2019/09/30

愛が堕ちゆくカプリース(※薫×巽🔞)



カプリース=奇想曲
※年齢操作 ※近親相姦 自衛お願いいたします





「……る、」
あの頃より少しかすれた声が、好きだ。
かつてすれ違う時に必ず香っていた、コロンとたばこの匂いは、いまはもうしない。純然たる、彼だけの香り。それが好きだ。
「……」
シャープ過ぎる頬のラインは、もちろんイケてるけれど、絶対に痩せすぎだ。暗色系の服も相まって、陰鬱ったらありゃしない。
でもそのかげりも、好きだ。
無造作げに少し伸ばした艶のある黒髪の下、今の愛用品である白山の眼鏡だけが、唯一彼の対外的な印象を和らげるアイテムになっている。ふっ、ジョンレノンかよ。好きだけど!
「薫…」
弾きこなされて琥珀のような艶をはらんだ、古いビオラのような深い声が、少し波立つ。
特有の憂いとハスキーさ、…身体の芯に、クる。
あれから更に寡黙になったから……、声が聴けるのは、貴重だ。
「薫」
ああ、気持ちがいい。
その声が、だんだんと浮上する意識を縛り、あたしという熱を象る。
集中を遮られたことによる少しの苛立ちと煩わしさ、でもそれを上回る思慕と、くすぐったさ―――。
もっと聞きたくて、あたしは知らんぷりする。
「ストップ。もう飽きたのか…、おまえ、遊んでいるね」
ちぇ、バレたか。
邪魔された風をよそおって大げさに吐息をついて、それでも演奏特有の緊張を解き、あたしは弓を降り下ろす。
「集中できないようなら、僕は席を外すよ」
「っ、わかったっ、マジメにやるから」
言葉尻に噛み付くように、かぶせる。
ったく、相変わらずレッスンに関しちゃカタブツだぜ。昔とちっとも、変わらない。
懐古の想いをはせながらも、あたしは気を引き締めた。
一緒に居られる貴重な時間だ、絶対、ムダにはできない。
それを悟られたくなくて、そっぽを向いて、浮き立つこの気持ちを鎮めようとした。
だって―――どこを探したってこんな奇跡、ないだろ?
「まだ拗ねているのか」
「本当に……、あんたが出張らないといけない案件なのかよ」
「口」
ちくりと、たしなめられる。
すれ違いざまクシャクシャと頭をなでられて、それだけで、ああもうそれだけで。
あたしはすべてを、許してあげてしまいたくなる。
零れそうになる熱い吐息を噛み殺した瞬間、これではいかんとそれを押し出す様に、鋭く息を吐く。
同じタイミングで、億劫げに、端正な唇が動いた。
「―――ヴェルボ家の系譜伯の長女が、欧州でのデビュタントを控えての、初のお披露目パーティーで使用する台の調整。ニーダロス大聖堂にバチカンでも有数の枢機卿が来訪するらしいから…、その際のオルガンの調律。
両件とも、ぜひにと言われてしまってはね、説明したろう?」
「1週間なんて…長いよ。あたしだってツアーの調整が入っちまうし、時間が……。それに、いいのかよ、ずいぶん派手な依頼じゃないか」
「それも承諾済みだよ、でなけりゃ」
受けない、よな。秘匿で、か。
へぇ、やるじゃないか。あのギャルっぽいエージェントのねーちゃん、わざと無能装ってるのか?
あたしも一度頼んでみようかな。
「それに、彼らはおまえの、パトロネージュプログラム(ファンクラブ)の会員だ。僕が行かないわけには、いかないだろ―――マエストラ・カオル ヒビキヤ」
ぶっ、マジか。
あまりに柔らかい声にびっくりして顔を上げると、バッチリ、見た。
とうに治ったはずの心臓が、悲鳴をあげるほどの甘い衝撃。
長いまつ毛に落ちる影に、憂いと哀愁をたたえた切れ長の瞳を、ほんのり淡くにじませて、彼はあたしを見つめる。
とても美しい、青みを帯びた気品のある黒色の光が、どこまでも優しくあたしだけに注がれる。
あたしのすべてを受け入れて、包んで憩わせて……甘えさせてくれる、もう何もかも投げ出して、あたしを骨抜きにするこの視線。
彼があふれこぼれる、甘美な瞬間。
もうずっといてやるから安心しろ。
