2011/04/12

蜜月1 胸が痛くなるほどの幸福



…ゴーン…リンゴーン…リンゴーン…







荘厳に鳴り響く幾重もの鐘の音が、耳をつんざく。
重々しく開け放たれた扉から差し込む光に、あたしの目は一瞬眩んだ。
そして次の瞬間、大勢の歓声と鳥の羽ばたきが微かに聞こえてくる。



「―――さあおいで、マリナ。皆に挨拶をしよう」



逆光に目をこらせば、光に融けてしまいそうな白金の髪を風に流し、純白のタキシードに身を包んだ輝かんばかりの美貌の青年が、あたしに手を差し伸べている。


「はぁ、もう疲れたよーおなかも空いたし、コンタクトで眼は痛いし、それにこのブーツ! もう膝がガクガクよぉ。大体ムチャなのよね、このあたしに15センチの厚底なんて!」

「ふふ、パンプスタイプのハイヒールじゃないだけましだろ? 泣き言なら後で聞いてやるから。
おいで、皆に幸せなオレたちを見せつけてやろうじゃないか」


むくれているあたしをなだめ、優しくエスコートしたのは、あのフランスの星、シャルル・ドゥ・アルディ。

その美しい立ち姿に圧倒されながら、あたしはこう聞かずにはいられなかった。

「…あたし、変じゃない? 
あたしたちが並ぶとすっごい変なのはわかってるけど、それであんたが笑われたらいやだわ、あたし」

上目がちにそう尋ねると、シャルルはうっとりと目を細め、その天使のカーブを描く頬をほころばせ愛しそうにあたしに囁いた。

「もう一度恋に落ちてしまいそうなほど、―――素敵だよ、マリナ
そのマリエもよく似合っている。君のことを1から10まで知っているオレがデザインしたんだ、君のその魅力を存分に引き出せるようにね。

…最高に、綺麗だよ。

自信を持って、オレの奥さん」

繊細な面差しに、いつのまにか身につけた威風堂々とした雰囲気を漂わせて、きどってウインクをしたシャルルに、あたしは目も心をも奪われる。
ああっ、こうしている瞬間もなんだか夢みたい!


あたしとシャルルが、結婚だなんて!


みんなにも見せてあげたいわ! このドレスの美しさったらもう完璧。
それに、問題だったあたしのでか頭なんて、結い上げた髪型とこの繊細なデザインのベールとであら不思議。鏡を見てもフツーっぽく見えるのよねぇ、うーんおそるべしシャルルマジック。
あたしって言いたかないけどチビじゃない、サイズもデザインももうあったもんじゃなかったのよぉ。まるでチンドン屋さんだもん。
失礼なことにデザイナーもさじを投げる始末で、相談役のジルなんか、もううなされてたもんね。
ううっ、泣きたいのはあたしの方よっ。
ところがある日、このバラをモチーフにしたキュートでそれでいてフェミニンな素敵なドレスを持って、颯爽と現れたのよぉ、シャルルが!
あんぐりと口を開けているあたしたちを尻目に、満足げな微笑みを浮かべて、

「驚かせたくてね、どうだいこのドレス。オレのデザインだ。
オレの伴侶となる君に、最初のプレゼントだ、やるよ」

と、ポンとあたしに手渡したの。
うう~、この数日の苦悩は何だったのぉ!
あたしは悩んだ時間を悔やんで怒り心頭だったけど、次の瞬間このドレスを見てそんな怒りなんか、宇宙のかなたにスッとんでったもんね。
あたしの驚愕の表情を見て、シャルルは軽く顎をつまんで納得したようにうなづいていた。

