2015/08/01

とろけるほど愛してる 1

※この作品は、創作『夏まつり』の続編となっております。
あとラヴィアンローズ・記憶の迷宮でだきしめて!も読んでないと細かいネタがわかりにくいかもです(笑)
先にそちらを読んていただくことを推奨いたします♪
そして言っておきますが、『ほんのりアブノーマルR-20』です(笑) ご注意をww

そして

 「この小説はフィクションであり、 登場する人物、団体、建物、飲食物は実在のものと一切関係ありません。ありませんったらありませんw」



この作品公開をもって、LPDはしばらくお休みとなりますm(_ _)m

またいつか、この場所でお会いしましょう! それまでどうぞお元気で!( ´∀`) 





とろけるほど愛してる(1)




「なによもうっ、あんたいい加減なことばっか言って!
お茶ったって、紅茶じゃなくて、お抹茶の茶道の方だったじゃないっ。
お茶も飲めなかったしお菓子も食べれなかった~っ!
まったく、足しびれ損よっ」





周平と別れて祭り会場を出た後、ホテルへ向かうはずだったフランス大使館の車に乗ったあたしたちは、なぜか大使の公邸に招かれ、そこで足止めをくらったの。
フランス大使館って、南麻布にあったのね。飯田橋のあたしが元いたアパートから、歩いて1時間半てとこじゃない。
そんでもって、すんごくスタイリッシュでおしゃれなの、一瞬美術館かと思ったわよ、何このガラス張り!
しかも周りが、も、森よ、森なのよっ、マイナスイオンなのよ!
ここ、ほんとに東京!?
シャルルに聞いたら、ここはもともと尾張徳川家の江戸屋敷跡を譲り受けたそうで、敷地内の大使の住んでる公邸の庭園とかも、なんとそのころのままの状態で保存されてるんですってっ、びっくりよね。
その森に囲まれた中にある公邸の、まぁどデカイこと!
それに築50年も経ってるってのに、ちっとも古くさくないの。
2階建てで、1階は年間約1万5千人ものお客さんを迎える迎賓館として機能してて、フランスらしさを感じる空間。2階は大使のおうちだけじゃなくて、フランスから来るVIPの為の貴賓室や、ゲストルームになってて、こっちは日本らしさを感じられるようになってるんだって、凝ってる~!
エントランスがまたバカでかいこと、ここで何人ラジオ体操できちゃうのかしら。
あたしが呆然とつっ立ってると、キリッとしたざ・フランス美人って感じの女性が階上から降りてきて、あたしをチラリと見るなり、シャルルとにこやかに挨拶。
うう、フランス美人の視線ていまだに慣れないわ、妙に冷たいのよね~。
あたしがシャルルの影でじりじりしてると、いきなりぐいっと前につき出されて、

「挨拶が遅れました。彼女が、我がアルディが迎えた、最終兵器ですよ」

なんつって、とんでもない紹介をしたの! なんなのよあんたっ。



「ーーーLe Temeraire!(ル・テメレール)」



シャルルをぎんと睨んでると、聞きたくないあの言葉を目の前でそう叫んで息を飲むなり、フランス美人はクックと笑い出して、あたしはあんぐり。
げっ、なんでこの人そんなこと知ってんのよ。
”あの記事”がやっとパリ界隈から消えてホッとしてたのに、なんで日本であのイマイマしい単語を聞かなきゃナンないのよ!

「ごめんなさい、友人に送ってもらった雑誌にのってて。すごくあなたに会いたかったのよ。
アルディの若き当主が選んだ方ですもの、普通のレディじゃないだろうとは思ってたけど……。今日も素敵に普通じゃないみたいね! 素晴らしいわ、私ファンになりそう、よろしくねマリナ」

光に当たると優しげなオリーブグリーンに輝く瞳をほころばせた彼女は、どうやら大使の奥さんらしく、名前をリュディヴィーヌといった。
素敵に普通じゃないってあんたね……とあきれつつ、はたと自分のかっこを思い出して、あたしは足の先まで青くなったの。
ああっ、ほんとに普通じゃないわっ、最悪の羞恥プレイじゃないの~!
あたしの慌てふためくその様子に気づいた3人は、なんか楽しそうに笑っちゃって! なんなのフランス人、感じワルっ、あったまくるわあっ。
まさに文句言おうと大口開けたその瞬間、奥さんがあたしの肩をクルリと回して、2階へと促そうとしたの。