ああオレが変わってやれたらいいのに。
あの時堕ちた底に、見つけてすがりついてしまった禁忌の光―――彼の真の笑顔。
ずるい、よ、兄貴。
思い出に呑まれそうになったあたしは、激しく鼓動を打つ胸を隠すように咳払いをし、あやうく弓を取り落としそうになる。
生まれてこのかた、ずっとそばにいるにも関わらず、この人が声をあげて笑ったことなど、片手で数えるくらいしかない、多分。
というか、笑うといったおよそ人らしい感情の起伏が、ほとんどないこの人の笑顔に遭遇するなんて、ヒバゴンに会うよりレアだ(少なくともあたしは)。
かといって無愛想、という訳ではないんだけど、女どもが騒いでいる、いつも微笑んでいる様な一定の表情は、実は彼なりの処世術だという事に気付いた時、あたしは胸のすく思いがした。
じゃあ、本当の笑い顔を知ってるのはあたしだけ!?
後で考えたら赤面ものの思い込みだけど、かまうもんか。
この視線は、あたしだけのものだ。
誰かに向けられていたら、あたしは気が狂ってソイツを殺すかもしれない。
そう確信させるほどあたしは、あたしのこの想いはもう、救いようがなかった。
思わずこぼれそうになった熱い吐息をかみ殺して、あたしは慌ててその場を離れ、年代物の窓枠に手を掛け、一気に外気を呼びこむ。
北欧の容赦のない空気は、瞬間肺の奥まで入りこみ、正気を取り戻させた。
あぶなかった、せっかく拾ったこの奇跡に下手は打てないんだ、しっかりしろ。
感情に振り回されるままの十代とは、もう違う。
「あのさぁ、考えてくれた? 例の件」
息を整え努めて明るく、あたしは振り返りながら気怠げに窓に寄りかかり、さも取るに足らない雑談のように口を開く。
「何をだい」
「だから、アレだよ、ほら……養子縁ぐ」
「その話はとうに終わっただろう。枷になるだけだ」
「じゃあ! 身元保証人くらい、もういいだろ…っ。師匠の言いつけで3人引き受けてんだ、1人増えたって誰も気にしやしないよ。それに、また勝手にひとりで逝かれても、困る」
しまった、と思ってももうあとの祭り。想いが、ほとばしる。
でもあたしの正直な気持ちだったんだ。
だが彼は、まるで聞いていないかのごとくドアへ視線を移し、神経質そうな人差し指を立て、薄い唇に当て押し黙った。
やがてハイヒール特有の振動が、古びた木造の床を移動するのに気が付いた。
あたしもそこそこ耳には自信はあるが、生き返ってからというもの、彼の聴力は犬並みかと思える時がある。あのフランス人、なんかいじったんじゃないだろうな。
あたしは吐息をついて気持ちを切り替え、再び窓にふんぞり返る。
やがてノックが響き、あたしはかったるく入室の返事をした。チッ、ずいぶんいいタイミングで来るじゃないか。
『ああビョルン、やっと見つけた。ン、ダメじゃない、カオルの邪魔しちゃ』
シャイな北欧人にしちゃ珍しい、明らかにこちらを牽制するような物言いで、パキッとビジネススマイルを浮かべる、野心に燃える駆出しのエージェント嬢。
入ってきた小気味良いヒール音は、よく響くG5。一定のリズムに、自分に自信のある様子を伺わせる、典型的な北欧美人だ。
『Hei(ハイ)カロリーネ。いいんだよ、あたしが呼んだんだ。彼、しばらく借りるよ』
ただでさえ馴染めないノルウェー語だが、真っ向受けて、あたしは語尾を強めて言ってやった。だから早く出ていけ、を込めて、フン。
でも、紅茶色の目はもうあたしなんか見ちゃいない。まったく、ムカッ腹がたつったら。
『ねえビョルン、また調律の依頼が入ったの。どうしても駄目かしら、みんな”詠うピアノ”の噂を聞きつけて、ぜひにってきかないのよ。とうとう国外からも話が来たわ!』
さも自慢げに響く、北欧独特のアクセントが、あたしたちを追いつめる。
心臓がひとつ、大きく跳ねた。
暮れない太陽が、濃い影を彼の横顔に落とす―――ここは最果て、北欧ノルウェー。
