2011/04/17

蜜月5 抗いがたい甘い恐怖



キ…ィ…





いつもは気にならないような音でも、それが妙に大きく響いた気がして、あたしはびくっとした。


そおっとドアを押し開け、シャルルが待っているであろう部屋に視線を向ける。

壁際の照明はすっかり落ちてい、そのかわりに天窓からの外光が静かに降り注ぎ、その部屋は一層幻想的な雰囲気を醸し出していた。
漂うバラの香りにあたしは緊張のあまり、むせかえりそうだった。
ベッドを覆う夜の帳は今は両脇が開け放たれ、一番薄いペールブルーのレースのみがかかって、ひっそりと息をひそめてるみたいに見えた。

そのレースを通して……いた。


闇の中に異彩を放つ、あたしの恋人シャルルが。

大きな羽枕に背をもたせかけ、素晴らしく均整のとれたその長身をベッドに横たえて、おそらくシャンパンであろう…を気だるげに飲んでいる。
―――そんな中あたしは、足元の絨毯の変わり目を、暗闇の中じいっと見つめていた。

あと一歩踏み出せば、シャルルは絶対あたしに気づく。


あと、一歩…。


そうなったらもう後戻りは絶対出来ないわ。
マリナ、あんた、平気!?
あたしは無駄ともいえる自問自答を繰り返しながら、きつく唇を噛んで裸足の爪先を見つめていた。
その時、僅かに空気が動いたのがわかった。
驚いて身をすくめ、そっと目をこらすと、シャルルがシャンパングラスをサイドテーブルに置くところだった。そのままふうっと倒れこむように、ベッドに身を横たえたの。
その動きに呼応するように、天蓋がふわりと呼吸する。

次の瞬間、驚いたことに最近まったく耳にしなかった、シャルルのフランス語が聞こえてきたの!


「…ジュレストゥトゥジュールフィデル、テュエマルミエー、マリナ……」


囁くように、本当に小さな声で。
フランス語独特の低くくぐもったような響きが、微かにあたしの耳に届いた。
シャルルって日本語があんまりにも上手だから、時々フランス人って気がしないのよね。
でも、あんなふうにフランス語発音で自分の名前呼ばれたことないから、なんだかドキドキするわ。
そんなことを考えていると、耳につけた翻訳ピアスが律儀に作動して機械的な音声が流れてき、あたしは飛び上がるくらいびっくりした。
ひ、ひ、ひやぁぁぁぁ! 
お、驚いたっ、アルディにいてもみんな日本語使ってくれるから、最近これのことすっかり忘れ…。
耳に流れ込んできたそのセリフに、あたしは…あたしは…。


『オレは君に常に忠実だ。君はオレの光なんだよ、マリナ……』


それはあたしの心でシャルルの言葉となり、まるで植物が水を吸うように、全身へと染み渡っていった―――。
そうして、見えない壁が立ちふさがっているのかと思われたその部屋の境界線から、あたしは自然に足を踏み出すことができたの。
ゆっくり…シャルルへと…近づいていく。
その気配に、はっとしたように身を起こしたシャルルは、ベッドの右側に、ちょうどあたしに背を向けるように腰掛け…
「遅かったじゃないか、逃げられたかと思ったぜ」
その明るいくだけた口調は、あたしに緊張させないように、無理に明るく振る舞っているみたいだった。
そして立ち上がり、その白い肌によく似合う象牙色のローブを翻し、レースごしにあたしを振り返る。

「逃げずによく……」

瞬間、空気が一気に緊張したのがわかった。
シャルルが、あたしを見ている―――。
レースごしでもわかるくらいの痛い視線が、あたしに注がれている。
でもあたしは逃げたりしない。
心臓の鼓動は早鐘のようで、呼吸をするのも大変だったけど。
両手の平にはじっとりと汗をかき、でも口の中はカラカラに渇き、言葉も発せないくらいだったけど。
そして、生まれて初めて着るこの装いが、死ぬほど恥ずかしかったけど…!
ベッドを挟んで、あたしたちはしばらく身じろぎひとつ出来ずにいた。
でも、その緊張を破ったのはシャルルだった。

なんと、自分の前のレースを勢いよくくぐり、ベッドの上を乗り越えてあたしの側にやって来たのっ。
そのおよそシャルルらしからぬ荒々しい行動にあたしは驚き、同時に叱られるのを待っている子供の罪悪感みたいなものが、胸にこみあげた。
破裂しそうなほどの鼓動を刻む心臓を、強く握った拳で押さえつけ、あたしはまた目線を落とす。
どうしよう、ああっ、あたし、こんなカッコでホントに出てきちゃうなんて…、変に思われたかも知れないっ。
再び後悔の波が襲いかかり、あたしは激しく動揺した。
やがて、気配がしてシャルルがこちら側に下り立ったのがわかった。
意志の力を総動員して、あたしはなんとか視線を上げ、……その薄闇に呆然と立つシャルルを見た。