「男たちをびっくりさせてやりましょ、マリナ。
私のワードローブへいらっしゃい、見立ててあげるから」

えっ、えっ。

シャルルに意見聞こうと思ったら、あいつったらもうあたしなんかそっちのけで、大使と「ヨウヘンテンモク」だの「ユテキテンモク」だのって謎の呪文を興奮気味に喋りながら、どっかへ歩いて行っちゃった。
あたしは、あれよあれよという間に引っ張られて、和と洋が不思議に融合した、長い絨毯敷きの廊下を、彼女と連れ立って歩いて行った。
リュディでいいわよと柔らかく笑った彼女は、これまたすんごい日本フリークで、このへんの町内会のお祭りのお神輿をかつがせてもらったとか、着物がどれだけ美しいかとか、目をキラキラさせて話していた。
リュディの方があたしよりよっぽど日本人らしいじゃないというと、そうしてないと息苦しくって、とカラカラ笑い出したの。
ああ、やっぱ異国に住むって大変よねぇ、その気持ちわかるわぁ。
とあたしが我が身を振り返り妙な連帯感感じていると、彼女はわくわくしたように、可愛らしく華奢な肩をキュッとすくめた。

「うちは子供3人ともワンパク坊主ばっかりで、つまらなくて。やっと着せ替えができるわ!」

そう勝手に言い放ちながら、ある扉の前で立ち止まり、そのドアをバーンと開け放つと、まあ壁から天上から、靴やコートがずらーっと並ぶ、まるでショールームみたいなありさまの部屋が現れた!
壁かと思ったその中も、洋服やドレスがギッシリ。
でも驚いたのは、その中に着物タンスが隠されてたことだったの。それも相当な量の! 
ドレスとかはともかく、これらはほんとに純粋に、リュディのコレクションらしい。
うっわ、売ったら一財産できそうだわっ。
だって確か着物って、高いものだとン百万とか軽くいっちゃうのよね!?
あたしがそんなヨコシマなこと考えてると、コレクションを物色しながら、リュディが言った。

「ねぇマリナ、ところであなた、本当に20歳すぎてるの? 正直におっしゃいよ」

ほっ、ほんとに売っぱらうわよっ、がるる!








色とりどりの布地に囲まれながら、ああでもないこうでもないと、リュディとあたしはお互いの生活の話も交え、浴衣を選んでいた。
でも彼女が一番大事にしたのは、これからどこへ誰と何をしに行くか、だったの。つまりTPOね。
ちょっと恥ずかしかったけど、あたしがシャルルとの事情を話すと、にっこり笑ってなぜか更に張り切りだしたの。

「そう、それは腕によりをかけなきゃね。ムシュゥも気の毒に、ウフフ。
ねえマリナ、あなたがとっても若く見える理由が、ちょっとわかっちゃったわ。日本人だからって理由だけじゃなくてね」

そりゃあたしは思いっきりチビだし、頭デッカチで幼児体型だしって開き直っていうと、彼に聞いてごらんなさいって、はぐらかされちゃった、はて。

「浴衣はともかく、下着はさすがにサイズが合わないわねぇ」

リュディはどこかへ電話をかけながら、選んだ浴衣の丈を手早く直していた。その手さばきの見事さったら!
実は彼女、すっごい腕利きの元パタンナーで、ファッションショーを見に来ていた今の大使と、そこで知り合って結婚したんですって。
でも服飾業界と、政治家の奥さんって、畑がゼンゼン違うわよねえ? 迷わなかったのかしら。
そう聞くと、「だってセックスが最高だったんですもの」だって。
あ、あっそ……さすがアムールのフランス人。
やがて、どういうルートを使ったのかこの時間、超特急で届けられた総レース下着(!)を、シルエットがきれいだからってむりやりつけさせられ、あたしが着せられた浴衣は、血の滴るような赤地と夜色の黒に、見事に染め抜かれたちょうちょが、彼岸花の合間を飛び回る、というとんでもない柄のモノだったの!
半端帯は艶やかな漆黒、その上に巻かれた朱色の帯締めが、結び目がこれまたちょうちょに整形されてて、まるであたしのお腹にちょうちょがとまってるみたいになってる。
鏡に写った自分は、たぶん人生で初めて感じるくらいありえないくらいドギツクて、なんていうか、すごく……イケイケって、もう死語かしら。
攻撃的っていうか、攻めてるっていうか、主張しまくってるというか……いやあっ、ナイわよコレ~~!

