2015/08/01

夏まつり3



だんだらの提灯が、鬼火のように浮かび上がり夜空を埋め尽くす中、広場の中央にひときわ大きな櫓(やぐら)がそびえていた。


その八方を囲む平太鼓の打ち鳴らす旋律が、力強い螺旋を描きながら櫓を取り巻いていく。

音階などないに等しい楽器なのに、その皮面から打ちだされる高低の打音は、人々の心に不思議な緊張感と高揚感をもたらした。

そんな中マリナは、二人の男があげた夜店めぐりの成果を十二分に堪能していた。
頼んだ以上に品物が多かったのは、おそらく彼らの自発的な行動によるものでなく、見知らぬ人々に貢いでもらった物であることは容易に想像できた。
周囲とこれだけ容姿を異にする彼らの知り合いで本当によかったと、マリナはかきこんだカキ氷のひきおこす頭痛さえ、にんまり笑って耐えた。

しかし、それを冷ややかに見下ろす視線がひとつ。


『マリナ……君が見ようと言いだしたんだろ?』

「くぅ~、いたたた…、え? ちゃんと聞いてるわよ耳で。
今目と口は必要ないじゃないっ、音楽鑑賞は耳が主役ですもの、他の部分が違うことしてたって別にいいじゃない」

「ほっとけよ、こんな全身胃袋の味覚しかないやつなんか。
…あ~なんだっ? 腰のぬけたような音出しやがって! 大太鼓がピリっとしてねぇと全体が締まんないじゃねぇか」

『……』

「相変わらずのお祭り野郎ね、あんた。
ほんとはあの大太鼓のバチ奪うために帰ってきたんじゃないの? 
シャルル、周平はね子供ン時からバカみたいに高いとこが好きでね、ずっと櫓を陣取ってあの大太鼓の片面ドカドカぶってたのよ」

『ああ、だから彼に声をかける人間が多かったのか』

「っんだよ、その掛け合いは! ”流れ”もすぱっと決まってねぇし、あーあ、無理して移動打ちなんかやるなっ、長胴の音が死ぬっ」

「うるさいわねぇ、小舅みたいっ」

『……聞いてみたいな、彼の演奏を』

「え?」

ただでさえ身長差があるというのに、耳をつんざくこの和太鼓の音で、マリナはシャルルのつぶやきを聞き逃した。
自分の右隣で、腕を組んでそうしてじっと櫓を見つめているシャルルは、白金髪の碧眼だというのに、着ている浴衣から下駄から全てが馴染んで見えて、そこからは言い様もないほどの色気が感じられた。
洋装の時には見られない体の線の美しさ、普段は隠された横顔の精悍さ、そして異郷での解放感も手伝って、まるで見知らぬ人物のように見えたマリナは、あやうく持っていたりんご飴を落としそうになり、慌てるのだった。
一方シャルルは打ち続く打楽器の旋律に耳を傾けてはいたが、意識は隣で幸せそうに飴をなめているマリナの方に囚われていた。
こんな時、以前のシャルルだったら自分の興味を引くものがあると、他のことは一切目には入らなかった。

だが今は確実にそれが変わってきている。

いつでも、どんな状況でも、必ず心の片隅にはマリナがいるのだ。
飴を落とすまいとするマリナの様子に気付き、淡く皮肉げに微笑むと、ふと身を屈める。
突然落ちた影にマリナが驚いて顔をあげると、目の前に灰色の瞳があった。
りんご飴が欲しいのかと思って目の前に差し出してやったのに、シャルルは冷たく微笑んでぐいとマリナの腕をどかすと、水あめで赤く染まった彼女の唇を、ぺろりと一舐めした。
とたんマリナの心臓は激しく鼓動を打ち鳴らし、その音はほんの5メーターと離れていない和太鼓にすら、ひけはとらないのではないかと思うほど、大きいものだった。
左隣に立つ周平は、太鼓の演奏に夢中で二人を省みない。
彼らの周囲に立つ見物人も同様だ。
薄闇の中でマリナは、首筋に汗が流れ落ちるのを感じ―――そしてシャルルの舌の感触を、ふいに思い出す。
体の芯が、あっという間にとろけそうになる。
言いようもない、束縛感。
自由だと日頃主張している自分が、なんとも情けなく思えた。
「可愛い金魚のマリナちゃん。その浴衣、汚すなよ」
日本語でからかうように低く囁くシャルルの声が、ひどく憎らしくマリナの耳をくすぐる。
自分の言う自由の定義は、もはや昔のそれではないことに今更気付いたマリナは、こくりと息を呑むと、闇夜に浮かぶ美貌の横顔を見つめた。
髪を結ぶだけで…こんなにも印象は変わるものなのね。

(あんた、さっき林の中であんなこと言ったけど……あ、あたしだって、あんたのこと意識しちゃってるわよ、こんなにも……!)