「小柄な女性に合う物となると、なかなか見つからないのが現状だ。
マリナの場合全体のポイントが上になるAラインのタイプがいい。ただしあまりボリュームに欠けると余計に小さく見えてしまうので、肩先や胸元にアクセントをつけた。聖堂だから肌の露出は抑え、フロントのタックをきつめにし、縦のラインの強調と同時に高貴さも醸し出す。
あと君の肌色だったら、純白よりもオフホワイトの方がより可憐さを引き出せるだろう。
ベールはゴールデンポイントよりやや前、高めの位置で固定し、トレーンはゴージャスに長めにひく。あとティアラとネックレスはパールで。そしてこれがブーケとヘアスタイルのデッサン、気に入ったのをどうぞ。
君はなかなか創作意欲をかきたてるモデルだったよ、マリナちゃん。
これでシャルルモードも新境地開拓だな」

こともなげにスラッと説明したシャルルに、あたしは唖然ボー然っ。
改めてシャルルの才能のすごさとドレスの美しさに圧倒されて、あたしはうっとりしそうになったけど、自信に満ちたその瞳を見た時あることが頭をよぎったっ。
―――あ、あたしは商売のダシかっ、企業人シャルルめ!
と、思ったけど…そうよね、あたしは知ってるわ。
シャルルが照れ隠しにこう言ってるってこと。
だって、ちょっとうつむいたほっぺが赤いもん、ふふっ。
だからあたしも素直に言うわ。

「あたしのために、ありがとう。
忙しいのにこんなことまでしてくれて、あたしあんたと結婚出来て、幸せだわ」
シャルルは肩を震わせて振り返り、あたしを見つめながら感嘆の吐息をもらした。

「オレの方こそ、夢みたいだよ。あまりの幸福に、毎日胸が痛いくらいだ。

君のその笑顔を見れるなら、ドレスを作るくらい造作もないことだよ」

そぉ…っとあたしの頬に触れる。



「本当なんだね、マリナ…オレの妻に、なるんだ……」



ふうっとあたしにキスしようとした時、バサバサァッと書類が落ちる音と「あっ」という微かなジルの叫びが聞こえたっ。
ひえ~、ジルがいたんだったぁ!
「す、すみません、静かに退席しようとしたんですが…」
ばつが悪そうに赤面するジルを、それでも優しげに見て、シャルルはあたしの髪をくしゃくしゃ撫で立ち上がった。
「仕事に戻るよ。ジル、すまないがマリナの歩行訓練を頼む」
はぁ? 歩行訓練? なんのこっちゃ。
ハテナマークを抱えてあたしたちは顔を見合わせ…ふっと、下を見たら…ドレスの箱の横に、デザインこそ最高に可愛かったが、明らかに特注の純白のドでかいブーツが、あった…。
「それがいやなら、オレの開発した成長促進剤でも飲むかい? 試作品段階でもよけりゃね。
うまくいけば身長も伸びると思うぜ」
愉快そうに捨てゼリフを残して優雅に体をひるがえし、シャルルは部屋を出ていったの。
「が、頑張りましょうね、マリナさん。大丈夫、私も協力しますからっ」

ジルは無理して励ましてくれたけど、わ~ん、こんなのってなーいー!













マリナ、気を抜くと転ぶぞ」

はっと引き戻されて、あたしはシャルルを見た。
そうね、あれだけ頑張った苦労と、シャルルの無敵のウエディングドレスがあるんだもの、この際堂々と行くわっ。
あたしは大きく息を吸い、シャルルの腕を取った。

「行くわ。あんたと二人だものね、なんにも怖くない」

シャルルは微笑んであたしにキスした。
ゆっくりと歩を進める。
突然の明るい光と華やかな歓声、色とりどりの花びらに包まれてあたしは圧倒された。
ランスの大聖堂、正面玄関に今、あたしたちは立った。
しばし呆然としたあたしの視界の中で、知ってる顔も知らない顔もみんな口ぐちに、あたしたちへの祝福の言葉を投げかけてくれていたの。

「笑って、マリナ。ほら、テレビのクルーがいるぞ」

げ、なんですってっ、テレビ!?
げげげっ、由里奈姉さんじゃない! 
ただでさえこんな人前でキンチョーしてるのに、ウソでしょっ。
ほんとにテレビ引き連れて来るなんて、反則よぉっ。
シャルルの囁きにあせって振り返ったのが悪かったっ。
15センチのブーツは努力のかいもなく、まんまとあたしを裏切り、あたしの体はがくりと崩れ落ちたのよ!



