2020/04/15

~雨ふり2(※途中で地下へ)







シャルルはその場を動かず、しなやかな腕だけをそっとマリナに向けた。
差し伸べられた腕に、一瞬ひるんだマリナだったが、意を決したようにドア影から出ると、ギクシャクと窓辺にいるシャルルの元へ歩いていく。
しかし、西洋の体型の規格外であるマリナは、まるでバスローブに”着られている”ような格好で、シャルルは雨の日に軒先につるすという、日本のてるてる坊主というものを連想し、小さく笑った。
やがて向い合ったふたりは、お互いがいつもと違う雰囲気に呑まれているのを、否応なしに感じていた。
室内のほの暗さが、いつもの感覚を奪う。
雨が世界を閉じ込め、全てを静物画に塗り変える。
その静かなる平面の中で、ふたりは孤独な魂を慰め合うように、自分以外の愛しむ存在を探していた。

「こんなかっこして…あんたの方が、風邪ひいちゃうわよ」
「じゃあ、マリナが温めてくれればいい」
「っ」

いつもの皮肉のつもりでニヤリと小さく微笑むシャルルに、―――しかしマリナは赤い頬を隠すように、おずおずとその身体をすり寄せたのだ。
奥ゆかしさすら感じる、その仕草。
腰にそっと回された頼りなげな腕、冷えた肌に当るとろけそうに温かいやわらかな頬、遠慮がちに押し当てられるなよやかな身体―――
予想だにしなかった。
いつもなら恥かしさを紛らわすために、むくれて文句のひとつも言うマリナなのに
これは、あまりにフイうち。
鼓動が跳ね上がる、燃えるような熱い血が体内を暴れまわる。
どうしようもない劣情感に、シャルルは危機を感じた。落ちつこうと嚥下した唾液すらが、苦く感じる。
やがてそっと顔を上げたマリナの、雨に濡れたような黒い瞳が…ゆるりとシャルルに向けられる。

「これで寒くない? シャルル……」

瞬間すっと、天使の頬に暗さが落ちる。
熱すぎる炎はかえって青く、白くなるのだ。
堪えきれない熱がシャルルを支配する。
孤独に震えるマリナの頬を大きな片手でそっと覆い、僅かに上向かせる。
温もりを与えるようにゆっくりと…そぼ降る雨のようにしっとりと優しく触れる…冷えた甘いバラの唇。

しびれるほどに甘いバラの風が、マリナの唇に舞い下りる―――。
―――やがてその甘い唇が、髪一筋分離れよう瞬間

しかし、弾力のある小さな唇が、行かないでと言わんばかりに、幾分乱暴に追いすがってきたではないか。
ふいのマリナの行動に驚くシャルル。
瞳を見開いて見ると、ぎゅっと目を閉じ必死な様子で、自分にすがる彼女がいた。
羞恥をおしこめるように握りしめた両こぶしを、シャルルのたくましい胸に遠慮がちに当てながら、唇を合わせるためだけに、一生懸命背伸びをしているマリナがいた。
飾り気がないからこそ熱い、純粋な想い。
理性を繋ぎ止めていた最後の鎖が弾けると同時に―――、シャルルは覆い被さるように、小さなマリナをその胸深く引きこむ。
どんなにきつく抱きしめても、決してひとつにはなれない虚しさ。
唇の触れるほどに寄せた頬を覆い、二人は言葉もなくただただ切ない眼差しを交わし合う。
全てが死に絶えてしまったかのような、静寂。