”あれから”彼は、ビョルンという日系ノルウェー人として、ひっそりと暮らしている。
今はもうない村出身の天涯孤独者として、3年前この街に流れ着いた調律師、というのが今の肩書だ。
あたしたちの命をすくいあげてくれた、女神のごとき親友と、その恋人であるあの完璧主義者に、でか過ぎる借りを作っちまった。
『―――契約時にも言ったが、僕は生活できるだけの件数を、匿名でしか受けない。この条件が適わないなら、契約は、おしまいだよ』
ふいにあのアルカイックスマイルを浮かべて、自ら犯した罪を清算し日本で一度死んだ男は、低く囁いた。
『そういう約束だったはずだが、カロリーネ?』
正確無比なノルウェー語で念を押すように、穏やかだがしかし、得体のしれない威圧感をもって彼は言う。
おーこわ、こうなった兄貴はテコでも主張を譲らないからな。
あたしは北欧特有の景色が広がる、窓の外へと目を向けた。
人口約6万、ノルウェー第8都市トロムソ、国際線もありそこそこ都会。
冬が2種類あるという超高緯度のこの土地は、ずっと太陽が沈まない白夜、ずっと沈んだままの極夜がある。ああ、ずっと夜明けみたいな薄明もあるな、とにかくまあ始終薄暗い感じなのさ。四季折々でにぎやかな日本とは、大違いだ。
他人とのパーソナルスペースも遠く、住民たちの人柄は温かいが、大体が総じて人見知り。
そして年間を通して低い気温の為、―――首元を出さない服装でも、誰もおかしく思わない。
ずいぶん、遠くまできちゃったね。
腕を組んで穏やかに佇むその姿は、あたしたちが育ったヒマラヤ杉に囲まれたあの家にいた頃と、ちっとも変わっちゃいないっていうのに……。
『オーコー(OK)わかった、降参! ちょっと言ってみただけ!
必要最小限、身バレ厳守、了解です。だから、どうかお願いだから、辞めるなんて言わないで、ね?』
揺れるブロンドに、意識が引き戻される。
あんまり脅すなよ、こんな訳ありのを疑いもせず、こっちの言うままで使ってくれてんだからさ。
でも彼女が落胆する気持ちも、わからないでもない。
こういった極地での楽器調律は本当に難しく、神経を使う。
整った施設や設備、保管条件が良好でもない限り、人前での演奏なんか壊滅的だ。
その極めて難しい技術を今の生業にして、彼は生きている。
昔とった杵柄、バンザイだ。
しかし幸か不幸か、彼生来の気質も功を奏し、かつて弾く側だったスキルも総動員されての繊細な調律は、誰もが唸るほどの音の深みと輝きを生んじまったんだ。
奏者の個性を汲んだ台からは、まるで詩がこぼれてくるようで、詠うピアノの二つ名を、聞く者の耳にまことしやかに囁いた。
しかしそれは、彼の、あたしたちの本意とするところではない。
目立つのは、絶対にまずい。
でもこの仕事を薦めたのは、何を隠そう、あたしなんだ。
矛盾してる? ハッ、知ったことか。
一度死んだ人間と、そしてその傍にいるっていうこの非現実的現実に生きるあたしに、矛盾も理屈もへったくれもない。
あたしのために、ただ生きる為だけに生きるには、あまりに茫洋な時間が横たわってるんだ。
もちろんはじめは反対された。
でも、それじゃまるで人形だ。
あたしはこの人に、自分の意志で生きるって事を、感じて欲しかった。
欲を言えば、また一緒に音を追えるんじゃないか、いやそうしたいって思っちまったから。
本当はあたし以上に音楽に対する愛着、もしくは愛憎か……がある事を知ってる。
それがあたしの敬愛する彼の姿だったし、何より今のあたしとあたしの音を創ったのが、彼だったから。
だから生きてくれるなら、どんな小さな事でもいい、音に関わって欲しい。
このガンコ者を何度も説得し、ついに首を縦に振らせた時、あたしは飛び上がるほど、嬉しかった。
……でも、やるせない。
やもすれば、音楽界の宝となる腕なのに。
あたしだって楽器弾きの端くれだ、それがどれだけの損失を生むか、分からない程バカじゃない。