「わっ」という歓声が起こる中、大股おっぴろげて階段を転げ落ちるはずだったあたしをガッキと抱き止めたのは―――新郎シャルルだった。



ひぇっ、あれほど言われてたのにっ、怒られる~。
しかもこんな大勢の人、ひいてはおそらくブラウン管の向こうのもっと大勢の人の前で、よりにもよってぇぇぇぇ!

[ドジな花嫁、アルディ人選を誤ったか!?]

あせるあたしの頭の中で、ゴシップ紙の見出しがぐーるぐると回っていた。
親族会議であれだけもめて、やっと式までこぎつけたのに、これ以上の悪印象はまずいわよっ。
イヤミなおやじたちの前で、
「え~い、しのごの言うな! シャルルはあたしが幸せにするのよっ」
と大見栄きった手前、せめて結婚式ではシャルルに恥をかかせまいと、あれだけ心に誓ってきたのにぃ。
パニックになっておそるおそるシャルルを見上げようとしたその時、くるりと体を半回転させられ、ぎゅっとウエストを抱き締められたっ。
ひえっ、なになにこれはっ、まるでタンゴの決めポーズ! 
のけぞるあたしに、ふいに情熱的に覆いかぶさるシャルル。
あせってシャルルを見れば、イジワルそうにブルーグレーの瞳をきらめかせ…いやな予感がした次の瞬間、

モロにキス!!!

いやー、こんな大勢の前でぇぇぇ!!

途端にひやかしの歓声と口笛が、辺りに響きわたった。
は、恥ずかしいぃ、フランス人のあんたと結婚しても、あたしは生粋の日本人なのよ! そこんとこわきまえなさいよ! 
と文句を言おうとしたら、突然目の前にランスの青い空っ。
ひゃあ! 今度は何!?
シャルルの端正な横顔がぐんと近づいたと思ったら、地面が足元にないっ。
お、お姫様ダッコだ~!
ひやかしの口笛は一段と熱を増し、あたしとシャルルは花びらのシャワーを全身に浴びた。



「しっかりつかまっておいで、マリナ。大丈夫、心配することないよ、オレに笑顔を見せて」



甘やかに微笑んだシャルルを見て、あたしははっとした。

今までの場の雰囲気も、あたしの緊張もシャルルがおこした行動によって、今はきれいさっぱり消し飛んでいる。
ああ、あたしを和ませる為にやってくれたんだ。
それなのにあたしったら文句を言おうとするなんて…なんてバカだったんだろう。
ありがとう、シャルル。
あたしは感動して、涙がわきあがってきた。

「本当に頼りになるダンナさまね。ありがとう、愛してるわ、…あたしのシャルル」

あたしはその時のシャルルの、大輪の花のような輝くばかりの笑顔を、これから先、決して忘れないだろう。

幸せに抱かれながら、あたしたちはもう一度くちづけをした。












マリナ、ブーケを」


真っ白なリムジンのドアの前であたしを下ろし、シャルルは今日この日の為に集まってくれた人たちを振り返った。
感慨深げに人々の顔を見つめている。
その中にはもちろん、ジルや薫や美女丸、カークにガイ…そして和矢、その他たくさんの友達がみんないた。
弾けんばかりの笑顔で。