「りゅ、リュディ! あたしこんな派手なの似合わないわよっ」

「Oui~! とっても素敵よマリナ、フェロモンばっちり、ウフフ。
早くムシュゥアルディに見せに行きましょ。彼、たまらないって顔するわよ、きっと」

ばっちりメイク直しまでされちゃって、もうあたしはほんとに、リュディの着せ替え人形になったも同然だったの。
しかも彼女、あたしのことやりながら、自分もパパっと着替えててびっくり。
白地に紺の芍薬が流水に浮いて、すごくシックで涼しげで、長身の彼女でもとってもよく似合ってた。そこになんとターコイズブルーの帯を持ってくるんだもん! この大胆な配色の上手さ、フランス女性ってすごいと思うわ~。


「いざムロマチよっ」


鼻息荒くリュディが叫んだそれは、なんかどっかで聞いたイントネーションと違う気がしたんだけど、あたしはもはや、それどころではなくなってたの……うわーん。







なんと、再び案内されたそこは、プライベート区画のさらに奥まった場所に建つ、大使が自分で造っちゃったという、茶室だったの!
せまい潜り戸を抜けると、浴衣姿のシャルルがすでにお点前を受けてて、あたしは仰天した。
大使もいつ着替えたんだか、上質な和服ロマンスグレーに早変わり。
セックスが最高とか聞かされちゃうと、うう、大使の顔見づらいじゃないのよまったく。
あたしは大和撫子なんですからねっ。
しかし目の前で繰り広げられる光景……ふたりの外国人が、日本の茶道をたしなんでるその異次元空間に、あたしは一瞬目眩がした。なんなのよ~ここはっ。
でもアルディの修行の中で、お茶やっといてよかったわ。
お、お作法覚えてるわよねデカ頭!?
内心冷や汗のあたしと、キリと涼やかなリュディは、亭主である大使に途中入室の礼をして、茶室に入った。
とたんにシャルルと視線がバッチリ!

あのシャルルが、あのシャルルがよ、あたしの姿見るなり、お茶碗取り落としそうになったのよぉっ。
すぐに我に返って、あっという間にいつものシャルルに戻ったけど……なに、今の。


「これは艶やかな登場だ。二人ともとても美しい」


「―――ええ、とても」


大使の言うのを受けて、シャルルも言葉少なにそう言うと、次いでいきなり帰る旨を言い出したの!

ええ!? 

せっかくだからお抹茶のみたいのに、あわよくば茶菓子だって! 何言い出すのこいつっ。


「茶碗の鑑定の件は引き受けました。もし本物だったら、世紀の大発見ですね。世界で4点、または5点目の曜変天目だ。たとえ本物でなくともあの状態の良さなら、相当の価値がつくでしょう。
―――よろしければ私が、悪いようにはしませんが」

「もし君が私なら、譲ると思うかね」

穏やかだけど、さすがに海千山千の大使の物言いに、シャルルが少し肩をすくめて吐息をつくと、二人はお互いにニヤリと笑い、やがて、



「結構なお点前でした」



と、シャルルはすっと視線を下げた。

そしてなんとなんと、あたしも見たことないくらい美しい完璧なおじぎを、えーとなんて言ったっけ、そうっ、真のお辞儀の総礼ってやつをしたの!
両手のひらを畳にべたりとつけて、背筋はぴんとしかし気負わず、そっと上体を傾け、誰もが見惚れるような美しすぎる座礼を、このシャルルがしたのよぉ。
サラサラした白金の髪が放つ細やかな光があんまりにも綺麗で、小さな宇宙といわれる茶室の雰囲気を、完全に食っちゃった。

すごっ、綺麗……こりゃ利休がいたら、異人さんにここまでやられたらひっくり返るかしら。

そんなことを想像してたら、あっという間に外に出されて、そしてお別れやお礼の挨拶もそこそこに、ポイっと車に乗せられ、連れ去られるように大使公邸を出ていたの。
慌ただしい別れ際、そういえばリュディが耳元で「ホラね」って囁いてた。
な、なにがホラなの!?