だが拾われたこの命は、その為に蘇ったのではない事だけは、確かで―――。
ハッ、もう、メチャクチャさ。
あたしのこのキチガイじみてるジレンマをまるで見透かすように、いや、同じ運命に殉じる共犯者のそれのように……切れ長の目元が刹那、にじむ。
ドキリとして視線をそらすと、それなら問題はないよとひどく魅力的な声で彼女をなだめるさまに、急激にリアルに引き戻され、胸がザワついた。
この天然タラシが!
『出発までまだ日があるから、必要なチケット類は送ってくれ。……続きは僕の家で、いいよねカオル?』
ああもう、ノルウェー発音で呼ばれるとこそばゆいったら。
『あの、ビョルン、今夜の予定はある? パッパ……社長がミーティングも兼ねて、食事しないかって』
『すまないけど、しばらく仕事に集中したいんだ。このマエストラの前で手を抜くと、ひどい目にあうからね』
彼の問いに返事をしようとした矢先、カロリーネに口を挟まれムッとした。
が、それをまるでスルーして、あたししか見てない黒い瞳に免じて気分を良くし、置いてあった手入れ用のクロスを投げつけたが、難なくかわされちまった。ちぇ。
家族経営の小さな仲介事務所を背負う、優秀だがしかし、まだまだお嬢ちゃんな彼女は、抱えたバインダー類を再びかき抱き、後ろ髪を引かれるようにして、部屋を出ていく。
その背中が、なんとなくかつての自分と重なって、ため息が出た。
(女と一緒にいる兄貴の背中を、いったい何度見送ったか。)
この男に惚れると厄介だぜ、やめた方がいい―――それに、もう、あたしのものだからね。
差し込む薄日で、申し訳程度に床ににじむ彼の影を、あたしは逃がさないとばかり、そっと踏みしめた。
そして、古ぼけてガタつく窓をなんとか閉め、あたしたちは、移動のために支度をする。
「今更だけど、名前、気に入ってる?」
彼の新しい名前は、あたしがつけたものだ。
ビョルン(熊)、北欧ではありふれてるけど、あたしにとっては特別な名前。
「僕のイメージって、熊なのかい?」
「まあよくある名前だし、それに」
あたしは辺りを伺い、声を少し落とした。
「一番最初に稼いだギャラでプレゼントしてくれたろ? …あたしの一番の、相棒だったから」
まだ小さかったあたしは、両親も彼も居ないあの大きな家でひとり、そのクマの人形を抱きしめて、何夜も過ごした。嬉しいこと悲しいこと、あの子には何でも話したっけ。
「光栄だ、嬉しいお返しだね」
いつの間にかあたしの真後ろから手を伸ばし、カーテンを閉めざま―――髪にキスをする気配。
(ありがとう、薫)
ひゃぁあああっ
それは秘密の宝物のように、あたしの名前を呟くその密やかさに、腰がくだけそうに、なる。
ふいに崩折れそうになる身体を片腕で支えざま、あの程度の演奏でへばったのかいと、甘い笑みをその声に溶かしながら、わざと耳元で囁く。
「まだまだだね」
そう、あたしの想い人は、実はひどく、意地が悪いのさ。
気力をふりしぼって赤く火照る頬を隠し、渾身のにらみをきかす。
「怖い怖い」
あたしを立たせながらスマートに身支度を整え、彼は車のキーを手に取った。
そうしてさっさと出ていくその背中を、あたしは惚(ほう)けて、見送っちまっていた。
泡食って荷物をケースに詰め込みながら、まだ彼の背中を追いかけてる自分に、少し嫌気がさす。
いつになったら、あたしはあの人の隣を歩けるんだろう。
もしかしたらこの先一生、あの背中を追いかけ続けるのかと一瞬ぞくりとしたが、しかし不思議と

―――悪い気はしなかったのさ。




地下ブログ~真夜中の恋人たちへ続く☟





掲載されてるイケオジ風の巽さんはコチラで作らせて頂きました…っっ///

ヤバイ、好みがドストライク過ぎて腰抜けそう…(〃ノωノ)/// スミマセン…///

ああ、やばいぃぃぃぃ///








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