ぼうっと浮かび上がる象牙色のローブを素肌に羽織ったシャルルは、匂い立つほど美しく、…そしてとてもエロティックだった。
思わずうっとりしそうになったけど、それだけで彫像として完成されたようなシャルルは、本当に凝固したように動かなくなってしまったのっ。

あと二、三歩進めばあたしまで来られるのに…ああっ、やっぱり呆れてる!? 
うう、薫になんか、ノせられるんじゃなかったっ。

パニック寸前までいったあたしの目の前で、途端にシャルルはベッドにどっかと座り込んでしまったのっ!
開いた両膝に肘をのせ、苦悩するみたいに上半身を折って前屈みになり、小さく頭を振っていた。

ふえ~ん、部屋に戻りたいーっ。時よ、戻れぇ!

あたしがバカなお願いを神様にねじこんでいると、シャルルはその片手で顔を覆い、ゆっくりと起き上がるところだった。

ああっ、正視に耐えないほどなのかしらっ。
シャルルは何度も開きかけた口を閉じ、まるで言葉を知らない人にでもなってしまったみたいだった。
あたしが心配になってよーく彼を見ると、……驚いたことに、その雪花石膏の肌が真っ赤だったの。
えっ、な、何!?

「―――そ、その…格好、どうしたん、だい…?」

やっと絞り出した言葉はひどく弱々しげでなんの飾りもなく、視線はそれこそ覆った手の隙間からという、なんとも頼りなげなものだったのよぉ。
あたしは急に恥ずかしさが頂点に達し、少しあとずさった。

「ご、めん。変よ、ね。待ってて普通の着て…」


マリナ、行かないで! ち、違うそうじゃない。
…来てマリナ、君から…オレは動けそうもないんだ、頼む…」

白金の髪を揺すりながら、きつく眉根を寄せそう懇願するシャルルは、まるで泣きそうになっている子供のようだった。
あたしはこくりと息を呑んで、覚悟を決めゆっくりとシャルルに歩み寄る。
近づいたあたしをシャルルは開いた膝の間に招き入れ、完全に自分で囲ってしまった。

ほんのりと濡れた白金髪の合間に、あたしはグレーの瞳を覗きこむ。
驚いたことに切なげに細められたその瞳は、抗いがたいほどの甘美な誘惑と欲望に、今にも屈服しそうに揺らめいていた。
シャルルは何度も息を呑み、初めて見るあたしの装いを、まるで手探りみたいに触れていた。
恍惚とした表情で……指先で、手の甲で、触れるか触れないかのわずかなところで、シャルルはあたしの体をじっと眺めていた。
その絡みつくみたいな視線を受け、あたしは恥ずかしさのあまり息苦しささえ覚えて、ちょっと体をよじった。
やがて、シャルルはその裾を僅かに持ち上げそっと口づけると、ゆっくりとあたしに瞳を向ける。


「素敵だよ…マリナ。最高に、可愛い…ああ、どんな言葉も陳腐になってしまうな…」


シャルルはそう言うとそっとあたしの手を取り、自分の胸元へと導いた。
ローブ下のその肌は灼けるように熱く、驚いたことに、触れたそばからわかるくらいの激しい鼓動が感じられた。
あたしは信じられない思いで、薄闇に浮かび上がる繊細な美貌を見た。
何が苦しいのか、シャルルは灰色の瞳をきつく絞って、じっとあたしを見つめている。その苦しげな様はまるで、弾けそうになる激情を抑えこんでいるみたいだった。
「わかる…? オレがどんなに君を求めているか」
「うん…。あたし、おかしく、ない?」
「言ったろ、とても可愛いさ。……いけないことを考えてしまいそうなほどね」
まだほんのり赤い頬で、シャルルはいたずらな光を瞳に宿し、そっとウィンクした。
な、ナニ考えてるのよぉ、いや~、そんなこと考えないでっ!
「それで、どうしたんだい? この素敵な装いは」
「みんなの連名になってたけど…薫が選んでくれた、結婚のプレゼントだって。せ、せっかくくれたんだから、着ないのも悪いかなと、思って…」
あたしは恥ずかしさを隠しきれず、ぎゅっと目を閉じてしまった。
あたしが着ているもの…それは純白にほんのりピンクがかった綿あめ色の

ベビードール、なの!