というわけで、話は冒頭のあたしの文句につながるわけなの。









「―――足しびれ損って、だいたい何分も座ってなかったじゃないか」
「正座キライなのよっ」
「どうせ怒られて反省のためにさせられて嫌になった、程度の理由だろ」

ギクッ

バツが悪くなって、流れる車窓に映るシャルルの横顔をそっと盗み見ると、具合が悪いのか機嫌をそこねてるのか、僅かに眉根を寄せて、なんだかイライラしてるみたいに見えた。
だけど、なぜかあたしの手だけは絶対に離さないのよ。
広すぎる後部座席なんだから、あたしもっとゆったり座りたいのに、ギリギリと引っ張られて、なぜかシャルルにべったりくっついちゃってる。
あっつぅ。
んもう、手も汗かいて気持ちワルいじゃないっ。
空いてる方の片手でわざと手ウチワしながら、あたしはどこへ連れて行かれるのかもわからずに、またシャルルに振り回されてたの。
「はじめは、こっちがお礼するはずだったじゃない」
「いいんだ、それ以上のものは提供してきた」
低くそう言い放って、またあたしの手をギュッと握りしめる。
いいかげん痛いんだけどと言おうとしたその時、車は音もなく、きらびやかなホテルの車回しに滑り込んだ。

え、もうついたの?

まだ何分も走ってないわよね。

シャルルは車を下りるなり、囲うようにあたしの肩を強く抱き、まるで周囲から隠すみたいにして、有無を言わさない雰囲気ピリピリで、ホテルのロビーを突っ切った。
瞬間、さわって空気が変わったのがわかった。
そりゃキラキラ頭のイケメン外国人と、子供みたいなあたしの浴衣着たカップルなんて、珍しいわよねぇ。
あれ、チェックインとかしないわけ?
シャルルが足を止めないのを不思議に思って、なんとか首を回してロビーを振り返ると、数人の男の人達があたしにウインクを送って来た!
げっ、なんなのよ。と、慌てて首を戻すと、いきなり顎を持ち上げられ、覆いかぶさるようにシャルルが唇を押し当ててきたの!
ラグジュアリーホテル特有の、ほの暗くアーティスティックな変なエレベーターホールで、あたしは呆然とキスされてた。
いくらシャルルがフランス人でも、こういう公な場でこんなことする奴じゃないのに!
あたしはあわててチュッポンと唇を離し、ゼーゼーと肩で息をした。

な、な、なんなの、変! シャルル、思いっきり、ヘン!!

シャルルは氷みたいな無表情であたしを見つめ、その時背後で音もなく開いたエレベーターに、混乱するままのあたしを押し込んだ。




思えばこの時、あたしは死に物狂いで抵抗すればよかったんだ、と、考えても、後の祭りだったわけで…………この後あたしをおそった出来事は、生涯忘れられないだろうし、アレを食べるたび、否応なしに思い起こされることを考えると、シャルルのやつを訴えてもいい気がする…………とっほっほ。











エレベーターは10階で止まり、そのフロアに出ると、ごくプライベートな感じのフロントがまた現れ、シャルルはそのカウンターで手続きをしていた。
聞くとここは、スイートとかに泊まる人用の、エグゼクティブラウンジなんだって。
は~要するに、金持ち専用窓口みたいなもんか。
あたしがキョロキョロしてると、コンシェルジュらしき人と話してたシャルルに、またしてもぐいっと軌道修正され、またエレベーターに乗ることになった。

その間、ず~~っと無言。

気味悪かったけど、こいつの機嫌損ねるとあとがメンドクサイから、触らぬ神にタタリなしってことで、おりこうのあたしはジッと知らん顔してた。
やがてエレベーターは最上階に到着。
ドアが開くと目の前はなが~い廊下で、その間何のドアもなく、だ~れもいない。
行き止まりに観音開きの大きなドアが、あたしたちを待ち構えていた。

も、もしかして、フロア貸切の部屋!?