「おめでとうシャルル、マリナ。幸せになるんだぜ!」

それを受け、強い意志を宿してシャルルはうなづいた。
あたしは自分の結婚式がこんなにも感動を呼び起こすものだったことを、今初めて知って、じんと胸が熱くなった。
ありがとう、みんな、祝福してくれてありがとう。
あたしは持っていたブーケを、ぬけるようなランスの空へ高々と投げた。
持てる幸せを全部詰め込んで。
歓声が上がる中、みんなの声援に答えるようにシャルルは投げキスをし、あたしたちはリムジンにすべりこんだ。
頬は上気して赤くなり、心臓は早鐘のようだった。
そして、流れる涙を止めることができないほど、あたしは感動にうちふるえていた。
するとふっと、頬にハンカチが当てられ、このうえなく優しげなシャルルの声が静かな車内に響く。

「彼らの友情に報いる為には、なによりオレたちが幸せになることだ。
…オレたちは幸運だね。本当に人生最良の日だ。」

あたしは言葉にならず、ただただうなづいた。
シャルルはあたしの手をやんわりと握る。



「幸せになろう、マリナ



じんわりと伝わるその暖かさに、あたしはシャルルへの愛をまたさらに重ねた。

「うん、シャルル。うん…二人でね…」

フカフカのリムジンのシートに身を沈め、あたしたちは静かに寄り添っていた。
繋いだ手から、お互いの存在を確かめ合うように。
多くを語らず、心を開け放って、あたしたちは穏やかに目を閉じていた。
車はそんなあたしたちを気遣うように、静かにパリの街を流れて行った。







翌日の色々な新聞に、あたしたちの結婚式のことが出ていたんだけど、それには…


[我々は見た! シャルル・ドゥ・アルディ氏の驚きの輝く笑顔!]
[情熱的な氏の行動に、場内騒然!]
[クールプリンス、ついにそのヴェールを取る]
[キュートなジャポネーズのドジぶりに、アルディ氏メロメロ]



ちょっと憮然とするシャルルを見て、あたしはおなかを抱えて、転げまわって笑ってしまったんだけれど、これはナイショの後日談…ふふっ。









☆TOPのタキシードシャルルは、2013/09にロシアンジュさんからいただいたものです! まさに『胸が痛くなるほどの幸せ』をかみしめて、自分がデザインしたウェディングドレス姿をまとうマリナちゃんに手を差し伸べるシャルルの、狂おしいまでの喜びが伝わるようですね…(`;ω;´)
ロシアンジュさん!! 輝くほどに素敵なシャルル、あぁりがとう~~~。゚(゚´Д`゚)゚。
(5章にもステキに最高なシャルマリがいますよ///心してどうぞ・・・w)







拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)






2 件のコメント:

ノリ子 さんのコメント...

シャルルとマリナの結婚式だなんて!!
素敵すぎます。
彼らに出逢って約20年が過ぎようとしていますが
何度も読み返しては消化不良を起こしていました。。。
二次創作ってなんて素晴らしいのでしょう!!
これからも楽しみに待ってます!

ぷるぷる さんのコメント...

わぁ( ;∀;)ぁぁああ

コメありがとノリ子さん!!!
もうね~この作品はぷるがマリナ2次にハマっての嬉し恥ずかしw2作目だから(どんだけタギってたんでしょね笑)10年以上前に書いたもんなんだ~///
深いふか~~~ぃwマリアナ海溝よりふかぁぁあい(怖いw)ぷるの萌汁がしたたる(ヤダw)思い入れのある作品です♪

ノリ子さんも萌心イタタになってたか~(´;ω;`)ウッ…
同志同志www
そのお心に、2次ではありますが、やさし~く萌バンソーコー貼れたかしらwwwww
原作は切ない展開で終わっちゃった(?)けど、夢でくらいはシャルルの幸せを願ってもいいよね~(:_;)

「素晴らしい」入りました~(∩´∀`)∩ワーイ!!!!!
ウレシスっ/// ありがとノリ子さんっ
またそのお気持ちに応えられるようww精進してシャルマリしてくですたい~~!ヽ(`▽´)/