「なんだい?」

せっかくのマリナの告白は、太鼓の音色にかき消され闇に散っていった。

「なんでもない! 髪を結んだあんたって、別人みたいよ。
すごく男っぽくて、か……かっこいいわって、言ったのっ」

「―――ほんと?」

「う、嘘言ってどうするのよっ」

「ふうん。マリナがそう言うなら、髪を切ろうかな」

「それはダメよっ」

とっさにそう強く否定してしまったマリナは、しまったというように自分で口をふさいだ。

「なぜ?」

「言わないっ」

「どうしてさ」

「い、言わないったら、言わないったら、言わないっ!」

マリナはシャルルの癖のない白金髪がとても好きだった。少年の頃から、彼の輪郭を彩ってきたその髪。
時に周囲を魅了し、時に彼の感情を覆い隠し、様々な時を共に過ごしたその髪を失うのは、本当にいやだった。
だがそれ以外にどうしても言えない、やんごとなき理由がマリナにはちゃんとあった。

―――彼と心通わすようになってから、他の女の視線から彼の美貌を隠す役目もしてくれたし、なにより体を重ねる時に自分にこぼれ落ちるその感触と様子が、たまらなく好きだったから―――。

そんなこと、口が裂けても言えるマリナではなかったので、シャルルの問いかけにも強情に首を振り続けるのだった。
真っ赤な顔を闇夜にかくして。
知ってか知らずか、シャルルはそれ上は強要せずにゆっくり体を起すと、マリナの頭をぽんとたたいた。



「なんだぁ!?」



突然、周平の戸惑いの声があがるや否や、何かが空気を引き裂いて、こちらへ飛んできたではないか。

「あぶねぇ!」

「ひえっ!」

とっさにマリナをかばうように出した、シャルルのたくましい腕に当たって落ちたそれは、地面に渇いた音を立てて転げていく。
「な、なにっ!? シャルル、だいじょうぶっ。いったい何が飛んできたのよっ。なにこれ? すりこぎかしら」
『これは太鼓のバチだ』
「なにやってんだ、あいつら!」
周平の険しい視線をたどると、はるか上空の櫓舞台の上で揉み合う影が、いくつにも折り重なって踊っているのが見える。
演奏はにわかに中断すると、飛び交う怒声と悲鳴が変わって広場を支配し、遠慮を知らない若者たちの横暴さに、櫓はギシギシと悲鳴を上げた。
「祭りをメチャクチャにしやがって!」
「ど、どーしちゃったのよアレ! なんか喧嘩してるみたいじゃないっ。太鼓もあるのにあんな狭いとこでやったら……!」



『落ちるぞっ』



緊張をはらんだシャルルの叫びとほぼ同時に、手すり間際で揉み合っていた男二人は、制止の声もむなしく、背中から一回転するように空に身を躍らせた。
生で聞く悲鳴と叫声は見物人の肝を凍らせ、今までの平和であったはずの日常を一瞬にして引き裂いた。

次いで、麻袋を落としたような鈍い落下音が、広場中央に響く。

およそ5,6メーターの高さから落下した二人の若者は、落下する途中で引きちぎった提灯の電線を身体にまつわらせ、どうにか救護しようとする人々の輪の中で、のべつうめき声を絞り出していた。
一瞬の出来事に、呆然としていたマリナが我に返ると、両脇にいた周平とシャルルはすでになく、人だかりが出来ている櫓の下に急いで目を向けると、ライトアップのための照明をはじく白金の髪がわずかに見えた。
マリナはすぐさま駆けよって小柄な体を人々の足元に押し込むと、器用に足の垣根をくぐりぬけ、最前列に顔を出す。