シャルルは先に立ってその扉を開けると、広いエントランスにポツンと置かれたコンソールに、巨大な薔薇の花束があり、彼は恭しくそれを抱え、呆然と立つあたしの胸元に捧げ―――






「ようこそシャルル・ドゥ・アルディの『パレ・ド・グラス』へ」






と気取ってお辞儀をすると、なんとなんと!
フランスの夏にはつきものの、苺味のコルネアイスまでくれたのっ。
きゃーん!
思わず薔薇の花そっちのけで叫んじゃって、シャルルにジト目で見られたけど、でもでも、喜んでいいのよね!? だってこいつがくれたんだものっ。
コルネって、クッキー生地みたいなパン生地みたいなのに入れられたアイスなんだけど、まあ早い話がコロネパンって日本にもあるじゃない、角笛みたいな形の。あの中にクリームじゃなくて、アイスを入れるのが、フランス流なわけよ。
一般的な下町グルメって感じ! あたしこれなら何個でも食べれちゃうわよっ。


「ふぁひふぁと、フャるる、ンー最高!」


薔薇の花束に埋もれながら、シャルルが不機嫌だったこともすっ飛ばし、あたしはただひたすら、涼と失った水分を求めて、その甘味にパクついてしまっていたの。

「こんなもので喜ばないでくれよ、ほら、こっちへおいで」

ちょっと呆れ顔のシャルルにうながされ、エントランスから左のドアへ入ると、ななな、なんと、ものすごい空間があたしを待ち構えていたの!
体育館みたいな天井高のリビングダイニングがどばーっと広がり、右手奥には専用プール!
専用のキッチンに専用の中庭、東京のド真ん中のホテルの部屋なのに、空が見える!
反対の左手にはこれまたどデカイベッドルームで、その奥は全面ガラス張りのテラスになってて、なんと朱色に輝く東京タワーがバッチリ!
巨大なキングサイズのベッドがツインで置かれたその後ろの障子窓を開けると、総大理石のジャグジーバス!
ああ、ここを開けると、お風呂に入りながら、ベッドルーム壁にかけられた巨大テレビを見れるようになってるわけね。
あ、あの、お風呂ってドアとかないのね? まあ海外じゃよくあるか。
とにかく、歩きまわるだけでも息切れしちゃうほどの広さの部屋に、あたしは開いた口がふさがらなかった。そんでもって、さっき薔薇の花もらったエントランスの右側には、コネクティングルームもあって、そこにも立派な部屋があるらしいの!

「ここは260㎡もあるぞ、迷子になるなよ」

こりすみたいに落ち着きなく動きまわるあたしにクスッと笑って、シャルルはどこかへ身を翻した。

げげっ、260!!? ってことは、あたしボロアパートが…………ささささ30個弱入ることに……!?

さあっと青ざめて、あたしはこんな世界が頭の上にあったことに、あきれるやら腹が立つやら。
なんか、世界って理不尽よね。
もともとリッチなシャルルはともかく、もともと貧乏庶民なあたしがこんなとこにいると、間違ったことしてるみたいに感じちゃうわ。
ほら、悪いことなーんにもしてないんだけど、街なかでおまわりさん見ると、ドキッとしちゃうみたいにさ。
それにふたりなんだから、なにもこんなどデカい部屋とらなくても、まったくシャルルったら。
くっそ、どうせなら、自分の原稿料とかで大手を振って泊まってみたかったわ! いいえ、いつかきっと叶えてみせるわよっ。それまでこの部屋のこと、ちゃんと覚えておこっと。
とまあ、やっぱりどうなっても結局ビンボー思考が変えられないあたしは、探検気分いっぱいで、クルクル回りながらそこら中を歩き回った。

でも、ふと気になることが。

なぜか部屋のいろんな場所に、煙が漏れ出るナフキンの上に、バラの彫刻を施された氷の器が置かれているのが見えたの。
不思議に思って、上に覆われてるナフキンを取ると、その中には―――



「うわあ可愛いケーキ!!」



うっそー! いたるところに、ケーキが置かれてるのよこの部屋!!
びっくりしてシャルルを振り返ると、どっから出してきたのか、芸術的に綺麗なケーキを持ってきてくれて、広いリビングのテーブルに置いた、煙の出るナフキンの上にそっと鎮座させたの。

