2011/04/13

epi:25光編 ”人生のひと”



パートマリナ リンダ


「庭に出ないか?」

10時のお茶を終え、スケッチブックを抱えたあたしにミシェルが言った。
「ええ今出るとこだけど、なに? 取ってくるものでもある?」
「・・・そうじゃなくって、つまり―――オレと一緒に・・・」
「ん? なに?」
「オレと一緒に庭に出ないかといってるんだっ」
「え? えっえっー!!」
「なんだよ。俺が誘っちゃいけないのかよ」
「えっ、ち、違うの、ちょっとビックリしちゃって、心が嬉しさを出し忘れちゃったの。えっと、喜んでお供するわ、ミシェル」
急いで答えて、調子に乗ったあたしはミシェルの左腕に自分の右腕を絡ませた。
「なっなにすんだよ、はなれろよ」
「あらっミシェル、あんたがあたしを誘ったんだからエスコートしてよ。それ位常識でしょ」
ミシェルは怒ったけど、あたし見ちゃったもんね、ミシェルの頬がピンクになってたのを。



「エスコートありがとう。お礼に膝枕してあげるっ」
そうあたしが言って、豊かな緑の芝生に腰を下ろして膝をポンポンと叩いて合図を送ったら、ミシェルの頬は見る見るうちにピンクから赤に変わっていって、ソッポを向いちゃったの。
うん。なんだか今日のミシェル、すごくカワイイ。
で、でもねぇ。いつまであたしを待たす気? 全然返事もなけりゃ、隣に腰を下ろしもしない!
「あのねぇミシェルッ! あたしだって恥ずかしいんだけどっ。これだって結構勇気出したんだからっ!」
「―――――」
「んもう。ほらっ! ここに座ってっ。頭はここ。ねっこれが膝枕。どう気持ちいい? 自分で言うのもなんだけど、足の肉付きには自信あるのよね」
「お前の場合、肉付きがいいのは足だけに限らずだけどね。
―――気持ちいい・・・な」
そう言ってミシェルは目を閉じた。
さ、さすがに綺麗だわ。
そうだっ! スケッチ―――ううん、違う