「シャルル……どうしてこんなに淋しいの……? 
ずっと会えなかったからかしら、それともこの雨のせいなの?
あんた天才でしょ、教えてちょうだい」

震えるマリナの言葉を飲みこむようにして、シャルルは再び優しいくちづけを与え続けた。
今だけは完全に、マリナの心と体を独占している―――! 
狂おしいほど募る愛しさと共に、しかしシャルルは湧き上がる戸惑いも隠せずにいた。
今胸の中にいる弱々しい少女は、本当にあのマリナなのだろうか、と。
普段の太陽のごとくのあの輝きは、今雨に包まれてひっそりと息をひそめている。
初めて触れる、彼女の内の脆い部分。
今までの関係を振り返りながら、シャルルはいつかマリナに言った言葉を思い出していた。
―――もっと甘えて欲しい、もっと自分に頼って欲しい―――
望み続けた姿の彼女が、今腕の中にいるが……
落ちついて考えると、しかしこれは言葉で要求することなのだろうか?
もし自分が本当に必要とされる存在ならば、彼女自らが自然とそういう態度を取るようになるはず……。
自分に余裕がなさすぎるのだ。
マリナを求め過ぎるがゆえに、自分は彼女を追いつめていたのではと、シャルルの内にひやりとしたものが過った。
そう、求めるばかりでは、だめなのだ。
そもそも余裕のない人間に、誰が頼ったりするだろう。
シャルルは優しくマリナを包み込みながら、幾分自嘲的に淡く微笑んだ。
腕の中にいるマリナは、―――確かに彼女の内に、そういうデリケートな部分があることも事実なのだろうが―――雨という魔法が見せてくれた、かりそめの姿。
シャルルが自身の力で引きだした姿では、ない。
こんな日は、誰もが思考を狂わされる。
しかしこんな日だから、日常を離れたいろいろなものが見えてくる。
今までの自分にとって、アンニュイな気分を誘うに過ぎなかった雨に感謝しながら、シャルルは静かな空間の中で、不思議と心が伸びやかになっていくのを感じていた。
目の前の温かなオレの半身―――君は今何を求める? 
オレにそれを与えることが出来るかい? 
君を安らかにしてあげたいよ、それだけの力が今のオレにあるならば…ねえ、愛しいマリナ…
ひとつゆったりと呼吸をする。
シャルルは幼子をあやすように、濡れた褐色の髪をそっと撫でながら、マリナの耳元に穏やかに囁く。

「その淋しさが埋まるまで、マリナの自由にしたらいい―――。
大丈夫、オレはここにいるよ…ほら、こうして君を抱いていてあげるから。
ずっとこうして、キスしてあげるから……」

その深い声は染み入るようにあたたかく、マリナの小さな胸は、落ち着くどころかかえってドキドキと早鐘を打ちだした。
いつもの燃え上がるような激しいアプローチをするシャルルは、一体どこへ行ってしまったの?
抱きしめられた瞬間、嵐のような彼の愛に溺れることを望んで、身を投げだしたのに。
このわけの判らない淋しさを、情熱の風で吹き飛ばしてくれると思っていたのに。
ところがどうだろう、雨をまとったシャルルはひっそりと穏やかに、限りなく優しげに、抱きしめてくれるだけだった。
自分を包んでいるシャルルの腕が、言いようもなく広く大きなものに感じられて、マリナは募るもどかしさに翻弄されたように、たくましい背にまわした手に力を込め、ますますシャルルにすがりついた。

しばし真夜中の恋人へ…👉 地下の雨ふり2











地下からの続き👇

「んーシャルル、あんたほんっとにあのシャルル…!?
あたしにナイショで、身代わりロボットとすり変わったんじゃないでしょうねぇ。よしっ、検査してやるっ」

「っ、よせマリナっ」

ふたりだけが知る甘やかな笑い声が、雨音にかき消される。
こんな日は一歩引いて、互いをじっくり知るのに最適だ。
閉じた世界の中で、あなたと、あたし。
仲良くしましょう、秘密をわけて。
「ねえ知ってた? 普段のあんたの体からは、いつもかすかに、ほら、消毒液みたいなすーっとした病院のにおいがするのよ」
「屋敷へ帰る時は必ずシャワーを浴びてるぜ? それに揮発性が高いものが多いから、時間経過で臭気はほとんど……全く、今度は君の嗅覚も調べさせてもらわなくちゃな。
―――嫌かい?」
「え、なにが?」
「…その匂い」
「最初は注射されそうでこわかったけどっ、ふふ。
ああお仕事してるんだなぁって、最近はドキドキしちゃうかも。
仕事をしてる男の人って、サイコーにカッコイイものっ。
特にあんたなんて、どんなに難しいことでもすぱすぱーって片付けちゃって、いろんな人から頼られて、感謝されてるんでしょうね。
あたしそんなあんたのそばにいられることが、何よりも嬉しいのよ。
研究や当主としてのお仕事より、病院で患者さんに向きあってるシャルルが、あたし一番身近に感じるの。
あんたって、人をコキ使う方の立場じゃない? だから、ああいっしょに”働いてる”んだわって、気になれるのよ。うまく言えないんだけど。
お医者はあんまり好きじゃないけど、お医者さんなシャルルは、好き」
その時ふいに、医師を目指した動機が唐突に思い出され、シャルルの胸がなんとも言えぬ熱をはらむ。まだ物事が単純で、それでも複雑な思考をもつ自分が、幸福を探せた時期。
苦い笑みが思わず口角を飾ったが、シャルルは豊かな茶色の髪に優しく口元を埋め隠した。
「ふ、ふふふふっ」
「今度はなんだい」
「え、あんたが普通の町のお医者さんだったらって想像したらおかしくてー。
泣いてる子供あやしたり、耳の遠いじーちゃんばーちゃん相手に大声出したり、あはは!」
熱い乾風の吹くモザンビークの地で、今胸に抱いているこのぬくもりを忘れる為に、日夜擦り切れるまで身体を酷使したあの日々。
それでも彼らの笑顔にいつの間にか救われていたことに気付けたのは、随分と後だった。
彼が独りで重ねた時間は、今もって様々な痛みを引き連れてくるが、それでも一つたりとも後悔はなかった。それだけは彼の誇りにかけて、紛れもない真実だ。