「おいで、マリナ」

あたしは、巨大な円を描いてるリビングソファーにとりあえず薔薇の花束を置き、シャルルのそばに駆け寄り、ちょこんと座った。
目の前に置かれたものは、食べちゃうのがもったいないほど可愛いケーキで、ハート型に成形されたそのフォルムは、少女漫画家のハートにもドストライク! おまけにチョコだと思うけど、まるで本物にしか見えないアンティークの鍵がその上に横たわってるの!
かっ、可愛いっ、でもでも美味しそう~。

「食べるかい?」

斜め上から覗きこまれて耳元でそう囁かれ、ちょっとドキッとしたけど、とにかくその味を味わいたかったあたしは、猛然と首をタテに振っちゃった。
あたしの様子に、シャルルはクスリとあやしく微笑み、銀のフォークを手に取ると、やおらそのハートに切り込みを入れ、きれいに一口サイズをのせると、あたしの口に運んでくれたの。

「……っ、ンぐ、これっ」

「そう、普通のケーキじゃないよ。アイスケーキ、つまりグラス(アイス)をケーキのように菓子の形で食べるのが、フランスでは一般的なんだ。だからさっき言ったろ? パレ・ド・グラス(アイスクリームの宮殿)って」

へ!? あ、あっ、そっかぁ!

「なかなかいいアントルメグラッセ(アイスケーキ)を出してる店を見つけたから、特別にサイズを小さめにして作ってもらった。ふたりで食べられるようにね、―――どう?」



このアイス、信じられないくらい美味しい……っ。



質より量のこのあたしを黙らせるくらいだから、相当なものよ!?
あっ、この煙の正体わかったっ。
アイスケーキだから、この下のナフキンにはドライアイスが入ってるんだわ、溶けないように!
そんなことを考えながらも、あっという間にたいらげちゃって、最後のひとかけらを口にいれようとしたら、シャルルがあたしの手を強引に引き寄せ、自分の口にそれを入れた。
ああーっ、最後だったのにぃっ、何すんのよっ。



「”ふたりで”って、さっき言わなかったか?」



……あ、そうでした、えっへっへ。

ジロリと睨まれてたじろいでると、シャルルは残った鍵チョコを口にくわえ、挑戦的にあたしに向き直った。口元でゆらゆらと揺らしながら、あたしを誘ってる。
うっ、チョコは食べたいけど、しゃ、シャルルったら恥ずかしいことを!
あたしがモタモタしてると、パキンと音がして、鍵が短く!!
わわっ、早くしないと、シャルルに食べられちゃう~っ。
あたしが慌てて鍵の端っこに食いつくと、目の前に迫ったシャルルは扇情的に微笑み、時折赤い舌を見せ、そのチョコを味わいながら、徐々にあたしに近寄ってきた。口いっぱいに広がるクーベルチュールの濃厚な甘さと、ーーーシャルルの舌のなめらかさに、あたしはたまらなくなって、シャルルの胸にとりすがり、夢中でそれを味わった。

「ーーー君の鍵を開けるのは、いつだってこのオレだーーー」

熱っぽい艶をはらんだ低いその声は、溶かしたチョコレートのようにあたしをねっとりと包みこみ、危険なほどの陶酔に、あっという間に引きこむ。
夢中でキスしてると、なんかヒヤリとした冷気が、あたしに近づいてきたの。
不思議に思って目を開けると、シャルルが、また違うアイスケーキを銀のスプーンにのせ、あたしの口元に運んでくれた。
これはソファーの影に隠れてたやつね。

「……当ててみて、名探偵マリナ。おっと、名犬かな、フフ」

ムッとしながらそのスプーンにかぶりつくと、今度はバニラとイチゴのアイス、ほのかにアーモンド、あっ、ショートケーキみたい。んふ~おいちぃい~~!

「でもなんでかしら、ちょっと香りがバラみたい」

「さすが名犬、このイチゴはフランス産のマラデボアといって、バラに似た上品な香りが特徴なんだ。色調も綺麗で風味も素晴らしいだろ」

「うんっ、とにかく最っ高!」

それもふたりでペロッと食べちゃって、あたしはシャルルを引っ張って、新しい味を探しに行こうと立ち上がった。
シャルルは浴衣の袖をちょっとまくると、あたしをクルリと後ろ向かせ、大きな手で目隠しをしたの。



「どうせならゲームをしよう、次の味を当ててごらん」



あたしはキャッキャいいながら、シャルルに誘導されて、広いフロアをフラフラ歩いていった。



  右? 