どうかそこにスプラッターな場面がありませんようにと、祈りながら。




「おい! 救急車っ、は、早く呼べ!」



     「大丈夫か、あんちゃん? え!? 聞こえるかっ」


 「下がれ、おい! あぶねぇぞ!」




非常の事態にうろたえる祭りの執行員たちは、のたうつ男の周りをうろつくばかりで、状況は好転のしようもない有様だった。
倒れている二人の男はどうやら意識はあるらしく、それぞれが苦悶の表情で痛む箇所を押さえながら、炎天下にあぶられるミミズのごとくに、ゆっくりと身体をよじっていた。
そうこうするうち、祭りのはっぴを着た年配の男が立ちはだかり、声を張り上げ、皆に指示を出しはじめた。

「とにかくテントまで運ぼうや! そこに寝かせて…っ」



「動かすな!」



突如上がった冷ややかな鋭い声に、緊張した場は一瞬にして凍りつく。
皆の集中した視線の先には、濃紺の浴衣を着たおそろしく美しい外国人がいた。が、彼は初老の男を無造作に脇へ追いやると、まず腿のあたりを押えている若者に近づいた。
「な、なんでぇお前はっ」
「こんな状況で動かすのは危険だ。どいていろ」
有無を言わさぬその青灰の瞳に睨まれて、自分の年の半分もいかない外国人に呑まれてしまった男は、思わず後ずさったが、この場をあずかる者の最後のプライドか、この美しい不審者に詰め寄った。



「ど、どくのはおめぇだっ。怪しいやつめ、とっとと失せろ!」

「いてぇ~、ぐ…、あー、いてぇよ~…!」

「何してやがるっ、そいつに触んじゃねぇっ」

「助けてくれよぉ…い、てぇ~、いてぇ!」

「おいっ、いい加減に」

「ちょっと大丈夫よ! 彼はねぇっ…」

混乱した場に終止符を打とうと立ちあがったマリナが口を開いたその時―――、




     テゼ ブ
『Taisez-vous!!(黙れ)』





何奏にも入り乱れた声を制する異国の言葉が、その場を粛清するように鋭利な刃のごとく、空間を切り裂いた。

シャルルの素性を話そうと思っていたマリナまで、そのあまりの気迫に、言葉を呑み込み立ち尽くしてしまった。
当のシャルルは素知らぬ顔で、いつの間に取りだしたのか携帯用の医療器具を手元に並べると、冷ややかな相貌のままその繊細な指先だけを動かし、音もなく正確に仕事をこなしていた。
しんと静まり返った中でシャルルの背中を見ていたマリナは、自分を取り戻すように深呼吸をくりかえすと、おもむろに口を開いた。
「いいっ、ここにいるのはねぇ、超のつくほど優秀な医者なのよっ。死人だって生きかえらせたくらいなんだから!
おじさんたちもねぇ、くだらないこと言ってないで彼の言うことをよく聞いて協力しなさいよっ。それから情けない声出してるあんたたちっ。よくも楽しい時間をめちゃめちゃにしてくれたわねぇ! 
このシャルルに診てもらえるなんて、世間様のルールを守んないあんた達にはもったいないくらいよっ。
ナニよ男のクセにひぃひぃ言っちゃってっ、男ならイタイのくらいガマンしなさいよ、自業自得ってやつなんだから!」
「お―――お前なぁ、無茶言うなよ。三階建てぐらいの高さから落ちたんだぜ。痛いのガマンしろって、そりゃ酷ってもんだ。
よぅ、吉井のおっさん、久しぶり。今はいざこざしてる場合じゃねぇだろ、医者だって言ってるしラッキーじゃねえか。あいつに協力してやってくれよ」
「おぉ、周じゃねぇか!? なんでぇお前の知り合いか。なら早く言えよ」
場がやっと落ちつきを取り戻したところで、一心に治療をしていたシャルルが、周平とマリナを呼びつけた。
周平は何言か会話すると、すぐにその場を離れた。
ついでマリナも、シャルルの前に進み出る。
ふと近づくと足元に真っ赤なものが見え、おののいて回れ右をしたマリナだったが、すでにがっしりとシャルルに捕まえられてしまっていて、それは叶わなかった。
「ざっと診たが外傷は数箇所の骨折と脱臼、打撲くらいだから大丈夫だと思うが、こっちの男がちょっと厄介だ。
この血の色は腿の動脈を傷つけている。落ちた際に割れた電球の破片が刺さったらしい。これだけ傷が深いと、止血も無意味だ。
このまま放置すれば、最悪失血死なんてことにもなりかねないから、仕方ないがここで縫合をする。ロクな道具はないけどね。
それでマリナ、介助役を数人欲しいんだ。それと清潔なタオル類、さらしでもなんでもいいがそれも欲しい」
「ぬ、ぬうの!? ここでっ? ……わ、わかったわっ」
「あとねマリナちゃん、よく聞いてほしい。
オレはアルディを担う身ではあるが、それ以前に医者でもある。君は医者の妻になる女性だ。それでオレを助けるために、ぜひ協力をしてほしいことがあるんだ」
「やーね、水くさいっ。どーんとまかせてよっ、あたしに出来ることならなんでもするんだからっ。痛くなくて、怖くなければ」
「そう、それはよかった。どんな協力でも惜しまないんだね、さすがオレの見込んだ女性だね。
つかぬことを聞くけど、その浴衣の帯は何かひどく大事なものかい? つまり誰かの遺品だとか」
「まさかっ、こんなの昔デパートの吊るしで買ったモンよ」
「そうか、それを聞いて安心したよ。じゃ、貰うからね」
シャルルは綺麗な微笑みですっくと立ちあがると、やおらマリナをくるりと後ろ向かせ、手早く背中の文庫結びをほどいた。
シャルルがやけに丁寧に喋る時は要注意だというのに、この異常事態でマリナはそのことをすっかり失念していた。
これにはさすがのマリナも大慌て。