髪・・・触りたい。
頭撫でたい。
頬のラインをなぞりたい・・・

ど、どうしちゃったんだろ、あたし。
何だかミシェルが愛しい、触りたい。
でも触ったらミシェル起きちゃうわよね。ガマン、グッとガマンよ。
なんて、出来なーいい! やっぱり触りたい・・・
ちょっとだけなら大丈夫よね。うんっちょっとだけ・・・
息をひそめて、右手をミシェルの髪目掛けて伸ばしていく。
あと20センチ、あと15・10・5・・・さあ、あと一伸ばしっ、て思った瞬間!!
ミシェルがあたしの不意をついて体を180度反転させて膝枕にうつ伏せになったのよっ!
ビ、ビ、ビックリするのよっ! 突然動くなっ!
心臓がもう少しで耳から目から、体中の穴とゆう穴から飛び出ちゃうかと思ったじゃないっっ!
あたしがアタフタしていると、そんなことはおかまいなしにミシェルが「はあぁ」と、吐息を漏らした。
「どうしたの?」
あたしが正気に戻って聞いたら
「匂いを感じていた」
そうミシェルが顔を上げて優しく答えてくれたんだけど、だけどーーっ!
女のあたしとしては、ニオイなんて言われたら気になっちゃうのよっ。
「えっ!? あたし臭う? お風呂ちゃんと入ってるわよ!」
クンクン自分を嗅ぎながら焦る気持ちを隠し、必死に冷静を装って答えると
「――違うよマリナ。君のとても暖かい、とても安らぐ匂いだよ」
その答えをもらって安心したあたしは、ミシェルに出来るだけ優しく言った。
「あら、ミシェル残念だけれど、それはあたしの匂いじゃないわ。それはね、お日様の匂いよ。
お日様は私達みんなに暖かくって、優しくって、心地のいい温もりを毎日がんばってそそいでくれてるのよ」
ミシェルはしばらくの間呆然としてたけど、
「知らなかった、今までただ眩しくて、うっとうしかっただけの太陽が、こんなにも暖かいものだったなんて・・・」
それは、独り言のようにも見えて、あたしの心が切ない音をたてた。
あたしは悲しい気持ちをミシェルに気づかれないように、あたしの中のモヤを追い払うように、目一杯の明るい声で話した。
「ミシェル、あんた何でいつも紺色や黒の服ばかり着ているの?」
「―――」
「もっと明るい色の服も、きっとあんたに似合うのに」
「俺に明るい色が似合うだって? 馬鹿を言っちゃいけない。俺は闇で育ったんだよ。
闇しか見てきてない人間に、明るい色なんて似合うはずもない」
そう言って悲しく笑って見せたミシェルが消えちゃいそうで、あたしは必死で叫んだ。
「あんたは闇なんかじゃないわよ! あんた自分で自分を悪く思いすぎだわ。それじゃあんた自身がかわいそすぎる。
あんたはもっと、自分に優しく、自分を褒めるべきだわ。自慢じゃないけど、あたしはいつも自分の事褒めてるし、優しくしてるわよ!
そうでもしなきゃ誰も褒めてなんてくれないもの。」
そう言ってミシェルを見ると、ミシェルはとても思い詰めた顔をしていて、その心は此処には無くって、何処かとても遠くにあるような、そんな感じだった。
けど、あたしが覗いてるのに気付くと、さっきまでの空虚さは消えていて、その代わりにとてもイタズラな色を瞳に浮かべて、その矛先をあたしに向けた。
「そうだよな、お前の場合はな。」
「なっなによー。あたしの場合ってのはっ!」
「マリナの場合、人に褒められる事なんてしてないものな、自分で褒めなきゃ生きていけないよな。かわいそうなヤツだ。
よし俺が特別に、いい子いい子してやろう」
って頭を撫でようとしたのよ!
ひぇーー!! ミシェルがあたしに、いい子いい子だってっ! うっ。されたい! されてみたい! 
けど、ここで素直にいい子いい子されるわけにはいかないわっ! ここは一つグッとこらえて言い返さなくちゃ。
「ば、ば、バカにしないでよっ! あたしだって褒められる事くらいある・・・ような気がする・・・わよ」
「ほら、ないんじゃないか。無理は体に良くないぜ、いい子のマリナちゃん」
うっ、心が読まれてる。
太陽の暖かさも、色も知らずに育ったミシェル。
あたしはその過去にすごく後悔をした。
もっともっと早くにミシェルに逢えばよかった。と・・・
「あたし、あんたは人生の人だと思ってるの。」
ふいにあたしが言ったもんだからミシェルも普通に返してくれた。
「人生の人?・・・マリナそれを言うなら運命の人だろ」
「ううん、ミシェル。あんたはあたしの人生の人なの。
この広い世界、きっともっと気が合う人や、もっとあたしを分かってくれる人が居るかもしれない。
出会うべくして出会って、恋をして幸せに暮らす。
きっと、そういう人が運命の人で、みんなは、そのたった一人と出会う日を夢見ているんだと思う。
多分こんなあたしにも、きっと運命の人いるんだと思う。
でも、あたしはあんたを選んだ。一緒に生きていきたいって―――あたしが生きる道、ずっと一緒に生きてく人。ずーっと一緒に。
ミシェル、あたしはあんたを自分で選んだのよ。
目に見えない神様が、あたしが生まれてくる前に勝手に決めちゃう運命の相手じゃなくて、あたしが自分で見つけて決めたのよ、残念ながら、記憶が無くって覚えてないんだけど、きっとそうよ! そうに決まってるもの!
―――だからあんたは、あたしの人生の人・・・怖がらないで、ちゃんとあたしを見て、ミシェルの全部を見せて、ねっ約束よ」
「マリナ、君は天才かもしれないよ。
俺をこんなにドキドキさせるんだから―――人生の人・・・か。悪くないね。」



ミシェルはそう言って素敵に微笑むと、ミシェルを覗きこんでいたあたしの頭の後ろに右腕をまわし、顔を引き寄せて、優しくキスをした。



あたしとミシェルの間の氷壁がまた一枚溶けてそこにわずかな、でも確かに春の訪れを感じながら話を続けた。
「・・・でしょ? 自分でも気に入ってるの」
「ありがとうマリナ・・・ありがとう」
それはミシェルが初めてあたしに向けた、心からのお礼の言葉だった。
あたしの心は毎日見える新しいミシェルの魅力に追いつけずに、もう好きとかそんなんじゃ、足りないくらいミシェルで一杯で。

彼の全てが知りたくて、
彼の全てが欲しくて、
どんどんわがままになっていく・・・



 






 
―――その夜は、久しぶりにミシェルと肌を重ねた。どちらからと云うわけでもなく、ごく自然に・・・
 
ミシェルのキスはとけるほど熱く、ミシェルの胸はとても優しくあたしを迎えた。
幸せが心を満たしていく―――
ミシェルの愛に飢えていたあたしの心・・・

夜がいつまでも続くよう、あたしは願わずにはいられなかった。



いつまでも、いつまでも






この夜が永遠に・・・・・









読んでくれてありがとう




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