本当にそれに近いことはしていたけどね

茶色の髪に小声でそう囁き、え? と振り仰いだ愛しい大き目の頭をガシッとつかみながら、仕返しとばかりに尊大に言う。
「どれどれ、どこが悪いのかな。ああこれはもう手の施しようがありませんね、まったくもって手遅れだ」
「ちょ、なっ、なによっ」
「では全身くまなく診察しましょう。
親切丁寧、余計な検査や投薬いっさいなし、優良診察所アルディ医院の主治医、ドクシャルル・ドゥ・アルディの言うことは聞いた方が身のためですよ。
ああ頭部と違ってこれは素晴らしいボディだ、ぜひ今後の医学界、いや私のために献体を」
習熟を極めた外科医の指先ほど、厄介なものはない。
マリナの丸々したふっくらボディに、実に的確に渾身のくすぐり攻撃が!
「きゃ、あ、あはははははっ、や、やめー!」
あっちへバタン、こっちへドスン
どこにでもあるそんな恋人たちの楽しげな遊戯を、雨だけが見ている。

「でもあんたはさ、あんたの役割はさ」









2 件のコメント:

マチコ さんのコメント...

はじめまして
懐かしいのに新しい、本当にシャルルが言いそうな言葉ばかりで感動しました。
ロマンチックででも日常で。
原作が終わりこんなに時間が経ってからこんな二人に会えると思ってもみませんでした。
素敵なお話ありがとうございました、これからもぜひ懐かしくて新しい二人を見せてください。執筆応援しております。

ぷるぷる さんのコメント...

はじめましてマチコさん…っっ(´;ω;`)ブワッ
ようこそ狂ってるLPDへ!

原作の終わりをご存知だということは、リアタイ同志、ということですよね…!!;;;
原作のシャルルの恋はああいう形で破れてしまいましたが_| ̄|○ おこがましくもその夢の恋を妄想ですが! こげなカタチで表してしまいぁぁぁああ(*ノェノ)
ふたりがこんな日常を過ごせていたら、幸せ、というか生きるって事を重ねていっしょに歩いている様子がたまらなくスキでして……///
シャルルファンの方には怒られそうですがwww��

しかも『懐かしいのに新しい』って!!!!!!!

光 栄 の 極 み! ですよ?!!(*ノェノ)

マチコさんライターさんか何かですか!?!?
鳥肌立ちましたよ~;; こちらこそっ本当に素敵なお言葉ありがとうございましたm(_ _*)m


マリナも今年35周年ですね✨
長きに渡り、私達をジレジレと(笑)時に切なく時に胸を熱くさせてくれた愛すべきマリナワールド!! これからもぷるはずっと狂ったピンクの妄想脳でwww(爆笑)彼らの姿を追い続けようと思っておりますっ(`・ω・´)ゞ
マチコさんにもまたその姿をお届けできるよう、頑張りますううう♥

遊びに来てくださりありがとうございました!
これからもシャルルをとことんっ、幸せにしていきますぞぉおーっ��✨