「ぎゃー、シャルルっ、ナニすんのよ、あんた!!」

「いいかマリナ、少しでも浴衣の前をはだけさせたら……お仕置きだよ、わかったね?」

天使の表情で悪魔のごとくに囁いたシャルルは、くたびれたエンジ色の半幅帯の端を一気に引っ張ると、マリナをくるくると回転させ、あっという間に帯をといてしまったのだった!
次いでマリナの胴を巻いている伊達締めをとくと、腰紐やタオルやらを満足そうに取り除き、腕にかけた。
マリナの長すぎるおはしょり部分に苦笑いし、素早くそれをたくし上げ襟元をきちんと合わせると、さっき回されたショックを引きずっているマリナにしっかりと持たせる。
「シャルル! こんなんで添え木の代わりになるか!?」
そこへ戻ってきた周平はマリナの様子を見て、ぎょっとなった。
そんな周平に、彼女に近寄るなと牽制の一睨みをして、シャルルは数枚の分厚いベニヤ板の破片に視線を向ける。
「まあいいだろう。こっちを手伝え、手元が暗い。もっとちゃんと照らせ」
「うわっ、すげぇ血じゃねぇか! うげ~」
シャルルは周平以下数人の大人をこきつかって、手早く処置をこなしていった。
あの高さから落ちた割には二人とも軽症で済み、手足の骨折はあったが顔色は比較的良く、内臓の損傷の可能性は低いとシャルルは診立てた。
医療現場とはほど遠い周平が一番恐ろしいと感じたのは、顔色ひとつ変えずに無表情に治療をするシャルルが、脱臼した肩を治す時で……およそ人間が出すとは思えないほどの絶叫がほとばしる中、骨のはまる、きしむような鈍い音が響いたことだった。
その様は、氷の美貌も手伝ってか、なんだかシャルルが苦痛を与えているように見えて、気がつくといつのまにか、全身に油汗をかいている始末だった。
しかしシャルルの神技のごときに正確無比な治療、的確な指示の出し方、人の動かし方に圧倒され、この外国人は美しいばかりではないと、驚きの中に非常な興味と疑問がわいてきている自分に気付く。



いったい、何者なんだ?