           違うよ、左。 

わっ、ここ柱じゃない! 

                  フフ、もっと左だよ。


「ひゃ、冷たい! これね」

「オーケー、目は閉じたままだぜ。……はい、口を開けて」

「あーん」



もぐもぐすると、またしても感動の味が口といわず鼻や脳天、とにかく体中に美味しさが広がるのがわかった。

「ン~~~っ、……チーズ!! コレおいっしぃい! もっとちょうだいよっ」

「ハイハイ」

「すごっ、フワフワのスフレ生地に、チーズのアイスとシャーベットが層になってるのね! 
チーズシャーベットなんて初めて!」

「クリームチーズとマスカルポーネのドゥーブルフロマージュだよ。お気に召しましたか、マダム」

「召した召した! 次行ってみよ~っ」

「やれやれ、もっと味わって欲しいが……ねえマリナ、オレも両手が使えなくて不便だから、アイマスクしてくれないか」

「え、いいわよ」

両目を覆うシャルルの手が外れて、代わりにアイマスクがあたしの光を奪う。

「よし、さあ次はどんな味かな?」

「当てちゃうわよ、まっかせなさ~い!」

シャルルに手を引かれて、時折ダンスしながら、あたしは広い広い、この特別な宮殿内を思いっきり楽しんだ。
次のアイスも感動で、サックサクのココナツ生地の上にココナツアイスと、マンゴーと……んーパッションフルーツかしら? それのシャーベットがのってるの! 木苺も添えてあって、オレンジソースがほのかなアクセントになってる、まさに夏って感じの珠玉なアイスだった。





「はー、幸せすぎるわこんなのっ。ありがとシャルルぅぅ~~、てっきりあんた、怒ってるものとばっかり」

「……身体が冷えるからね、一度休憩。ほら、お茶を飲んで」

「マスクとってもいい?」

「ダメ。ゲームはまだ途中だぜ」

「えっ、こ、コワイわよこんなんで紅茶飲むなんて!」

「温度はそれほど高くない、オレもついてる、大丈夫だよ」




座らされたソファーで、香り高いアールグレーを飲まされ、アイスで冷えた身体が、ホワっとゆるむのがわかった。
ふわ~気持ちいい。シャルルって、こんな面白いこともしてくれるのね。
この時あたしは、結婚に向けていろいろ頭を悩ませてたけど、シャルルがいれば本当に何の心配もいらないんじゃって、思えてきたの。
自然とシャルルの広い胸板に寄りかかり、あたしはのびのびと手足を伸ばした。
シャルルは、そんなあたしの髪の毛で遊ぶように、指先でクルクルと巻き込みながら、時折優しく頭を撫でてくれた。
おでこやほっぺに唇を押し当て、その気持ちよさに、あたしはうっとりとしていた。するとーーー

「そういえばマリナ、君以前、ヒビキヤに”人間なんだからたまにはハメをはずして、言っちゃいけないことでも口走ってもいいと思う。そのほうがきっと楽だし楽しい”って言ったらしいね」

突然なにかと思えば、それは風にかえれでユキ辻口の別荘で書いた手紙だった。
なんでそんなことあんたが知ってるの!? と喉まで出かかったけど、シャルルに”なんで”なんて聞く方が間違ってる気がした。
やろうと思えば、この世に不可能なんかないって豪語する奴だもん、実際そうだし。
あたしはビックリした気持ちをゴックンと飲み込んだ。
アイマスクしてるからわかんないけど、つい癖でシャルルを探すように上向くと、切なく悩ましげな囁きが、あたしに振ってきたの。

「―――オレも言っていい? 

異論はないよね、君に触れられない48時間を耐えたオレを、楽にしてくれるよね?」

何のことかよくわからなかったけど、シャルルを楽にするのに異論なんかあるわけない。
あたしがこくりと頷くと、満足げな震える吐息をついて、シャルルは初めて聞くような低い低いかすれ声で、―――あたしにこう言ったの。









「じゃあ、縛らせてもらうよ」

続く



★続きはデジタル同人でお楽しみ下さいっ( ´艸`)❤


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