくなるほど痛々しかった。
小さな肩を抱き抑えながら、彼は一日でも早くあの笑顔が戻ることを、祈らずにはいられなかった。
ややして、無線機から雑音に紛れ、待望の一報が入る。
『っ、・・・かりました! お二人を発見しました! 
折り重なるように、倒れています』
マリナはレシーバーを握りしめ、すがるような思いで声を絞り出す。
「二人とも、どんな感じなの、大丈夫なの!?」
『……私では判別できませんが、お一人がもうお一人を護るように、抱きかかえておられます。おい、エマージェンシーキットを、早く! それとスパインボード! 
この立地じゃヘリは無理だ、リフトの用意———うっ!?』
「ナニ、どうしたの!?」


『呼吸が、———停止しています』


「マリナさぁん!」
その時遠くから響く懐かしい友人の声に、忘我のマリナはレシーバーを取り落とし、フラフラと駆け出した。

目の前が歪み、世界が真っ黒に染め上がっていく。

         息が、できない。
ただ、

ただケンカを止めたかった、それだけだったのに。

もう、自分が自分でないような乖離感に引き裂かれ、マリナの神経は引き千切れんばかりに脆くなり、もはや壊れる寸前だった。

「ジルぅ! ジル、どうしよう……っ、
あたしのせいだわ、あ、あたしが、ふたりを......!」

たった今この手をすり抜けてしまった、同じ瞳があそこにある。
もう一度見つめたい、存在を確かめたい―――もつれる足でただそれだけを目指して、マリナは無我夢中で走った。
「っ、だめですマリナさんっ、走ってはだめーっ!!」
ジルの叫び声なんて初めて聞いた、麻痺した頭にそんな考えが過った直後。







「———っ!? 

        ぁ、あ、…く、ぅ……!」








激烈な痛みがマリナの下腹部を襲い、やがて内腿から、鮮血が伝い落ちてくるのを、ジルは目撃する。
冷たい雨の中、小さな身体が崩折れるように、赤黒い大地に倒れこんだ。 
「マリナさぁんっ!! 誰かストレッチャーを! 早く!!」
人の身に起こる悲喜劇など、意に介さないとでも言うように、世界を閉じ込めるような雨は、いつまでも無情に降り続ける。
この地に流した血も汗も、涙すら洗い流して、何事もなかったかのように大地は再び眠りにつく。

誰もがこの絶望に抗おうと、必死に動かすその身体を濡らす雨は、まるで終幕のカーテンのようだった。





だが、カーテンコールに立つ者は、

誰もいない。










藤本お家芸、必殺崖落ちwwwww
後味ワルクてすませぬ///( ;∀;)

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