ややして救急車がかけつけた時には、もうこれ以上ないというほどの見事な治療が施されていて、それを見た救急隊員は、まるできつねにつままれたような顔をしていた。
周平はその顔を見て、やっと日常が戻ってきたことを知り、時を戻してくれた功労者であるシャルルを探した。
見る間に手当てを終えたシャルルは、一刻も早い精密検査の旨だけをその場にいた者に強く言うと、ふいと姿を消してしまっていた。
やがてほっと喜びを分かち合う人々の隅で、ふくれたマリナの相手をしているシャルルを見つけることが出来た。

「おーい、シャルル!! お前、ほんとにスゲーやつだなっ! ありがとよっ、お前のおかげだぜ」

大声で駆け寄った周平につられるようにして、人々の視線は、自然にシャルルへと向けられた。
まばらに湧きおこった拍手は、いつの間にかうねりのような波になり、シャルルとマリナを取り巻く。
その時、ブゥンとマイクの作動音がしたかと思うと、先ほどの吉井が櫓に上がり、ちぎれんばかりにこちらを手招きしていた。
瞬間、全てを悟ったシャルルはくるりと背中を向けたが、周平にがっちりと脇をつかまれ、櫓最上段までひったてられるはめになってしまった。
もちろんシャルルは、片手にマリナをしっかり引き連れてきていたが。
高らかにシャルルの偉業を称える吉井の言葉に、心底嫌そうな顔をしたシャルルを見たマリナは、笑いをこらえることが出来ずに、あやうく自分のあられもない姿を皆に披露しそうになった。

「ほらシャルル、みんなあんたにお礼を言ってるわよ」

「オレは本分を果したに過ぎない。大げさな」

そうしてぶすったれているシャルルの前に、ぬっと突き出されたそれは―――マイク。
ぐいと押し返したにもかかわらず、しつこく握らされたそれを、シャルルが投げ捨てるんじゃないかとハラハラしていたマリナだったが、案外数度の押し問答ですっと引き下がると、やおら彼は櫓舞台の最前に立った。
眼下ではっと息を呑む人々は、固唾を呑んで美しい異邦人の言葉を待った。
きどってお辞儀をしたシャルルの優美さに、人々の間からため息がもれたのをマリナは聞き逃さない。
やがて端正な唇から滑り出た流麗なフランス語に、聴衆は魂を抜かれたように聞き惚れた。
だがここに―――皆と正反対の反応をした人物が、一人だけいた。
メガネの奥の目を見開き、正に、指先まで真っ青状態。

ややしてシャルルは『メッシボクゥ、オルボワー』と言葉を閉じるとすいと体を翻し、ぽいとマリナにマイクを放り、すぐさま櫓から姿を消した。

とたんにわっと地を揺るがすほどの大喝采。
逃げ遅れ取り残されたマリナは、吉井にシャルルの言葉の訳をせがまれ、ロレツのまわらない口でへどもどと答えるしかなかった。

「え~と、あのぉ、に、日本の素敵なお祭りに参加出来て、本当に嬉しく感じたそ、そうですっ。あ、ありがとうございました、って。あの、怪我をされた人たちにお大事にとも、い、言ってました~…かな。は、はっはっは」

―――ここで皆さんにだけお教えしよう。

シャルルは誰をも魅了する微笑みで、こう言ったのだった。



『まったく今日は最悪の時間を過ごした。
礼儀を知らない低能の無礼者、アリの行列と見紛う人波、人の恋路を邪魔する無粋な連中、あげくが無法者のごとき蛮行のあげくの事故。ああ、自分の価値観しか信用出来ない、鎖国時代のような輩もいたな。
呆れて言葉も出ないが、あえて言わせてもらえば、君たち日本人は、普段からフラストレーションを貯め込みすぎるんだ。
だから祭りと称したこんな日に、一気にうっぷんが吹き出す。
子供じゃあるまいし、いい加減自己管理くらいやったらどうだ。
巻きこまれたオレの身にもなって欲しいものだね。
オレの言いたいことはそれだけだ。
どうもありがとう、それではごきげんよう』  ―――と。




聴衆は知らぬが仏。

ひどいよ、シャルル……うう。



そうして息を吹き返したこの場は、苦しまぎれにマリナに差し出した周平という新しい獲物を得て、にわかに活気を取り戻した。

櫓上で嬉々としてバチを振るう周平の繰り出す音は、確かに前の演奏とは、うって変わっていた。
腹の底に、魂に堂々と響く大太鼓の音色は、新たに加わった御囃子太鼓や小太鼓の音までも見事に昇華させ、さながら龍のごとくに、夏の夜空を駆け巡っていった。












夏まつり4 ヽ(=´▽`=)ノ次回最終回w