両肩はシルクのリボンで結ぶようになっていて、胸元と裾にはぐるりとついたふわふわのファー。
サテンシルクの薄い下地に、可愛い小バラを織り込んだ繊細なレースが二重に重なって、よりその可憐さをアピールしている。
前開きになった身ごろのそれも、3つのリボンで閉じるようになっていて…シャルルはそのリボンを右手の指で弄んでいた。
あたしはそのいたずらな指が、いつリボンをほどいてしまうかとドキドキしながら、体をかたくしていたの。
すると、あたしの言葉を聞いて軽い驚きを見せながら、シャルルはこう言ったの。
「ヒビキヤが…!? フフ、あいつは本当に感性が男並だな。まったく、やってくれる」
「シャルル? う、嬉しかったの、このカッコ」
「……あいつとの過去の遺恨を、水に流してもいいと思うくらいね」
薄闇の中、あたしの着ているベビードールを満足げに見つめながら、シャルルは小さく笑った。
その時あたしははたと思ったの。
もしかしてこれは、薫なりの仲直りの仕方だったんじゃないかって。
だってシャルルは、あたしの旦那さまになっちゃったんですもん、いくらなんでも無視し続けるわけにはいかないものね。

でもそうだとしたら、あたしをダシになんてことしてくれるのよっ、まったくメーワクだわっ、お祭り薫!
見てよこれっ、裾はお尻の半分くらいまでしか隠れないし、おまけにお揃いのパンツなんか総レース! 
これもサイドはリボン止めだしっ、ほ、ほとんどはいてないも同然なのよっ、恥ずかしいっ。
ああっ、とにかくこれ自体はすごくかわいいのに、なんであたしが着るとすごくエッチっぽいのかしら!? うう、子供体型だからっ?
シャルルはそんなあたしの焦りなんかおかまいなしで、左手の甲であたしの膝から腿までをするりと撫で上げた。
瞬間、さわりと鳥肌がたち、あたしは震える。
シャルルはそのあたしの様子を見逃すはずもなく、いじわるそうに微笑んであたしの顎をつまみ、自分へと向ける。
まるで眩しいものでも見るみたいにきつく目線を絞り、その青灰の瞳は欲望に屈したのか、やるせない光で歪んでいた。
普段のシャルルからは想像も出来ない、そのむき出しなまでの強い光に、あたしの心臓は激しい鼓動を打った。
昼間垣間見せる天使の表情はどこにもなく、…そこにいるのは、まぎれもなく一人の男の人だったから。
でも怖いくらいの美しさが、かえってシャルルの底暗い情熱をひきたてて、まるでこの世のものとは思えない魔性的な雰囲気すら…あたしは感じてしまっていた。

怖い…でも、言いようもなく惹きつけられるの。どうしようあたし…変だわ。


震えて、る…?


どうしたらいいの、あたし…シャルル!


息苦しさと眩暈が襲ってきて、あたしは震える指先をぎゅっと握り締めた。


「―――オレが怖い?」
「…っえ!?」
「ほら、こんなに体を強張らせて」


ふいにすっと上げられた指に、あたしは思わずびくりとしてしまったっ。








―――シャルルはあたしに触れずに手を下ろすと、自嘲的に淡く微笑み、
一度うすく瞳を閉じ、そしてゆっくり顔をあげるとまっすぐにあたしを見つめた。


「怖いだろうね―――だって今オレは、自分でも歯止めがきかないくらいに、マリナのすべてが欲しいから。

でも奪うだけの愛なら…オレはいらない。

どうする?

オレに触れたら、もう後戻りは出来ないよ……マリナ





優しげに憂いを含んだ灰色の瞳は、悲しいくらい綺麗だった。


そっと静かにあたしの髪をなで、シャルルは黙ったままそうしてあたしを待ってくれた。
ああ、あたし。




「シャルル、あた…あたし―――すき。

あんたが、好きなの…」




瞬間、はっと息を呑む気配がし、あたしが顔を上げると、光を放つ白金の絹糸を揺らしながら、シャルルは小さく首をゆすっていた。
溢れる感情を押し込めるようにぎこちなく微笑んで…シャルルはあたしに触れるために、すべてを彼方に置いて…。

オレの方が、オレの方がもっと―――

その甘くやるせない表情を見ただけで、あたしは求められる幸福に、気が遠くなりそうだった。
唯一人の女を追い求める為、堕天した禁断の天使……。
今その美貌の人は、その熱い魂で、あたしを灼きつくそうとしていた。
ふわりとあたしの顔を大きな両手で覆い、そうっと自分へと近付けていく。
あたしには抗う術もない―――



マ、リナ…ああ、マリナ。君はどこまでオレを乱せば気が済むんだ…?


マリナ、オレの理性はもう、こなごなだ…」



狂おしそうに吐息をつき、あたしをのぞきこむシャルル。
あたしは絹糸のような髪をかきわけ、ゆっくりとその熱い肌に触れていき、シャルルの首に腕を回した。



「何があっても、その手を離さずにいるんだよ…。


オレを壊してもいいと思う程…しっかり捕まえているんだ…」
 

 
 
 
あたしたちは引力が引き合うように唇を合わせ、何度となくお互いの美酒を飲み交わした。


シャルルはあたしの頬を、あたしはシャルルの首にすがり、その手に力をこめる。
自分以外にその意識、一流れでも逸らすまいと―――。
信じられないほどの力であたしの腰を引き寄せ、シャルルはその唇を顎から首筋へと滑らせて、あたしを翻弄した。
求めても与えられない快楽に、あたしは身を捩り、放っておかれた唇は行き場を求めてさ迷い、声にならない悲鳴を上げた。
シャルルのシルクのような舌は、あたしの肌を容赦なくなぞり、その肩や耳に甘く歯をたてていく。
鈍い痛みはそのまま快感となり、あたしの体を突き抜けていった。
やがて全てを吸いつくされたように、全身から力が失せていき、体を支えることもままならなくなってきた。

「―――シャルル、シャ…ルル、もう立っ…てられない、よ…」


あたしはそうシャルルに懇願して、抱きつく腕に最後の力をこめる。
定かでない視界に、上気しているであろうあたしとは正反対なほどの、冷ややかで覚めるような美貌が現れた。
薄闇にグレーに輝く瞳は、星を宿したように冴々と呼吸し、端正な薄い唇は濡れて艶かしく光っていた。
その奇妙なまでの冷酷な表情に、あたしは心奪われ、これから訪れる運命を予感させた―――。
 




「今夜は……手加減出来ないかもしれない」




 
そのままさらわれるように抱きかかえられ、夜の帳をくぐったあたしは、瑠璃色の海へと横たえられた。
ぼんやりと目をあげれば、北極星のような美しさを放つ恋人がいる。
 
 



 
静かな夜更けに、官能の宴が今、秘やかに幕開けた―――
















☆息をするのも忘れるほどwステキな↑のシャルマリは、2013/09にロシアンジュさんからいただいたものです! なんかもう///アアン(*ノωノ) イヤン 見てるコッチがこっ恥ずかしいくらいの・・・というか、もうマリナちゃんが羨ましすぎて萌汁が出そうです……!!(死w)ほんとに新婚初夜///のドキドキが/// 伝わりそうなほどの///ぎゃぁぁああああ///(落ち着けw)
ロシアンジュさん!! なんて幸せそうなふたり!まさに夢を叶えてくれて、あぁりがとう~~~。゚(゚´Д`゚)゚。
(1章にもステキに最高なシャルルがいますよ///心してどうぞ・・・w)





拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)




2 件のコメント:

ともん さんのコメント...

おお~っつ^^素晴らしいです。
愛あふれるRシーン。ともん感涙にむせんでおります。
コメ返信ありがとうございました。もう、楽しくて、可笑しくて・・・。(ぷぷっつ)それ自体が一個の作品みたいで、こちらの方でも楽しませて頂いております^^。
折角リク頂いたので、私の今の心境をば仏語(お品で^^)
Tu me rends humide !!
意訳は、恥ずかしくって書けません~!!
蜜月5を読ませて頂いた正直な///感想です^^
それでは~。」

ぷるぷる さんのコメント...

うはははははh!
いや~んともんさんっっ///
ぐぐるわよー、ぐぐるわよーっ

・・・・・・・・ひゃあああああああああ///

こ、こりは///(爆)
ともんさんったら、アダルティっやん♪(/.\*)(*/.ヽ)やん♪
んじゃぷるが英語変換してみませう…w
「you're making me wet…」
きゃああああ、ドッキドキ~笑
(((((((*ノノ)イヤン ハズカシー

いや~イイ事聞きました…ぜひっぜひともっ、仏語マスターしたマリナちゃんに、涙目で言って欲しいですね…!(力)
シャルルまっしぐら…ですね(大笑)
ああ~腐ってるわ~ぷるサイテー!!(笑)
まあいいですわよね、この暗い場所ではナンデモありつことでw
ともんさんv濡(ピーーーーー)ありがと…v(ってお礼言っていいものだかなんだか…笑)